珍しい、というよりは意外というべきだろうか。いつものように依頼を確認したリィンは手元の紙を眺めながらそんな感想を抱いた。
それから学生寮の向かいの部屋を訪ねたのは、詳しくは部屋まで来てくれと書かれていたためだ。エントランスではなく部屋を指定している時点でリィンがこの依頼を引き受けることを前提にしているような気がしたが、最初からそのつもりで生徒会に話を通したのかもしれない。
そして、部屋で待っていた依頼人から受け取ったのは一枚の紙だった。
「…………星が示す場所?」
「んじゃ、あとはよろしく」
「いや、待ってくれ!」
紙に書かれた文章を確認したところでどこかへ行こうとする依頼人を引き留める。程なくして、赤紫の瞳は再びリィンを映す。
「何だよ」
まだ何かあるのかと言いたげな目を向けられるが正直言いたいことしかない。これだけで理解をしろというのは随分と難易度が高くないだろうか。
「それはこっちの台詞だ。いきなり紙だけを渡されても困るんだが」
「いきなりじゃねえだろ。探しものを手伝って欲しい、って伝えてあったはずだぜ?」
「……まさかとは思うけど」
「お察しの通りだ。どうやらその暗号の場所にあるらしい」
だから突然この紙を渡されたのか、と納得はしたがそのくらいの説明はして欲しい。要するに、この暗号解読を手伝って欲しいというのが今回の依頼内容のようだ。
――手伝うというよりも完全に任されるような気がするけれど。
そう思いながら目の前のクラスメイトを見つめると「こっちは手詰まりでな」と肩を竦めた。どうやら最初からリィンに任せるのではなく、彼自身も解読を試みた結果が今回の依頼らしい。
「こういうモンは別のヤツが見たら案外あっさり解けることもあるだろ?」
「まあ、そうだな」
正直、今のところは全く暗号の解ける気配はない。しかし、クロウの言いたいことも理解はできる。一人で煮詰まってしまったのなら第三者の意見を聞いてみるのもひとつの手だ。
「つーワケだからあとは頼んだ」
だけど、やっぱりそういう話になるのかとリィンは溜め息を吐く。解読ができなくても報酬は出すから気楽にやれよと言ってクロウは本当に部屋を出て行った。
その言葉に偽りはないだろうがこんなに適当でいいのだろうか。心の中で呟きながら残されたリィンは手元の紙に再び視線を落とす。
【星が示す場所】
改めて読んでみても言葉の意味する場所は分からない。けれど、ここに留まっていたところで答えが見つかるわけでもない。
とりあえず外を歩きながら考えてみよう。そう結論付けたリィンはジャケットの内ポケットから学生手帳を取り出して預かった紙を手帳に挟んだ。
□ □ □
もしかしたらこれ、昔流行ったあの曲のことじゃないかな?
寮を出ようとしたところでばったり会ったエリオットは例の暗号を見てそう言った。確か音楽室にあるはずだよと教えてくれた友人は、これから部活に行くところだからとそのレコードを出してくれた。
案外早く終わりそうだな、と思ったのも束の間のこと。
レコードのケースに別の暗号が貼り付けられているのを見つけたリィンはこの依頼が長丁場になることを覚悟した。
アルファベットの羅列、不規則に並ぶ数字、不思議な問いかけ。七つ目のメモを見つける頃には空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
たくさんの人に助けられながらここまで解いてきたが、いつまで続くのだろうか。そう思いながら開いた紙は漸く、ぱっと見ただけで解くことができた。だが、同時にリィンは全てを悟った。
「クロウ」
「よう、お疲れ」
第三学生寮に戻ると、目的の人物はエントランスのソファで寛いでいた。
――いや、おそらくはリィンがそろそろ戻ってくると踏んで待っていたのだろう。リィンの予想が正しければ、クロウがここにいるのは必然だ。
「探しものは見つけてくれたか?」
「ああ。ここで報告していいか?」
尋ねたリィンに頷いたクロウは「まあ座れよ」と促す。
ソファへ腰を下ろし、赤紫の瞳がこちらを映したところでリィンは再び口を開く。
「最初にひとつ確認しておきたいんだが、今回の依頼は探しものを手伝う……つまり、あの暗号を解いて欲しいって話だったよな」
「そうだな」
「それなら、この依頼は達成でいいんだよな?」
じっと見つめて問い掛けると、程なくしてクロウは緩く口角を持ち上げた。
「おう。ご苦労だったな」
その言葉にゆっくりと息を吐く。やはり予想は当たっていたらしい。もっとも、最後の暗号はそうだと分かる内容になっていたわけだが。
「……探し物を手伝って欲しいっていうのは嘘だったのか」
「そう言うなって。結構楽しめただろ?」
「否定はしないけど、それならはじめからそう言ってくれてもよかったんじゃないか?」
「それじゃあつまらねぇだろ」
そんなことはないと思うのだが、そこにはクロウなりのこだわりがあるのだろう。
「ま、依頼は達成っつーことで今回の報酬だ」
そう言われて差し出されたクォーツを受け取る。どちらかというと謎解きをクリアした報酬といった方が正しいような気もするが、意図が分かった今となっては実にクロウらしい依頼だったと感じる。
トリスタの子供たちと遊んだり、ブレードを流行らせたり。そういう姿を見ているからこそ納得はしたもののいくつかの疑問もある。
「でも、どうしてこんな依頼を出したんだ?」
ただの思いつきかもしれないけれど、何か理由はあったのだろうか。気になった疑問をそのまま投げかけるとクロウは徐に口を開いた。
「お前はガキの頃、宝探しとかしなかったか?」
その言葉で遠い日の記憶が頭に浮かぶ。ちょっと懐かしくなってな、と続けたクロウにも同じような思い出があるのだろう。
子供の頃のちょっとした冒険。あちこち駆け回って見つけた宝物に金銭的な価値はなかったけれど、幼い自分にとってはとても価値があった。
「昔、妹と一緒に探したことがあるかな。クロウは暗号から宝物を探したのか?」
「暗号を解いて探したこともあるし、ただひたすら探し回ったこともあるな」
宝の地図が見つかれば夢があるんだけどな、とクロウは笑う。今ここに宝の地図があったのなら迷わず宝探しを始めるのかもしれない。
「クロウは暗号とか得意そうだな」
「今回は見事に解かれたけどな」
「解けない暗号を用意したわけでもないだろ」
「まあな」
そこも含めてやはり得意そうだと思う。作るのと解くのはまた違うのかもしれないが、少なくとも苦手意識は感じない。今回は依頼として全てクロウが準備したのだろうけれど、一緒に暗号を解いてみるのも面白そうだ。
「いつか宝の地図を見つけたら、一緒に探しに行くか?」
不意に提案されてぱちりと目を瞬かせる。宝の地図なんてものが本当に存在するのかは分からないし、仮にあったとしても本物とも限らないわけだが。
「それも楽しいかもしれないな」
リィンが頷くとクロウも楽しげな笑みを浮かべる。
「おっ、案外乗り気だな」
「お宝に興味があるわけじゃないけど、やっぱり夢があるだろ?」
「男のロマンだよな」
そのように話すクロウもお宝そのものよりも宝の地図というものに興味を惹かれるのだろう。もちろん金銀財宝にも夢はあるが、宝探しというものにも大きな魅力があるのだ。
「じゃあそん時はよろしくな」
「ああ」
そう言って二人で笑い合う。本当に宝の地図を広げて世界を探し回る日がくるかは分からない。でもそんな日がきたら楽しいと思う。
いつかの未来に友人とそうやって過ごせる時間がくることを心の中でそっと願う。
たからさがし
(ちょっとした息抜きから小さな約束へ)