「そういえば、クロウって手品とか出来るのか?」
何の脈略もない質問にクロウはクエッションマークを頭上に浮かべた。何でと聞き返せば、前にそんなこともあったなと思ってと言われて遠い日の記憶が甦る。あれはまだリィンが入学して間も無くのことだ。初めて会ったその日にそんなことを言った覚えがある。
「大したことは出来ねーよ。昔なんとなく興味を持ってちょっとばかしやったことがある程度だ」
「えっ、じゃあ他にも出来るのか?」
「人に見せられるようなのじゃねぇよ。子供騙しレベルのを本で見てやってみた程度」
そっちの勉強をしたことがある訳ではない。たまたま目についた本に興味を持って練習してみたことがあるだけだ。それも随分昔の話で、人に見せられるレベルでもなければ種だって大人なら割りと簡単に見破れるくらいのもの。けれど幼いクロウにはとても不思議に思えて、本にある手品を覚えては祖父に見せて驚かせるのが楽しかった。
それから暫くは手品にハマっていた時期があった。だがどれも子供でも簡単に出来るものだったし、目の前の後輩相手ではたとえ一度は騙せても二度はない。前に見せたのと同じで考えればすぐに分かってしまうようなものしかクロウは知らないのだ。
「へぇ。もしよければ見せてくれないか?」
「別に良いけど、本当に子供騙しにしかならないようなモンだぜ?」
手品は魔法と違って種も仕掛けもある。見たいというのなら減るものでもないから見せるぐらい構わないが、考えれば種はすぐに分かるだろう。それでも良いのかと問えば、リィンはああと頷いた。それを聞いてクロウはポケットからブレードのカードを取り出すと、適当にシャッフルをした山札を右手で持った。
「じゃあこの一番上にあるカードを覚えとけよ?」
山札の一番上のカードを見せるクロウにリィンは頷く。それを確認したクロウはカードの背を上にして山札の真ん中辺りに場所にカードを差し込む。
パチン。
よーく見てろよと言ったクロウが指を鳴らす。そして再び一番上のカードを表にすると。
「ミラーのカード……」
「とまあ、こんな感じだな」
先程真ん中に入れたはずのカードが一番上に。勿論最初からミラーを二枚上に並べておいた訳ではない。シャッフルしたカードの順番はクロウだって知らないのだ。だが、リィンが最初に見たカードと今見たカードは同じである。
「凄いな」
「これくらい覚えればすぐ出来るぜ。何だったらお前がシャッフルしたって良いし」
表にしたカードを戻したクロウは同じカードを山札から抜いていく。ブレードには同じカードが何枚か入っているが、それを利用したのではないことを示すには全部一枚にしてしまうのが手っ取り早い。トランプでもあればそっちを使えば良いのだが、生憎トランプは普段持ち歩いていない。
半分以下になった山札を今度はリィンに渡す。その意味を読み取ったリィンは数回ほどカードを切ってクロウに返した。そしてまた一番上のカードを確認してから今度は一番したにカードを戻すが、パチンと指を鳴らせばカードは綺麗に上まで戻ってくる。
「あんま難しいことは考えんなよ? 手品には種も仕掛けもあるんだから」
「見せてもらってるのに種探しなんかしないさ」
「なら今度はお前が引いたカードを当ててやるよ」
ほれと裏返しの状態で広げられるカード。その内の一枚をリィンが引き、クロウには見せずにカードの内容を覚える。
「覚えたか?」
「ああ、大丈夫だ」
「それじゃあカードはここに戻してくれ」
言われた通りにリィンはカードを山札へと戻す。その山札を三つほどに分け、入れ替えてから一つに纏めたクロウは全てのカードを表にして横一列へと並べる。この中にあるどれか一枚が先程リィンが引いたカードだ。その一枚のカードは……。
「七か。適当に引いたってーのに縁があるみたいだな?」
Ⅶ組のリーダーさん、と続けられたそれを否定しながらもリィンは驚いていた。クロウは本当にリィンが引いたカードを当てたのだ。この枚数では当てずっぽうでも当たる確率は低くないが、クロウはちゃんと確信を持って言っている。それもそのはず、クロウはリィンが引いたカードが分かっているのだから。
「どうだ、少しは楽しめたか?」
ククッと喉を鳴らす先輩にリィンは十分すぎるくらいだと答える。もしかしたらと思って聞いてみたのだが、まさかこんなに手品を見せてもらえるとは思わなかった。それも頼んですぐにやれてしまう辺りが流石である。何も準備などしていなかっただろうにパッと出来てしまうのだからカッコいい。
「クロウって何でも出来るんだな」
「何でもってワケじゃねーけど、お前よりは長生きしてるし?」
「二歳しか違わないだろ」
けれどこの二年は決して小さな差ではない。武術訓練でも先輩のクロウの方が一枚上なのは経験の差というものだ。たかが二年、されど二年。今は同輩だが本来は先輩であるクロウは多くのことを知っている。といっても、それは先輩だからというよりクロウだからという部分も大きいかもしれない。この先輩は意外と多くのことを知っているのだ。
「なあクロウ、また今度他の手品も見せてくれないか?」
「そんなにレパートリーはねぇんだけど、まあそのうちな」
言いながらクロウは端によけていたカードも纏めてシャッフルする。手品はこれで終わりだが、ここにはブレードのカードがあって丁度自分達は二人だ。そうなればやることは一つだろう。
「んじゃまあ、ここからは大人の遊びと行きますか」
さっきまでのは子供騙しの手品。ブレードも子供でも遊べる簡単なルールのゲームだが、ただ普通に遊ぶだけというのもつまらないだろう。
クロウの言おうとしたことを理解したリィンはすぐにその誘いを断る。要は賭けようという話なのだ。クロウは街の子供達相手にもお菓子を賭けていたが、この場合はどう考えてもミラだろう。全く、すぐにミラを巻き上げようとする悪い先輩である。勿論頼りになるところもあるのだが、こういうところは頂けない。
「つれねーな。せっかく手品見せてやったのに」
「それとこれは別っていうか……賭けないなら相手になるぞ」
「それじゃあつまんねぇだろ」
「そんなことはないだろ」
そもそもこのゲームを普及させたのはクロウだ。賭けるものがなくても十分楽しめるゲームではないのか。そんな風に言えば、より楽しむためにはこういうのも大事なんだよとよく分からないことを言い出す。
とにかく賭けるのはなしだ。リィンがはっきり断言すれば仕方ねぇなとクロウも引き下がる。正直なところ真面目なリィンがミラを賭けるゲームに乗ってくれるとは思っていなかったのだ。それでも口にしたのはもしかしたらという可能性に賭けただけだ。結局駄目だった訳だが、あくまでもそれはミラを賭ける場合においての話だ。
「じゃあ俺が勝ったらお前のキスってことで」
言えばすかさず横から「ちょっと待て」と制止が入る。ミラを賭けるのは駄目であって他のものなら良いだろうと判断したのだが何か問題でもあっただろうか。そんな反応を見せるクロウとは正反対にリィンは問題大有りだと言いたそうな顔を見せる。
「何でそうなるんだ!」
「お前がミラは駄目だって言ったからだろ」
だからミラではなくキスにしたのだとクロウはさらっと言ってくれる。ミラが駄目なのではなくそもそも賭けるのが駄目だと言ったんだがと主張するリィンにクロウは固いこと言うなよと返す。固いこととかではなくもっと根本的な話なんだと言ってもクロウは聞く耳を持たない。これならミラの方がマシだとは言わないが、街の子供達とやる時のようにお菓子にでもしてくれと言いたい。
「大体、クロウが負けた時はどうするんだ」
「そん時は何でもお前の頼みを一つ聞いてやるよ」
何ならこっちもキスでも良いぜ、なんて言いながらクロウはククッと喉を鳴らす。その言葉にリィンは顔を赤くしながらそういう問題じゃないと返す。だが頼み事はキスじゃなくても良いんだから条件は五分だろうとクロウは主張する。先に頼みの内容を明かしているだけであってクロウの方も勝ったら頼みを聞いてくれという話だ。リィンにまで最初からそれを明かせとは言わないが条件が同じなら平等だろう。
「それに、嫌なら負けなきゃ良い話だぜ?」
安い挑発ではあるが、そう言われたらここで引き下がるのも癪である。確かにクロウの言う通り、勝てば良いだけの話ではあるのだ。
とはいえ、ここで乗ったらクロウの思い通りになってしまうのだが、そのクロウは先程リィンの頼みを聞いて手品を見せてくれた。今度はこちらがブレードに付き合うくらいのことはするべきかとリィンは思う。賭け事であることに変わりはないもののミラを賭ける訳でもない。
「……分かった。何でも頼みを聞いてくれるんだな」
「おうよ。男に二言はないぜ」
決まりだなとクロウはカードを配り、お互いまずはカードを十枚引く。そして山札からカードを一枚引いて先攻後攻を決め、いざ勝負。
その手にあるカードは
夢を見せる不思議なカードか、それとも勝利へと導くカードか
さて、その手が操るカードの絵は……