「どこも賑わってんな」
あちこちに飾りつけがされ、ポスターや看板がそこかしこに出されている廊下を歩きながら呟けば隣からも「そうだな」と同意が返ってくる。
本日は学園祭。生徒だけではなく大勢の人が訪れており、この廊下も人で溢れている。ちょっと覗いた喫茶店の教室はほぼ満席状態である。
「せっかくだしどこか行ってみるか?」
「自由時間じゃないんだが」
「同じようなモンだろ。生徒会だって学園祭を楽しむ権利はあるはずだ」
それはその通りだが今は一応見回り中だ、とリィンは言うものの実際は見回りという名の休憩時間のようなものだ。しかし真面目な先輩は遊ぶのをよしとはしてくれないらしい。
何かあれば生徒会として動く必要もあるだろうが何もそこまできっちりしなくてもいいだろうとはクロウの意見である。そういえば昔も学院祭の時に生徒会の仕事を手伝おうとしていたんだったかと思い出して、本当にコイツは変わらないなと思った。あの時はトワがちゃんと学院祭を楽しめるように来場者用のチケットを渡したらしいが、全くと思いながらクロウは青紫を振り返る。
「仕事の時は仕事、遊ぶ時は遊ぶ。他のヤツに学園祭も楽しめって言っておいて自分は全部仕事っていうのはどうなんですかね」
要はお前もちゃんと楽しむべきだという話である。生徒会に所属しているのだからその仕事があるのは当然、けれど学園祭というものを生徒として楽しむべきであるのもまた事実。この見回りという名の休憩時間に遊ばずにいつ遊ぶのか。本当に見回りだけして終わらせるつもりでいそうなところがリィンの困ったところだ。
「そうは言っても…………」
「先輩が仕事するって言うんなら後輩の俺が遊ぶワケにもいかないですし?」
言えばリィンは言葉に詰まる。だが先輩が仕事をしている横で後輩が遊ぶわけにはいかないだろう。本人がいいと言ってもそれはどうなんだという話である。
どうなんですかと言いたげな視線を向ければ、たっぷり十秒ほどの時間を要してから「分かったよ」と返ってきた。漸くリィンも見回りという名の休憩時間を理解してくれたようだ。大体、他の奴には学園祭も楽しめと言っておいて自分は仕事しかしないなんておかしいだろう。他の生徒会メンバーがそれを知ったとすればクロウと同じように言ったはずだ。
「よし、じゃあまずはどこから行くか」
これでも二人は生徒会に所属している為、一通りの展示内容は把握している。もちろん学園祭用のパンフレットも配っているし、二人もそれを持ってはいるが覚えているからあまり必要性ない。今通り過ぎた喫茶店の教室の隣は色々なお菓子を集めた駄菓子屋、その隣では美術部による作品展示。この先では調理部によるお菓子の販売が行われており、一番端の教室ではお化け屋敷などというものまでやっている。
多種多様の展示が行われているが流石にこの見回りの時間で全部を見ることは難しい。本当に見回りとしてただ歩くくらいなのなら余裕で時間はあるが、一つずつ見て行こうと思ったらそれなりの時間が必要になる。見回りが終わったらまた生徒会の仕事をしなければならない二人にはそこまでの時間はない。
「クロウはどこか見に行きたい場所はあるのか?」
「そうだな……流石に賭けれそうな企画もなかったし、お化け屋敷とかは面白そうだけど」
「結構本格的だっていう話だよな。というか、生徒会が賭け事なんてしたら駄目だろう」
生徒会でなくても賭け事は駄目だと突っ込むリィンに「今年は何もやってないって言っただけだろ」とクロウは返す。賭けをしていないという話でも賭けをしようとした話ではあるのではないのかという指摘には、実際にやっていないのだからセーフだと主張しておく。そんなクロウにリィンは溜め息を一つ吐いた。
「それより、お前は何か見たいモンとかねーの?」
さっさと話題を変えようと切り出したクロウにリィンは顔を上げた。それから「そうだな……」と口元に手を当てて考え始める。
「時間があればどれも見てみたいけど、科学部は毎年すごいイメージがあるな」
誰もが楽しめる実験を用意して実践するをコンセプトにした科学部のコーナーは毎年大人気だ。簡単なスライム作りから見た目が派手な実験まで、どれも見て飽きないものを毎年しっかり用意しているらしい。クロウも噂では聞いているが、先輩のリィンが言うのなら本当にすごいのだろう。
「なら科学部から行ってみるか」
「いいのか?」
「俺は先輩と一緒ならそれでいいんで」
えっ、と顔を赤くするリィンを見てクロウが笑う。
こうも分かりやすい反応が返ってくるとは、と思ったところで「クロウ」と名前を呼ばれた。
「先輩って可愛いですよね」
「……それは先輩に言うことか?」
「先輩じゃなくてお前に言ってるんだろ?」
そこに先輩と後輩は関係ない。そのように言えば、はあと溜め息を吐かれた。だがその頬はまだほんのりと赤く染まったままだ。
「こういうところではやめてくれ」
「こういうところじゃなけりゃいいんだな」
クロウの言葉に青紫の瞳が動く。向けられた視線からそういう意味ではないと言いたいことは伝わったが、恋人に対して思うこととしては別におかしなことは言っていないだろう。
――と、言ったらまた怒られそうだなとその言葉は胸の内に秘めておくことにした。
「じゃあまずは科学部に行ってみるか」
こうやって話しているのも悪くはないけれど時間は限られているのだ。目的地が決まったならさっさと向かうべきだろう。それが少しでも多く、この恋人と学園祭を過ごす方法だ。
「ああ、そうだな」
「あ、先輩」
「……賭け事ならしないぞ」
「まだ何も言ってないだろ」
「それならなん――」
だ、と言い終えるより前にクロウはリィンの手を取った。
瞬間、リィンがクロウを勢いよく見た。
「ほら先輩、早くしないと見回りの時間終わっちゃいますよ」
そう言って手を引くクロウの名前をまたリィンが呼ぶが、大丈夫だってとクロウは笑みを浮かべる。これだけ人がたくさんいるなかで手を繋いでも分からないだろうし、仮に分かったとしてもこう言っておけば急いでいるのだと伝わるだろう。それに、学園祭なのだからこれくらいの戯れはどこでも見られる、
「嫌か?」
「……嫌じゃないけど」
一応、小声で尋ねるとリィンは戸惑いながらも小さくそうと答えた。それなら問題ない。
「科学部のあとはどこに行くか、考えておいてくださいね」
「クロウの行きたい場所はないのか?」
「俺はさっき言ったでしょ?」
先輩と一緒ならそれでいい。
その言葉を思い出したのか、リィンは僅かに顔を逸らした。やっぱり可愛らしい恋人の仕草に笑みを零しながらクロウはリィンの手を引いて歩いた。
お前と一緒なら
(それだけで楽しくて幸せだから)