「もうすぐクリスマスだな」


 彩り豊かだった葉が散り、日に日に寒さが増してきた十二月。街を歩けば鮮やかなイルミネーションが目を惹くようになった。
 一歩建物の中へと入れば、煌びやかな飾りのクリスマスツリーを見かける。プレゼントの飾りを指差してサンタクロースへの相談をする親子の会話は微笑ましいものだったな、と数時間前の出来事を思い出しながらリィンは「そうだな」と相槌を打った。


「そろそろサンタに手紙でも書くか」


 しかし、まさかそのような切り返しがくることは想定していなかった。
 ぴたりと固まったリィンがちらっと隣を見ると、クロウは至って普通に雑誌を読んでいた。どうやらその雑誌でもクリスマス特集が組まれているようだが。


「…………書くのか?」

「書かないとサンタクロースがプレゼントに困るだろ」


 一体どこから突っ込めばいいのか。一応否定はせずに疑問で返したそれも肯定されてしまったけれど、流石に今でもサンタクロースを信じているわけではないだろう。
 それとも意外に夢を見ているのか――と考えてもみたものの相手はあのクロウだ。やはり信じ難い。本当に信じているのなら意外と可愛いところもあるんだなと感じるが、専門的な知識からちょっとした雑学まで。何度も驚かされている相棒の知識量を考えるとサンタクロースの正体を知らないとは到底思えなかった。


「つーワケで、手紙を書こうぜ」


 ぱたん、と雑誌を閉じたクロウが口角を持ち上げて言う。いつのまに用意したのか、シンプルな便箋とペンを取り出すとその内の一本を手に取ってくるっとペンを回す。
 相変わらず器用だなと思ったが、そろそろ突っ込んでもいい頃合いだろうか。机に置かれたそれを見たリィンは再び横を見る。


「サンタクロースに手紙を書くって言っても――」

「おっと、サンタクロースは信じてる人のところにしか来ないんだぜ?」


 わざとらしく遮られたが、それはサンタクロースからプレゼントを貰う上でよく聞く話でもあった。いい子ににしかプレゼントは届かないというのも定番だろう。
 要するに、クロウはあくまでもサンタクロースがいることを前提にしているらしい。この言い回しからして本気で信じているわけではなさそうだが、手紙を書いてどうするつもりなのか。切手を貼って送ることはないとして、世間一般的にはサンタという名の両親の元へ手紙が届くのがお決まりだろう。

 そもそもサンタクロースからプレゼントを貰うような年齢でもないんだが、と考えたところで「あっ」とリィンは気がついた。何せ自分たちは決して短いくはない時間を共に過ごしているのだ。これまでの経験を踏まえれば悪友の考えそうなことも察しがつく。
 テーブルの上に置かれた便箋は二枚、ペンもクロウが持っているものを合わせれば二本だ。おそらく正しいと思われる仮説を胸にリィンは友に尋ねた。


「その手紙、クロウも書くんだよな?」

「そりゃあな」

「じゃあ書いた手紙は俺がサンタさんに送ってもいいか?」


 そう問い掛けてみると、友人はきょとんとした表情を浮かべた。その友人がククッと喉を震わせて笑い始めたのは間もなくのことだ。


「サンタクロースへの手紙を奪うのはルール違反だぜ?」

「そんな真似はしないさ」

「へえ? ならサンタに知り合いにでもいるのか?」


 例えば、とペンを置いたクロウの手がリィンの頬に触れた。


「黒髪で青紫の目をしたサンタクロース、とかな」


 楽しげに赤紫の瞳が細められる。刹那、その奥に潜む熱に気がついてしまったのは同じだけの熱をリィンも胸の内に秘めていたからだろう。

 そっと目を閉じ、受け取った想いを心に馴染ませる。
 それからゆっくりと、瞼を持ち上げたリィンは徐に口を開いた。


「俺が知っているのは」


 見上げた瞳がぶつかったのを合図にリィンは手を伸ばす。柔らかな銀に触れた時、ふっと頬が緩んだ。


「何かと理由をつけて人を甘やかそうとする、銀髪のサンタクロースかな」


 リィンの言葉を聞いたクロウの口元に弧が浮かぶ。程なくして引き寄せられあった唇が重なった。
 交わった熱は先程の視線以上に熱く、深い。
 やがて体を離すと、程なくして再び視線が絡んだ。そのままどちらともなく笑ってしまったのは、目が合ったその瞬間から溢れるほどの想いが伝わってきたせいだ。


「そんじゃあそのサンタクロースに手紙を書くとしようぜ」

「そうだな。ある程度の無茶は聞いてくれそうだし」

「サンタクロースだしな」


 割りと何でも聞いてくれるだろ、と適当なことを言いながらクロウの手がペンを取った。さらさらっとペンを走らせた便箋は二つ折りになり、そのままリィンの前に差し出される。


「さっきの話だが、俺の手紙を預ける代わりにお前の手紙を預からせてくれるならいいぜ?」


 どうする、と笑うクロウにリィンもまたペンを取る。どちらも同じサンタクロース宛だろと突っ込むのは野暮というものだ。サンタクロースは一人とは限らないし、その正体を口にするのはご法度だ。
 数十秒ほどで書き終えた手紙は半分に折って中身が見えないようにして差し出す。それをクロウが受け取ったところでリィンもクロウの手紙を受け取る。


「クリスマス、楽しみだな」

「ちゃんとサンタさんが来てくれるといいんだけど」

「お前はまず心配ねえだろ」


 リィンがサンタクロース宛てに何を書いたのかは知らないはずなのにクロウははっきりと言い切った。そのことに自然と笑みを零しながら「そうだといいな」と右手の手紙を見る。

 これは、サンタクロースという名の恋人に宛てた手紙だ。
 無茶でも何でも聞いてくれそうだと話したこの手紙には書かれているのはきっと、何てことのない小さな願いごとなのだろう。リィンが手紙に綴った内容がそうであるように。


「クロウ」


 本当によく思いつくなと思いながら愛しい人の名前を呼ぶ。そういうところも好きで、堪らない。


「早くクリスマスがくるといいな」


 そう思ったのはいつ振りだろう。まさかこんなにもクリスマスが待ち遠しくなる日がまたくるとは思わなかったけれど、こういうのも悪くない。


「せっかくだしツリーでも飾るか?」

「それもいいかもな」


 だから今年は久々にクリスマスらしいクリスマスを過ごしてみよう。小さい頃に家に飾ったような大きなツリーでなくていいからまずは飾り準備して、当日は料理をたくさん並べて。
 初めて一緒に過ごすクリスマスはとても楽しくなりそうだった。


 その後。預かった手紙を読んだリィンは思わず笑ってしまった。多分、自分の手紙を呼んだクロウも同じだろう。何せ、サンタクロースへ宛てたはずの手紙にお願いしていたのは互いに恋人のことだったのだから。
 読み終えた手紙を机の引き出しに大切にしまったリィンはカレンダーを眺めながら改めて思う。早くクリスマスにならないかなと。そして、その時は二人で手紙の答え合わせをしよう。







『リィンが欲しい』『クロウをください』
(それ以上に望むものなんてないから)