どうしてこんなことになってるんだろうな、と思ったところでその答えは得られなかった。考えるだけ無駄。あれこれ調べてみようという気も起らなかった。調べたところで答えが見つからないことはほぼ間違いなかったから。
 何で分かるのかって、自分の身に起こっていたことがあまりにも非現実的なことだったからだ。誰に話したって信じて貰えないだろう。別にそれは構わないけれど。


(本当、どうしてこんなことに……)


 この件に関しては考えたところで時間を無駄にするだけだと分かってはいるが、それでも時折その言葉が頭に浮かぶ。といっても、それは一番最初に抱いた同じ疑問とは若干異なる意味を持っているが。


「クロウ、今日は生徒会の集まりがあるって言っただろ」


 聞き慣れた声が耳に届き、これから行こうとしていたところだと言えば溜め息を吐かれた。とてもそうは見えないと言いたげな視線を向けられて、それは正しかったものの「疑うんですか?」と返せばまた溜め息を吐かれた。そんなに何度も続けて溜め息を吐かなくても良いだろう。


「まあいい。それより生徒会室に行こう」

「分かってますよ、先輩」


 敬語が苦手というわけではないが、それでも妙な感じがする。流石にこれだけ時間が流れれば慣れはしたけれど、やっぱり不思議な気持ちが心の中にある。


『お前が勝ったら五十ミラの利子を耳を揃えて返してやるよ。何だったら、今度はお前の後輩になってやってもいいぜ?』

『分かった、それで行こう』


 遠い昔――と表現して良いのかは定かではないけれど、とある後輩とお互いの獲物を手にして対峙した時にこのようなやり取りをした。あれは嘘ではなかったが、こちらが負けるとは微塵にも思っていなかった。あの時の俺とソイツでは、潜り抜けてきた修羅場の数が全く違っていたのだから。
 案の定、その戦いは俺の勝ちで終わった。その後も幾度とぶつかり、ソイツは徐々に成長していった。そして、圧倒的だった実力の差もいつの間にか埋まり……。


『多分、皆の想いも含めて俺の一部になっていたんだと思う。ヴァリマールや……ひょっとしたらクロウも含めて』


 生身での戦いも、騎神での勝負も。全部負けた。俺は自分を連れ戻すんだと言い続けていたソイツに敗れた。戦い終わった後にそう言ったソイツを認めないわけにはいかない結果がそこにあった。
 だが、物語はそれで終わらなかった。カイエンのおっさんが甦らせた緋の騎神――それを倒す為に俺達は戦い、無事にセドリック皇子を助けることも出来た。それが俺の物語の最後でもある。

 といっても、あの世界に悔いはなかった。俺は祖父を陥れた鉄血を撃ち、戦争を終わらせる為に騎神という力を使った。その内戦も終盤に差し掛かったところでⅦ組の連中と戦い、敗れ、共に戦い……。
 アイツは連れ戻すと言い続けていたけれど、普通に考えればそれは無理な話だ。テロ組織のリーダーを連れ戻したとして、その後に何があるというのか。
 鉄血と同じ場所をやられた時も因果応報だと思った。ただ、最後にアイツ等と戦えて良かった。もうやり残したことも悔いもない。これで終わるんだなと、そう思った。


(それなのにコレ、だもんな……)


 転生、という言葉があるのは知っていた。けれど人が生まれ変わるなんて非現実的なことが本当に有り得ることだと思ったことはなかった。自分がそれを経験するまでは。
 どういう理屈で、何がどうなってこんなことになったのかは分からない。けど、帝国でもゼムリア大陸でもないこの世界で俺が生きているのは事実だ。


(世の中何が起きるかなんて分からないとかいうレベルの話じゃねぇよな)


 俺も最初から以前の記憶を持っていたわけじゃない。ある時突然思い出した。何が切っ掛けだったのかも俺自身よく分かっていないけれど、そもそもが非現実的すぎてこれも考えるのをやめた。
 そんなわけで割と早いうちからあの頃の記憶を持った俺だったが、記憶が戻ったからといって特別何かすることもない。まず生きている世界が違うし、あの頃と同じものなんて何一つなかった。そこでどう生きていくかといっても、普通に生きて行く以外に道もなかった。

 ――この学校に入学するまでは。


「じゃあ次の議題だけど……」


 昔の記憶を取り戻してからも小中と変わりなく過ごしていた俺だったが、高校に入ってその記憶の中の人物に出会うことになるとは思いもしなかった。
 リィン・シュバルツァー。
 前世で出会った当初は後輩で、途中からは同じクラスメイト。その後は敵であり、最後は仲間……といっていいんだろうか。人のことを悪友といったソイツは、俺が裏切ってからも最後まで連れ戻すんだと信じていた。そして俺はソイツに負けた。


(まさか本当に後輩になる日が来るとはな)


 俺がアイツ等を裏切ったその日に話した五十ミラの利子は別の形で返した。トワ達と卒業させるっつーのは、俺が負けたけれど実現出来ない状況になってそのまま終わった。仮に俺があの時生きていたとしても、一緒に卒業出来たかどうかはまた別の話だが。
 ……と、少し話が逸れたけれど、かつての後輩はいつかの約束通り今は俺の先輩になっている。コイツが本当にあの後輩だという確証はないけれど、見た目といい名前といい。性格なども含めてほぼ間違いないと思っている。
 というか、ここまで同じで別人ということもないだろう。俺という前例があるのだから。


(初めて見た時はビビったけど)


 まさか、何で、どうしてお前がここに居るのか。訳が分からなかったけど、俺自身のことがあったから理由を考えるのは早々に諦めた。疑問があっても答えがないのなら無意味だ。
 でもそこからの俺の行動は単純だった。士官学院で生徒会の仕事を手伝っていたリィンは、やはりここでは生徒会に所属していた。俺が生徒会なんてモンに入ってる理由はそれだけだ。そこでかつてとは逆の先輩と後輩という関係を築いて今に至る。

 何故そんなことをしたのかと聞かれると、案外これが返答に困る。
 以前は先輩と後輩、友人として付き合っていた俺達もここではただの同じ学校の生徒に過ぎない。同じ学校に通っている以上は多少の関わりもあるかもしれないが、入学するまでは生徒会に入るつもりなどこれっぽっちもなかった俺とアイツでは関わりなどほぼないに等しかった。
 その関わりを作りにいったのは俺の方だ。見知った奴を見つけたから、話をしてみたかったから。それともアイツも俺と同じなのか確かめたかったのか。分からないけど、気付いた時には生徒会に入っていた。


(何でだろうな)


 多分、リィンに昔の記憶はない。直接確かめたわけじゃないけど、この世界で先輩と後輩として付き合っていく上でそんな気がした。だけど、同時にやっぱりあのリィンだなと思った。どうして俺はこんなにもコイツを気に掛けてしまうのか。
 ……なんて、答えは分かりきっている。かつての自分の生き方に悔いも後悔もないけれど、ただ一つ。胸の内に隠し続けたものの正体には気が付いているから。


「今日はこれで解散にしよう。みんな、お疲れ様」


 長かった会議も漸く終わり、ガタッと椅子から立ち上がる音があちこちから聞こえる。お疲れ様でしたと挨拶して出て行く役員や、使ったホワイトボード等を片付けてから帰る役員。あと五分もしないうちにこの部屋には誰もいなくなることだろう。


「クロウ、帰らないのか?」


 そう声を掛けるのはやはりコイツで、放っておいても良いのに気に掛けてしまうのは性格なんだろう。


「先輩こそ、もう会議は終わりでしょう」

「終わったのに帰る気がなさそうだったからな」


 ちゃんと聞いていたのかと言われて、一応聞いていたと答えておいた。会議に集中していたかといわれると答えはノーだが、話し合いにも耳は傾けていたから嘘ではない。内容を質問されたとしても答えられるだけの自信はある。
 まあ、コイツはわざわざそこまでしないけれど。誰かが残っていると鍵が閉められないという話だろう。ここには俺達しか残っていないから、その鍵はリィンが預かっているということになる。


「鍵なら俺が片付けておくんで、先輩も帰っていいっスよ」


 鍵は基本的に職員室に預けてある。それは生徒会役員の誰が返しても問題ないということであり、リィンが俺を待つ必要もない。残っているなら鍵を返しておいてくれの一言で済む話だ。だが。


「お前はまだ帰らないのか?」


 はじめと同じ質問を繰り返したリィンは、たったそれだけのことを後輩に任せようとしない。これも気を遣っているとかではなく、鍵くらい帰るついでに返せば良いから自分でやるというだけの理由だろう。それなら頼まれた後輩も大した面倒にならないというのに。


「すぐ帰りますよ。残ってやることもないですし」

「それなら鍵は俺が片付けるよ」


 だから帰るように言ってくるコイツは今も昔もお人好しだ。そういう性格だから自由行動日には生徒会の仕事を手伝っていたんだろうし、今も生徒会役員として多くの生徒達の為に動いている。
 何も変わらないなと思う。俺が知っているのはコイツがトールズに入学してからの一年足らずと、俺がこの学校に入学してからの一年足らずの時間だけでしかないけれど。きっと、知っていることより知らないことの方が多い。
 けど、その短い時間でも通じていたものがあった。少なくとも俺はそう思ってるし、多分それはコイツも同じ。漆黒の髪も青紫の瞳も、何も変わらない。


「…………」


 なぁ、リィン。どうして俺達はまた出会ったんだろうな。
 この世に神様なんてのが本当にいるかは知らないけど、もしいるのだとすればとんだ神様だな。以前とは全く違う世界で新しい人生を歩む。壁にぶつかりながらも真っ直ぐに進んできたコイツになら、そういう新しい道が与えられるのも分からなくもない。
 でもどうして、そこに俺もいるのか。生まれ変わったという事実に不満があるわけではないけれど、どうしたって疑問は消えない。


(ま、お前がこの道を前に進んでいるなら良いか)


 俺がどうこう考えることでもない。俺達はこのまま先輩と後輩として過ごし、リィンがこの学校を卒業すればそれで終わりだろう。そこから先はまた別々の道を歩く。そういうものなのだ。


「分かりました。そんじゃ、お先に失礼します」


 一人考え事に没頭していた頭を現実に引き戻した俺は、お疲れ様でしたと言って席を立つなり鞄を手に持った。
 すぐに帰ると言った以上、鍵のことはこれ以上言っても無駄だと分かっているからここは大人しく帰ろう。残っていたのもなんとなく帰る気にならなかっただけというくだらない理由だ。先にも言ったようにやることもないからここに留まる理由はない。


「クロウ!!」


 だが、いざ帰ろうとドアまで歩いた俺を呼び止めたのは先程まで帰らないのかと聞いてきたリィンだった。


「何スか」


 何か用事でもあったのか。いや、それならとっくに言っているだろう。じゃあ何か言い忘れていたことがあったのか……というのもあまり考え難いが。しかし、呼び止めたからには何かあるのだろう。
 立ち止まって振り返った俺を青紫の瞳が捉える。けれどなかなか次の言葉が出てこない。あの、とかその、とか。言い辛そうにしていることは見て分かるけれど。


(そういや俺がⅦ組に編入した時は、敬語とか暫く抜けなかったよな)


 それまで先輩後輩として付き合ってきたことと真面目な性格もあって、先輩と呼ぶのを止めるまでも少々時間が掛かった。途中からはそれが普通になったが、Ⅶ組の中でもずっと先輩と呼んでいる奴もいたっけな。逆に始めからあまり気にしてない奴もいたけど、実際は一つ学年が上だったから仕方ねぇか。
 けど今はその先輩後輩も逆転していて、リィンが俺に対して言い辛いようなことなんてあるのかと不思議に思う。いや、先輩だろうが後輩だろうが言い辛いことの一つや二つあるか。


(ったく……)


 何を言おうとしているのかは知らないけど、これじゃあ話が進まない。言いたいことがあれば言えば良いっつーのに。


「どうしたんスか。悩みでも何でも、言いたいことあるなら聞きますよ」


 こっちから聞かなければ話さずに一人で抱え込むこともあったけど、今はどうなんだろう。ちゃんと誰かに話したりしてんのか、それとも一人で抱え込んじまってんのか。今とあの頃では生きている世界が全然違うけど、気にならないといえば嘘になる。


「俺に言いたいこと、あるんですよね?」


 呼び止めたんだからそれだけは間違いないはずだ。躊躇わずに何でも言えよと促せば、漸く決心がついたのか。青紫の瞳が真っ直ぐにこちらを見た。


「クロウ! クロウは、その……クロウ、だよな?」


 おかしな文章を並べられて思わず「何言ってんだ、お前」と零してしまいそうになった。なんとか「何言ってんですか」と聞き返したが、本当にコイツは何を言い出すんだ。
 けれど本人は真面目なようで「あ、いや」と言いながら他の言葉を真剣に考えているようだった。俺は俺だけど、つーか俺じゃなかったら何なんだ。誰かが俺のフリでもしてるというのか。そんな何のメリットもないようなことをする奴がいるとは思えねぇけど。


「そりゃあ俺はクロウ・アームブラストっつー名前ですけど。それがどうかしました?」


 次の言葉を探しながらもなかなか見つからないらしい先輩にこちらから尋ねる。いきなりどうしたというのか。今の言葉でコイツの言いたいことを想像しろといわれても結構難しいぞ。


「そういうことじゃないんだ。えっと、何て言えば良いのかな……」


 首を横に振って出てきた言葉はまだ纏まらないらしい。今のコイツが俺のことで聞きたいことなんてあるのか? まあ、あるからこうして向かい合っているんだろう。
 リィンから俺に聞きたいこと。そう考えてみたところで俺はリィンじゃないから当然答えなんて見つからない。マジで何なんだと思っていたその時、意を決したようにリィンは口を開いた。


「クロウは……クロウ先輩、ですよね……?」


 その言葉に、今度こそ「は?」と声が零れた。
 だって、そんなはずがない。それは一年には満たないけれど半年以上の時間を掛けてはっきりしていた。コイツは昔のことを覚えていない。いるはずがないのに。


「すみません、黙っていたというわけじゃないんですが――」

「おい、ちょっと待て。何、お前はあの頃の記憶があるのか……?」


 敬語も何もない俺の問いに、目の前の先輩は確かに頷いた。
 そうか、コイツもあの頃の記憶があるのか。あの頃……トールズ士官学院で共に過ごした日々の記憶。俺が先輩でコイツが後輩だった頃の記憶が。


「……いつからだ? 俺と出会った時は覚えてなかっただろ」

「俺の記憶が戻ったのはほんの一週間くらい前です。それまでは全然覚えてなかったんですけど」


 直接確認したことはなかったけれど、俺の考えは間違っていなかったらしい。やはりリィンに昔の記憶はなかった。
 思い出したのはつい最近ということらしいが、何か切っ掛けがあったのか。いや、切っ掛けなんてなかったのかもしれない。俺は何の前触れもなく突然だったから。それに、正直切っ掛けについてはどうでも良い。


「そうだったのか。つーか、何でお前が敬語使ってんだよ」

「それは、先輩って呼ぶとつい……。というか、そう言わないとクロウが気付かなかったんだろ」

「あれでどうやって気付けって言うんだよ!」


 気付かなかったのは事実だが、あれだけで理解しろというのは無茶だろ。たったあれだけで気付ける奴がいるなら見てみたい。超能力者か何かじゃないと絶対に無理だ。
 ってか、すっかり普通に話しちまってるけど目の前のコイツは先輩なんだよな。昔はどうあれ今は先輩と後輩、礼儀は通しておくべきか。


「んで、先輩はそれを俺に確認したかったんですか?」

「……なんか変な感じがするな、クロウにそう言われるの」

「つい数分前まで普通にこう話してましたけどね」

「そうだけど……俺と二人の時は普通にしてくれないか?」


 それはつまり、先輩と呼ぶのも敬語を使うのも止めろということか。別に俺はそれでも構わないけど、今の俺達にとってはこっちが普通な気もする。そんな揚げ足を取るだけのことをわざわざ言いはしないけど。


「分かった。けど、だからって今までと特に変わることもねぇだろ」

「まあ、そう言われるとそうだな」


 昔の記憶が戻ったからってじゃあ何かをしようとはならない。お互いにあの頃のことを覚えてるんだというだけでこれといって変化はないだろう。あるとすれば俺達の間だけ。周りの人間には何の影響もない。
 けれど、リィンは「でも」と続けた。


「またクロウと会えて嬉しいよ」


 唐突なリィンの発言に思わず視線を外した。
 ああそうだ、そういう奴だったなと心の中で呟く。正確には俺達が出会ったのはもう何ヶ月も前なんだが、リィンにとっては違うんだろう。言いたいことは通じているが。


「俺は入学してすぐにお前に気付いたけどな」

「そうだったのか? あれ、じゃあクロウが生徒会に入ったのは……」


 これは余計なことを言ったかもしれない。そう思ったけれど、向こうも昔の記憶を取り戻したと言うのならもう良いだろう。


「懐かしい後輩を手伝ってやろうと思ったからだよ」


 柄じゃないのは百も承知だ。それでも俺は生徒会に入った。遠い昔の後輩を手伝う為、その後輩と少しでも一緒に居られるように。時々選択をミスったかと思うこともあったけど、今もここにいることが全ての答えだ。


「……ありがとう、クロウ」

「別に礼を言われるようなことはしてねぇだろ。それに、今じゃお前のが先輩だしな?」


 そこに含んだ意味はなかったのだが、先輩だからって何もしないぞと言われた。そんなことを言うような後輩に見えるというのか。今までだって先輩だから奢って欲しいとか言った覚えはない。奢ってくれるというなら有り難く奢ってもらうけど。
 まあ先輩後輩というのは学校という場である以上、どうしたって付いて回るものだ。タメとは違う上下関係はある。だけど。


「わっ」


 リィンの傍まで近付いてわしゃわしゃと頭を撫でると小さく声が上がった。いきなり何するんだという視線は今も昔も下から向けられる。といっても、前ほどの差はないけれど。


「何かあったら優しい後輩が話を聞いてやるよ。だから遠慮とかすんなよ」


 後輩が言うような台詞じゃないかもしれないが、本人が前と同じ方が良いと言うのだから構わないだろう。今までもそれとなく気に掛けてはいたけれど、この際だから直接伝えておく。
 何もコイツの話を聞く相手は俺じゃなくて他のクラスメイトや先輩だって良い。誰だって良いけれど、俺を頼れば良いのにとはちょっと思ってる。それと、今のことも昔のことも、何でも遠慮せずに以前のままでありたいっていう俺の願望だ。……今なら話せることもあるだろうしな。


「もう用はないんだろ? なら早く帰ろうぜ、先輩」

「……クロウ、わざと言ってないか?」

「そんなワケねぇだろ。あ、帰りにコンビニ寄ろうぜ」


 一緒に帰るつもりなんてなかったけれど、ここで別々に帰る理由もないだろう。リィンだって俺が出てったら帰るつもりだったんだろうし、どうせ途中までは家の方向も同じなんだ。
 はあ、と溜め息を吐きながらも鞄を持ったリィンに小さく笑みを浮かべる。ついこの間までと何も変わらないっていうのに、俺の目にはそれが今までとは全く別の色に見える。


(気付いて欲しかったワケじゃねぇんだけどな)


 だけど、たったそれだけのことがこんなにも嬉しくて。周りからしたら何も変わっていないことに心が躍る。自分でも単純だなと思う。ついでに予想以上に拗らせてるなと、胸の奥に眠る感情を思い出す。


「なあ、リィン」


 「何だ?」とこちらを見上げたその瞳。「いや、何でもねぇ」と返せば、逆に「何だよそれ」と笑われた。
 ああ、やっぱり好きだな――なんて。思ったそれは心の底に押し込んで、そういえばと適当な話題を持ち出しながら俺達は並んで歩いた。






(それが入れ替わったとしても俺達の関係は何も変わらない)
(いつの世界でも、どんな世界でも)