自由行動日といえば生徒会の仕事を手伝うのが当たり前になっている俺は、今日も届けられた依頼を一つずつ片付けていた。順に依頼をこなしつつ、所々で会った仲間達とは談笑なんかもしながら午前中の時間はあっという間に過ぎていった。
 Ⅶ組のみんなとは別に約束をしていたわけでもない。依頼をこなしながら見掛けたら声を掛けたり、掛けられたり。こうも街中を動き回っていれば自然とみんなにも会うもので、その中で見ていない人物のことが少しばかり気になっていたところだった。


「こんなところにいたのか、クロウ」


 だから一休みしようと立ち寄ったキルシェでその姿を見付けた時、そんな言葉が零れた。学院内でもトリスタの街中でも姿を見ないと思ったらここに居たのかと。


「おう、何か用か?」


 俺の言葉を探していたと受け取ったらしい目の前の友人は、赤紫の瞳をこちらに向けてそう尋ねた。そういう意味で言ったわけではなかった俺はそのまま「用という用はないんだけど」と返したが、友人はとりあえず座れよとでもいうように向かいの席を勧められた。
 休憩をするつもりで立ち寄ったとはいえ、長居をするつもりだったわけでもない。だから一度は断ったが、わざわざ立ち話をすることもないだろうと言われればその通りでもあり。結局俺は彼の向かいの椅子に腰を掛けた。


「で、何の用だよ」


 ついさっき、用はないと言ったはずだが同じ言葉を繰り返された。俺の話を聞いていなかったわけではないだろうが、やっぱり最初の俺の言い方が悪かったんだろう。


「だから用はないって言っただろ。たまたま通りがかっただけだ」

「たまたまって、お前は生徒会の手伝いしてたんだろ?」

「それはさっき終わったんだ。それでここに寄ったらクロウがいたから」


 用事があったわけではない。ただ、今日は姿を見ていないなと思っていたクロウの姿をここで見つけてついあんな言葉が零れただけ。それ以上の理由はない。
 そう説明したことで漸くクロウも納得してくれたらしい。そのことに一息ついたところで、今度は「ちょっと待て」と話を切り出されて顔を上げる。


「生徒会の手伝いが終わってここに寄ったのに長居するつもりはないって、お前はここに何しに来たんだよ」


 そういえばそんなことを言ったなとクロウの言葉で思い出す。
 それについては深い意味があっての発言ではない。今にして思えば、俺に座るように促した時点で誰かと待ち合わせをしていたのではなかったんだろう。だが、そうだったら悪いと思って反射的にそう言ってしまっただけだ。
 けれどそれをそのまま言ったのなら、目の前の友人であり本来は先輩でもあるこの人は怒るだろう。俺にそんなつもりはないけれど、遠慮をするなとか気にするなとか。言われるのが分かったから嘘ではないことを言いつつもその事実を隠した。


「ああ。今日渡されていた分の依頼は終わったんだが、さっき外を歩いている時にちょっと頼まれ事をして」


 こう言えば分かってもらえるだろう。実際、ここに来る前に今日もらっていた生徒会の依頼とは別の頼まれごとも引き受けたところだ。嘘は言っていないから問題ないだろう。
 俺が思った通り、クロウは納得してくれた。だが次の瞬間にははあと溜め息を一つ。その瞳は呆れたと言わんばかりの色を含んでいた。


「お前な、せっかくの自由行動日なんだから少しは休めよ」


 生徒会の仕事を手伝うなとは言わない。けれど自由行動日なんだから休むことも必要だ、とクロウは言いたいらしい。
 それはその通りだろうけれど、俺だって自分の手におえないほど仕事を抱え込んでいるわけではない。ちゃんと休む時は休んでいるし、部活動に所属していないからこそこうして生徒会の手伝いをしている。


「ちゃんと休んでるさ。それに、困っている人が居たら放っておけないだろ?」


 だから思ったままに答えたのだが、あーそうかと言いながらクロウはまた溜め息を吐いた。それから「お前もトワも働き過ぎだろ」と独り言のように零した。
 確かに会長は一人で何でもかんでもやって働きすぎているところはあると思う。教官の仕事まで手伝っているようだし、少しは休んだ方が良いというのは同意だ。けれど、俺はその会長の手伝いをしているだけでそこまでのことはしていないと思う。
 言えば、お前も同じようなものだと呆れられてしまったが。そんなことはないと思うんだけどな。


「まあいいわ。でも今は急ぎの用じゃないんだろ?」

「急ぎではないが……」

「ならちょっと付き合えよ」


 そう言ったこの先輩は、俺に構わず追加で注文を頼んだ。その明らかに自分の分だけではない注文内容に、俺は思わず「すぐ行くから!」と慌てて静止を掛けたが間に合わなかったらしい。
 ――というより、これは聞かなかったことにされたという方が正しいだろうか。もう頼んじまったんだから付き合えよと言われ、今度はこちらが溜め息を吐いた。


「ほら、とりあえず飲めよ」


 程なくして運ばれてきたアイスティー。飲めと言われても頼んだのはクロウなわけで、どうしたら良いものか困る。
 そんな俺に対し、ちょっと休むくらいの時間はあるだろと赤紫がこちらを見つめる。どんだけ仕事熱心だよと続けられたそれを聞いて、とうとう俺は諦めることにした。


「熱心ってほどじゃないけど、クロウはもう少し真面目に授業を受けた方が良いだろ」


 アイスティーを一口ほど飲んでから言い返してやれば、クロウからは「真面目に受けてるじゃねぇか」と反論された。真面目に授業を受けている生徒なら、後輩のクラスに交じって授業を受けたりしていないと思うんだが。


「授業中に寝ているのを真面目とは言わないだろ」

「あー……それはあれだ、淡々と教科書を読まれたら誰でも眠くなるだろ?」

「ならない」


 そんなことで同意を求められても困る。大体、誰でも眠くなるだろと言われてもみんなちゃんと起きて授業を聞いているんだ。同意しろというのが無理な話だろう。
 その後もクロウは眠くなるものだろうと説明を続けたが、俺に同意は得られないと途中で判断したらしい。説明することを諦めて今度からは気を付けるとだけ言った。さっきの今でとても信じられるような話ではないんだが。


「……本当か?」

「何なんだよ、その疑っているような目は。お前は俺の言葉が信じられないのか?」

「正直、あまり信じられないな」


 はっきり言えば、ガクッと肩を落として失礼な奴だと言われた。だが、それは普段の行動を見直してからにしてもらいたいというのが俺の意見だ。きっとⅦ組の面々に同じことを聞いたなら、クロウ側に付く人はほぼ居ないだろう。


「そういや後で旧校舎にも行くんだろ?」


 明らかに話を逸らされたが、別にこれ以上続けるような話題でもない。必要ならいつでも呼ぶように言ってくれる友人に礼を述べて、考えるのは今話題に上った謎多き旧校舎のこと。


「この先も永遠と新しい層が現れたらどうするよ?」


 月に一度、自由行動日に俺達Ⅶ組が調査している旧校舎。入る度に構造が変わり、新しい階層が現れるようになったそれはおそらく今回、また新しい階層を探索出来るようになっているのだろう。前回は第五層、つまり今回現れたであろう第六層を調査することがⅦ組への依頼だ。
 今のところ、どうして新しい層が現れているのかも分からない。これから先も入る度に新しい層が増え続けて行く可能性も否定は出来ない。とはいえ、それを調査することが俺達への依頼でもある。


「どうするって言われてもな……。やれるだけのことはやるさ」

「そうだな。ここまできたら旧校舎の謎も解き明かしたいもんな」


 クロウの言葉に俺も同意する。どこまで俺達に調べられるかは分からないけれど、自分達にやれるだけのことはやって出来る限り旧校舎の謎を解き明かしたい。それはきっと、他のⅦ組メンバーも全員が思っていることだろう。
 その為にもⅦ組全員の力を合わせて旧校舎の調査に当たる。それにはⅦ組みんなの力が必要で、勿論クロウの力も必要不可欠だ。


「クロウ?」


 ふと、気が付いたら目の前の友人がぼーっとしているように見えた。ぼーっとしているというより、どこか遠くを見ているというか。何かを考えているというか。
 俺の声で気が付いたらしい彼は、こちらを見て「何だ?」と疑問で返した。それは何らいつもと変わりないように聞こえたけれど。


「どうかしたのか?」

「いや、何でもねーよ」


 何かを隠した、というようには見えなかった。ただちょっと考え事をしていただけだという言葉も嘘には聞こえなかったから、気になりはしたもののそうかと流した。
 だが、そんなやり取りをしたすぐ。はっとした様子のクロウは時計に視線を向けるなり「あ、やべ」と小さく声を漏らした。


「一時に約束してたんだ」


 その言葉で俺の視線も自然と壁に掛けられている時計へと向けられた。そこに表示されていた時刻は十二時五十五分。間もなく一時を迎えようとしている時刻だった。


「一時って、もうすぐじゃないか!」


 のんびりしている場合じゃないだろうと慌てる俺とは反対に、当の本人は「走ればなんとかなるだろ」などと楽観的なことを言っている。なんとかなるのか? と疑問を浮かべる俺に多分大丈夫だと言いながらクロウはゆっくり立ち上がり、そのまま会計を済ませた。
 そこまでしたところで、自分の分も払わせてしまったのだと気付いた俺は慌てて立ち上がったが「たまには後輩らしく奢られとけ」と言われた。今は同じクラスメイトでも本当は先輩と後輩であるとはいえ、それが奢られる理由にはならないだろう。そう思ったが、もう遅いのも事実で。


「……その後輩から五十ミラを騙し取るような先輩に言われたくはないんだが」


 腑に落ちなかったが、この場は仕方なくいつかの話題を持ち出してこちらの気持ちを伝えることにした。苦笑いを浮かべた先輩はといえば、それはそれだと都合のいいことを言いながらくるりと背を向け。


「俺が人に奢るなんて滅多にないんだから、有り難く奢られろよ」


 じゃあほどほどに頑張れよ、と最後に一言付け加えてそのまま行ってしまった。
 残された俺はといえば、はあと一つ溜め息を吐いて残っていた僅かなアイスティーを飲み干した。全く、良い先輩なのか悪い先輩なのか。出会いはあんなだったとはいえ、頼りになる先輩であることは間違いないが。


「……俺もそろそろ行くか」


 まだやらなければいけないことは残っている。クロウも行ってしまったし、俺も依頼の方を再開させることにしよう。


(十分、休息も取らされたしな)


 さり気なく気遣ってくれる友人に感謝をしながら、俺もキルシェを後にしてトリスタの街を歩き始めた。




(気が付いたらその姿を探していた)