「……何なんだ、これは」


 尋ねたリィンにクロウはにゃんにゃんセットと普通に答えた。黒の猫耳と同じく黒の尻尾。これがアクセサリーとして販売されているのをリィンも見たことがある。記憶にあった商品名を口にしたクラスメイトにやっぱりと思いながらリィンは赤紫へと視線を戻した。


「それじゃあどうしてそれを俺のところに持ってきたんだ」

「そりゃあお前への土産だからな」


 これが、とは声に出さなかったが思ってしまったのは仕方がないだろう。このアクセサリーは男女兼用ではあるけれど、これを土産だと渡されてもどうすれば良いのか。男友達に買ってくるものではないだろう。かといって女友達になら有りかというとそれもそれでどうかという話だが。


「ちょっくらケルディックの大市を見に行ったらこれが売っててよ。せっかくだから買ってきたってワケだ」


 土産だと言われた意味は今の話で分かった。だがケルディックの大市といえば、それは多種多様な商品を取り扱っていたはずだ。食材や薬、日用品から高級品まで。中にはこういった変わり種もあった気がするがそれだけの品物が揃っている中でわざわざこれを選ぶというのはどうなのか。
 いや、クロウならば有り得るかとは思ってしまったもののこれを土産に渡されても正直困る。アクセサリーとはいえ身に付けようとは思えないが、一応土産として渡されたものを捨ててしまうのも気が引ける。完全に行き場を失ってしまったにゃんにゃんセットをどうしたら良いのか。そもそも。


「これを俺に渡してクロウはどうして欲しいんだ」


 ただの受け狙いの土産なのか、それともこれをどうにかして欲しいのか。――どうにかといっても付ける以外の用途は思い付かないのだが、男がこんなものを付けたって何も嬉しくないだろう。そう思ったリィンだが。


「どうして欲しいって、付けてくれりゃあ良いぜ」

「……男の猫耳なんて誰が喜ぶんだ」

「野郎の猫耳に興味はねえが、誰だって恋人の猫耳なら興味あるだろ」


 矛盾しているそれにリィンは溜め息を一つ。男の猫耳に興味はなくとも恋人であるリィンなら話が別ということらしいが、だからといってそれなら付けようという気にはならない。
 これが仮に逆の立場だったらどうなのか。リィンが土産だとにゃんにゃんセットを差し出したらクロウは付けてくれるのか。

 そう尋ねてみたところ「見たいのか?」と逆に聞き返された。試しにちょっと想像をしてみたリィンが「まあ見てみたいかもな」と答えたのは単純な興味とこう答えた時のクロウの反応が気になったから。わざわざ見たいとは言わないが、付けてくれるというなら気になるといったところだ。
 そんなリィンの返答は少々意外だったのか、クロウはきょとんとした顔を見せた。


「へぇ、お前でもそういうこと考えんだな」

「……クロウが言い出したことだろ」


 断じてそういう趣味があるわけではない。言えば俺もこういう趣味があるわけではないと言われたがそれならば何故これを買ってしまったのか。たまたま目に留まってせっかくだしと買ってみたと言われても何がせっかくなのかはさっぱり分からない。


「じゃあ俺もお前も付ければ万事解決だな」


 どうしてかこれまでの話でクロウはそう結論付けたらしい。え、と赤紫を見上げればクロウは楽しげに笑っていた。


「まさかとは思うけどもう一セットあるのか……?」

「いや? けどミヒュトのおっさんのところに行けば手に入るんじゃねえの?」


 確かにあそこには時々変わったものが並んでいる。もしかしたらクロウの言うようににゃんにゃんセットの一つくらい置いてあるかもしれない。

 しかし流石にないだろうと思いながらちょっと行ってくると部屋を出る恋人を見送って十分程が経った頃だろうか。その恋人は本当ににゃんにゃんセットをもう一つ手に入れて戻ってきた。


「これで文句はねぇだろ!」


 何故こんなにも行動が早いのか。言いたくなったがそれは結局溜め息と一緒に吐き出した。
 結果、二人の前には黒猫と白猫のにゃんにゃんセットがそれぞれ一つずつ置かれている。どうしてこんなことになったのか。クロウが訪ねて来てから何度目かになる疑問が頭を過る。お前が自分で付けるだけじゃなくて俺のも見たいって言ったからだろ、とでもこの恋人なら言うのだろうけれど。


「文句は初めから言ってないけど、本当に付けるのか……?」

「今更何言ってんだよ」


 既ににゃんにゃんセットは二人分揃ってしまったのだから確かに今更かもしれない。だが逆にどうしてそこまで乗り気なのかと聞きたい。
 しかしリィンが聞くより先にクロウは「お前が付けて俺か付けないのは不公平だからな」と言い出した。不公平って、とリィンが思った時にはクロウの手ににゃんにゃんセットが一つ握られていて。それを躊躇うことなく身に付けたクロウは青紫を見て口角を持ち上げた。


「さあて、俺が付けたならお前も付けないと不公平だよな?」


 嵌められた、と思った時には遅かった。クロウが躊躇なくこれを付けたのは結局そこらしい。さっきはお前が付けて自分が付けないのは不公平だと口にしていたが、クロウが本当に言いたかったのはその逆。自分が付けてお前が付けないのは不公平だという流れに持っていきたかったのだろう。
 だが、それにしたって。思ったリィンは呆れたような表情で目の前の友人を見た。


「……そこまでして俺がこれを付けるのを見たいのか」

「結構似合うと思うぜ?」

「全然嬉しくないんだが」


 にゃんにゃんセットが似合うと言われて喜ぶ人は果たしてどれくらいいるのだろうか。いいからお前も付けろよと赤紫は黒猫になれるにゃんにゃんセットを見て再び青紫を見る。
 リィンの視線は銀髪の合間から覗く猫耳へと向かう。決してリィン自身はクロウが付けたら自分も付けるとは言っていない。けれど土産だと言われたにゃんにゃんセットが目の前にあって、色違いのそれをクロウが付けたとなれば自分も付けるべきなのか。真面目にそう考えたリィンは仕方なくそれに手を伸ばした。


「おーやっぱ似合うな」


 黒髪に黒猫用の耳は自然と馴染む。クロウが零した感想にリィンはだから嬉しくないと繰り返したが、全く気に留めない友人は土産はこれで正解だったななどと言っている。
 リィンとしては嬉しくも何ともないのだが、どうやらこれを買ってきた張本人は満足しているようだ。男の猫耳なんて、と思いながら青紫の視線は目の前にある白猫の耳へと注がれる。


「……クロウも意外と似合っているんじゃないか」


 リィンは黒髪だから黒猫のセットが馴染むけれど、クロウのそれも彼の髪色と合わさって自然な形でそこにある。そう思ったリィンは言われっぱなしも癪だからと思ったままのことを口にした。


「やっぱりこういうのが趣味か?」

「違うから。というかそれはクロウじゃないのか」

「俺は猫耳が趣味なんじゃなくてお前が趣味なんだけどな」


 突然言われて一瞬ドキッとするが、冷静に考えてみるとそれは趣味といえるのか。なんとなく言いたいことは分かるとはいえ趣味という言葉の使い方としては些か間違っているように感じる。


「……それは少し違わないか?」


 一応思ったことを口にしてみるとそんなことねぇけどなと返される。それから「なら」と続けた恋人は口の端を持ち上げた。


「俺は猫耳が好きなんじゃなくてお前が好きなだけだぜ?」


 言い直した恋人からの視線に耐えきれなくなったリィンはとうとう視線を逸らした。そんな恋人の素直な反応にクロウは微かに微笑む。


「まあでも」


 言いながら自分の付けているにゃんにゃんセットを外したクロウはそのままリィンの頭にある猫耳も外す。


「やっぱりこっちが一番だな」


 猫耳も可愛かったけれど、と話し始める恋人を一体どうしたら良いのか。だがいつものクロウの方が良いなと思ってしまったリィンも人のことが言える立場ではなく。
 黒猫と白猫。一つは土産、もう一方もついでだからと渡されたそれが再び日の目を見ることはあるのだろうか。それは神のみぞ知る。







猫耳も可愛いけれど、でもやっぱり――