今夜は天気も良く、各地で流星群を観測することが出来るでしょう。
 天気予報の後でアナウンサーが付け加えたその一言。そういえば今朝もそんなニュースを見たなと思ったところで「なあ」と呼び掛けられたのが一時間ほど前。現在、二人は小高い丘の上に腰を下ろして無数の星が輝く空を見上げていた。


「なかなか流れ星は見えねぇな」

「まだ時間的に早いんじゃないのか?」


 確かニュースでは日付が変わる頃から夜明けにかけてが見頃だと言っていた。今の時刻は夜の十時、流星群を見るには少し早い時間といえるだろう。
 いきなり「流星群を見に行かねぇか」と誘われた時は驚いたが、明日が休みということもあってリィンは二つ返事で頷いた。そんなリィンの返事を聞いてそれじゃあ行くかとクロウに連れられてやってきたのがこの場所だ。


「そういえば小さい頃もクロウと星を見たことがあったな」


 思い出してリィンは笑う。あの時もいきなり「流れ星を探しに行くか」とこの幼馴染に誘われたのだ。そしてその夜、二人はこっそりと家を抜け出して近くの公園に星を探しに行った。


「あの時はお前が流れ星を見たいって言ったんだろ」

「見たいっていうか、本当に流れ星は願いを叶えてくれるのかって聞いた気がするけど」

「前の日に見たアニメで星に願い事をしたら本当に叶った、みたいなのがあったんだったよな」


 そのアニメで見たことは本当なのかと尋ねた幼いリィンにそれなら確かめてみれば良いのだと幼いクロウは答えた。だから流れ星を探しに行こうと言われてリィンもすぐに首を縦に振ったのである。
 しかし、夜に子供が二人で出掛けるなど親が知ったら間違いなく止められる。それが分かっていたから絶対に親に言わないことを約束して夜に内緒で出掛けたのだ。二人で手を繋いで歩いた暗い夜道はやけに心臓がドキドキしたことは今でもよく覚えている。親に内緒でいけないことをしているドキドキ感と好きな子と一緒にいるドキドキと、二人だけの秘密という特別な響きが子供心を高揚させていた。


「ま、結局あの日は流れ星を見つけられなかったけど」


 流れ星はそう簡単に見つけられるものではない。だからこそ願いが叶うと言われているのだろうというのがその時の結論だった気がする。暫く粘ってはみたものの結局それを見つけることは叶わず、隣の幼馴染が眠そうになってきたところで引き上げた懐かしい思い出。


「でもクロウが色々と教えてくれて楽しかったよ」

「そうか? けど大したことなんて話してなかっただろ。お前が喜んでくれるのが見たくて数時間で身に付けた知識ばっかだったからな」


 幾つかはそれより前から知っていたことだったけれど、半分くらいは一度リィンと別れた後で調べて約束の時間までに覚えたばかりの知識だった。そう話すクロウにリィンは「そうだったのか?」と些か驚いたような顔で横を見る。
 とてもそうは見えなかったと言われて「なら良かった」とクロウは口元を緩めた。そうだとバレないように自然に話したそれは無事に成功していたらしい。とはいえ、リィンの反応を見て当時も気付かれていないだろうことは分かっていたのだが、あの頃は自分の話を聞いてリィンが喜んでくれることがクロウには嬉しくて仕方がなかったのだ。尤もそれは今でも変わらないけれど。


「今はもう俺が説明する間でもなくお前も知ってることが多いよな」


 学校で様々なことを教わり、わざわざクロウが説明しなくても今目の前に広がっている星のことはリィンも知っている。春の大三角の一つであるスピカの傍で輝く木星、北斗七星は昔も二人で探した。そこから先にある一際目立つ星がよく道標にもされている北極星。
 別にそれらをリィンに教えたいわけではないけれど、ちょっと寂しくもあるなと思っていたクロウに「そんなことはない」と幼馴染は否定する。


「今でもクロウは俺の知らないことを沢山知ってる」


 義務教育を終えて高校へ、大学へ進んであの頃より知識は増えたけれどクロウが教えてくれるのは教科書にはない雑学が多い。その知識の多さにリィンは今も昔もこの幼馴染に感心させられてばかりだ。
 だからこれからも色々と教えて欲しいと話すリィンにクロウは目をぱちくりさせた後に「じゃあ期待に応えられるように頑張るか」と小さく笑みを浮かべて赤紫は空へと向かった。


「そういや覚えてるか? 昔、流れ星が見つかったらどんな願い事をするかって話したの」


 ――流れ星が見つかったらお前は何をお願いするんだ?
 幼いクロウの問い掛けにきょとんとした顔を浮かべた幼馴染はうーんと暫く考えた。流れ星が願い事を叶えてくれるのかを確かめに来たけれど、肝心の願い事までは考えていなかったのだ。だがリィンはたっぷりと数十秒ほど悩んだ後にクロウを見て答えた。


「……覚えてるよ」


 ――これからもずっと、クロウと一緒にいたい。
 それがあの時、リィンの頭に咄嗟に浮かんだ願い事だった。その答えにクロウは一瞬驚きながらもすぐに「俺も同じ」だと笑った。いつまでもリィンと一緒にいたい、と。


「あの時は流れ星を見つけられなかったけど、願い事だけはちゃんと叶ったな」

「まあ三回願い事を言えば叶うって話は嘘だったけどな」

「そうなのか?」

「その短い時間で三回願い事を言えるくらいの強い思いがあるならいつかは叶うってのが真相だ」


 強い思い。それによって願いが現実になることから流れ星はいつからか落ちるまでに三回願い事を言えたならそれが叶うという話に変わった。たったそれだけのことで本当に願いが叶うなんて現実的に考えれば有り得ないことだが子供の頃は純粋にそれを信じていた。
 しかし、真相を知ったクロウは成程なとも思った。流れ星が現れてから消えるまでの時間なんてほんの僅かな時間でしかない。その間に三回も言えるほどの思いがあるのなら願いを現実に出来るだけの力もきっとあるのだろう。そして。

 一度目を閉じたクロウは視線を横へ移す。するとそれに気が付いたリィンの視線も星からクロウへと戻される。暗い夜でも分かる青紫の瞳。その瞳に惹かれているのはあの頃から変わらない。


「この先もずっと、一緒にいよう」


 その言葉に青紫が僅かに開かれた。いつかは付き合って欲しいという言葉も別の意味に捉えられたが、どうやら今回はきちんと伝わったらしい。それを見てクロウは更に続ける。


「幼馴染でも恋人としてでもなく、お前には俺の隣にいて欲しい」


 幼馴染だから特別なわけではない。大切な友達であることも事実だけれどそれだけではないと、伝え合ったのは高校生の頃。あれから少しずつ距離を縮め、リィンが大学生になる時にクロウはルームシェアをしないかと誘った。そうして今日まで二人は同じ屋根の下で暮らしている。今もルームシェアという名目で。
 でも。クロウは大学を卒業し、リィンも今年の春に大学を出て社会人になった。幼馴染で恋人。その関係も悪くはないけれど、お互いもう二十歳を過ぎて大人の仲間入りをした。あの時はまだ言えなかった言葉をクロウは今、リィンに伝える。


「結婚しよう、リィン」


 告げられた言葉にリィンは目頭が熱くなるのを感じた。
 小さい頃からいつも傍にいた幼馴染。その幼馴染がそういう意味で好きだと自覚してお付き合いをはじめ、一緒にいられる毎日がただただ幸せだった。今でもその日常が幸せで、いつまでもこんな日々が続いたら良いと思っていた。


「……俺も、クロウと一緒にいたい」


 十数年前のあの日、そう言ったのは幼馴染のことが好きだったから。けれど今、あの時と同じ言葉を繰り返したのは幼馴染だからという理由だけではない。リィンもクロウのことをそういう意味で好きで、自分達が恋人同士だからこそ伝える言葉。
 ふっと口元を緩めたクロウの手がリィンの頭の後ろへと回る。それに気が付いたリィンはそっと目を閉じた。唇に温かな感覚が訪れたのはそれから間もなくのこと。


「ありがとう、リィン」


 こつんと額を合わせて言われたそれに「俺の方こそ」とリィンが答えた時、空に一筋の光が描かれる。視界の端でそれを捉えた二人の視線はどちらともなく空へ向かった。


「なあ、今ならお前は何を星に願う」

「星に願っても叶うわけじゃないんだろ?」

「叶わないわけでもねーぜ?」


 先程のあの一瞬で三回の願い事を言えるくらいの強い願いならきっと。そう話すクロウにリィンは少しだけ考えて。


「これからもずっとクロウといたい、って願うよ」


 いつかと変わらぬ答えを口にした幼馴染にクロウは思わず笑いながら「俺も」と答えた。それから何となく言いたくなって好きだと伝えたらやはり同じ言葉で返ってきた。

 繋いだ手の温かさはあの頃のまま、あの頃と違うのは絡み合う指先と胸いっぱいに広がる幸せ。
 それは隣にいる彼が、彼女がただの幼馴染ではないから。今隣にいるこの人は空に広がる無数の星のように大勢の人が暮らすこの星で巡り会ったかけがえのない人。







共に歩むと決めた俺達は――





「クロウ」


 ――あれから半年。
 昔から聞き慣れている声に呼ばれて振り返ったクロウはその姿に自然と目を細めた。


「綺麗だな」

「……ありがとう」


 ほんのりと頬を染めるリィンは純白に包まれている。事前に試着で一度は見たことがあるとはいえ、やはり綺麗だなと幼馴染であり恋人であった彼女を見ながらクロウは思う。
 あれこれ悩みながら相談した日々からここまで、本当にあっという間だった。彼女を好きになってからここに辿り着くまでは長かったけれど、これより先にはもっと長い未来が広がっている。そう思うと胸がじんわりと熱くなる。

 けれどそれはまだ少し早い。式は今から始まるのだ。幸せを噛みしめるのはその後でも遅くない。
 そう考えたクロウは何の気もなく左手をすっと伸ばす。


「行くか」


 差し伸べられたその手にリィンは思わず微笑む。出会った頃から変わらないその左手。勿論あれから月日を重ねて大きく男らしい手になったけれど、変わらず伸ばされる手にリィンもまた頷いてこれまで何度もしてきたようにそこへ自分の手を重ねた。
 きっと、これからもクロウは何度でもリィンに手を差し伸べてくれるのだろう。そしていつまでも一緒に歩いていくのだ。そのことに心は満たされ、胸いっぱいの幸せは今にも溢れそうだ。

 慣れ親しんだ手に引かれて今日も一歩、見たことのない世界への道を進む。
 そう、光ある未来へと続く道を。二人で共に。