「お前って俺のこと嫌いか?」


 ぴた、とリィンの手が止まる。そのまま突如疑問を投げつけてきた友人を見ると、彼は普通に夕飯のカレーをスプーンで掬っていた。


「……何でまた急に」


 知らずのうちにそう思われるようなことでもしただろうか。一抹の不安を胸に聞き返すと、これはまた予想の斜め上の返答が来る。


「花占いをしたらそう出たんだよ」

「花占い……」


 あまりに意外な回答にリィンは思わず繰り返した。花占い、というのはあの花占いだろうか。花弁を一枚ずつ散らしながら好きと嫌いを交互に言い、最後の一枚になった時の言葉が占い結果になるというあの。
 正直、占いというよりは一種の子供の遊びともいえるそれの信憑性は高いとは言い難い。何せ花弁が偶数か奇数かで既に答えは決まっているのだ。クロウとてそれくらいのことは知っているはずだが、何よりこの友人が花を片手に占いをする姿を想像したら。


「おい」

「だって、仕方ないだろ」


 肩を震わせるリィンにジト目を向けたクロウはやがて一つ溜め息を吐いた。


「薬草を届けに教会に行ったら日曜学校が終わったところだったんだよ」


 クロウが教会を出た時、授業を終えた女の子達が教会の前で輪になっていた。何となしに声を掛けてみると、彼女達はほんのりと頬を染めて花占いをしているのだと答えた。
 そのまま暫く子供達と話していたクロウは「お兄さんもやってみる?」と一輪の花を渡され、想い人が自分を好いているかどうかを占った。そして結果は最初に言った通りだ。


「努力次第で好きになってもらえるよって励まされたんだぜ」

「励まされたのか」

「ま、俺が言ったことでもあるけどな」


 信憑性はあまり高くないといえど、幼い少女達にはとても大きな意味を持つ占い結果だったのだろう。悪い結果となった少女にたまたま居合わせたこの友人が上手いことフォローしたであろうことはすぐに想像がついた。それで良かったら、と花占いにも参加させてもらったのだろう。やはりクロウは子供と打ち解けるのが早いなとリィンは思う。


「んで、とりあえず本人に確かめてみようかと思ってな」


 カチャ、とスプーンとお皿がぶつかり音を鳴らす。努力の話はどこに言ったんだと尋ねると、改善点が分かってた方が早いだろと案外まともに返される。
 だが、本当はそうではないのだろう。長い付き合いになる相棒の良いところも悪いところも知っているリィンはそれが真実ではないとすぐに見抜いた。いきなり嫌いなのかと聞かれた時は驚いたけれど、ここまで話を聞けば全て納得がいった。


「確かめるも何も、クロウは初めから占い結果が分かっていたんだろ?」

「何言ってんだ。花占いは最後の一枚まで結果は分からないんだぜ?」


 最後の最後に残るのはどちらの花弁が、少女達はドキドキしながら結果を見守っていただろう。
 しかし、結果が二択であるということは最初に花弁の枚数が奇数であるか偶数であるかを判断してしまえば結果はどうにでもなる。頭の回転が速いクロウなら少女から花を受け取った時にはもう結果を知っていたはずだ。いや、あえてその結果を選んだのだ。


「俺はクロウのそういうところが好きだよ」


 小さく笑って漸くリィンは初めの質問に答えた。

 好きと嫌い。確率は二分の一。
 後者の結果に落ち込む少女を励まし、そこで渡された花の中から花弁が偶数になっているものを探すことはクロウには難しくなかったはずだ。確率の上では二回に一回が嫌いになる。嫌いという結果が出ることは珍しくないのだからここから一緒に頑張ろう。おそらくそんな風に励ましたのではないだろうか。
 機転の利く友人を横で見ていると流石だなと勉強させられることが多く、彼のそういうところは尊敬もしている。またそこが好きなところでもあるわけだが。


「もっとも、嫌いなところなんてないけどな」


 気付かないうちに傷つけるようなことをしてしまった可能性はゼロではなかった。しかし、リィンがクロウを嫌いになる理由は一つもない。仕方がないと呆れることがないわけではないけれど、それだって嫌いだというほどのことではないのだ。
 だから、最初の質問の答えは最初から決まっていた。


「……お前はそうやってどんだけ人を落とすんだよ」


 リィンの答えに一瞬だけ目を見張った赤紫は優しく細められる。何度も何度も、そんな風に話すクロウにリィンは微笑んだ。


「いつまでも一緒にいられるな」

「いつまでだって手放さねーよ」


 何度も落ちてくれるならいつまでも傍にいられる。だが、心配しなくてもその穴は簡単に抜け出せるほどの深さではない。一度落ちたら最後、手放せないし手放さない。


「何なら引き摺り落としてやろうか?」

「それはこっちの台詞だ」


 人のことを疑ったのは誰だったかと暗に伝えれば、悪かったと素直に謝罪される。そのまま触れ合った唇は色気も何もない夕飯のカレー味。


「けど気になるだろ?」

「自分で選んだんだろ」

「もしかしたらってことはあるかもしれねーしな」


 ないだろうと思いながら「あるのか?」と逆にリィンは問う。ゼロではないだろうとの答えは少し前にリィンが考えていたものと同じだった。
 どんなに付き合いが長くなろうと相手が何を考えているかなど百パーセントは分からないのだ。ただ、付き合いが長くなればその分相手を理解する。


「それなら、そう思われないようにもっと伝えるよ」


 先程クロウがしたように今度はリィンから唇を重ねる。それは先程以上に深く、熱く、伝わる想いはどこまでも大きく流れ込んでくる。離さなかったのはお互い様だった。


「お前も強かになったよな」

「クロウには言われたくないよ」


 空になった皿を手に立ち上がると反対からも椅子を引く音がした。そのまま二人でキッチンに向かい、クロウが先に蛇口をひねったことからリィンは洗い物をシンクへ置いて布巾を手に取った。


「そういや部屋に一輪だけ花があるんだけど、お前もやってみるか?」

「花占いの答えはもう出たんじゃなかったのか」

「たまには良いだろ」


 皿を洗いながらまた唐突に提案をした赤紫がリィンを映してあたたかな色を浮かべる。
 花占いの結果は二択、好きか嫌いか。二分の一であるその答えをクロウはもう知っているはずだ。そもそも花占いなどせずとも答えならとっくに出ている。それでも花占いをしないかと提案するのは。


「……それ、嫌いになったらどうするんだ?」

「そん時はちゃんと言葉で伝えてやるよ」


 もはや花占いの工程は必要ないのではないかと思うけれど、たまには良いかとクロウの提案にリィンは頷いた。結果は分かりきっている上にどちらにしてもクロウの目的は目に見えていたのだが、たまにはそんな日があっても良いだろう。たまたま、きっかけが花占いだったという話なのだ。
 頷くリィンを見つめるその瞳が答えではあるけれど、甘やかしたいのか甘やかされたいのか。どっちでも良いかと思いながらリィンはまた一つ皿を受け取って棚に片付けるのだった。









好き以外の答えは出てこないと知っていて、その答えが聞きたくなった
――なんて、全部分かっているんだろうな

思わず笑みを零し、やっぱり好きだなと愛しさが胸を占めた