「ほらよ」
丁度良いところで会ったと言ったクラスメイトはそう言って小さな包みを渡してきた。
「クロウ、これは?」
「お前にやるよ」
どうやらこれをくれるらしいがまた突然だなとリィンは思う。クロウが唐突なのは珍しくもないけれど、これは何なのだろうか。重くはない。紙で包装されているそれは厚みもなさそうだが。
「何呆けてんだよ」
「いや、いきなりだったから」
これが何かも分からないければ、どうして渡されたのかも分からない。たまたまリィンがここにいたからかもしれないし、クロウのことだからただ何となくという可能性もあるだろう。
だが、クロウとしてはまさか小さなそれを渡しただけでこんな反応が返ってくるとは思わなかった。真面目っつーか頭が固いっつーか、呆れ混じりにクロウは溜め息を吐く。
「貰えるモンは貰っとけば良いだろ。あんま難しく考えんなよ」
「そうは言ってもちゃんと包装はされてるし、どうしたんだって思うだろ」
ちゃんとというほどではないそれを見ながらリィンが言う。これが包装されていないものだったならまだ違っただろう。疑問には思ってもいらないものが出てきたとか買い物に行ったついでに買ったのだとか。いきなり渡されて不思議に思わない人もいないだろうとリィンは考える。
そういうもんかねぇと呟くクロウの考えはさっき言った通り。貰えるモンは貰っとけ。まあリィンは既に受け取ってはいるわけだが。
「ただ何となくお前に合いそうだなって思っただけだ」
買い物ついでに見つけてな、と理由を言えば漸くリィンは納得してくれたらしい。そうだったのかと頷いてありがとうとお礼を述べる。
こんな真面目に育ったのは彼の育ての親のお陰でもあるのだろう。リィンの性格は生まれつきのところもあるが、こういうところは義理の両親に遠慮していたりしたのかもしれないなとクロウは心の中だけで呟く。別にそれが悪いとは言わないけれど。ちなみにこういうところというのは真面目どうこうの話ではなく。
「誕生日くらい、主張しても良いと思うんだけどな」
クロウの言葉に青紫の瞳が開かれた。
わざと隠しているわけでもないんだろうが、言えばⅦ組の連中は普通に祝ってくれるだろう。誕生日なんだ、おめでとうと。きっとみんな笑顔で祝ってくれる。リィンが生まれた今日と云う日を。
「何でそれを…………」
「そりゃあ、なあ」
知ってるに決まってんだろ。
クロウが声に出さなかったそれにリィンは遅れて気が付いたらしい。あっ、と小さな声を上げて青紫が赤紫を捉えた。
「すまない」
「いや、そこは謝るとこじゃねーからな?」
リィンからすれば同じ学校の先輩でクラスメイト。そういった印象が強いのは当然のことで、クロウもそのことは別に気にしていない。ただ。
「こんだけ近くにいんなら誕生日の一つくらい祝ってやろうと思ってな」
それ以上の理由もそれ以下の理由もない。今まではお祝いをしたくとも出来なかったのだ。でも今はそれが出来る距離にいる。だから祝おうと思った。これはたったそれだけの話だ。
「……クロウは、俺のことを覚えていたんだよな」
「まあ俺の年だったらな。前にも言ったけどお前が覚えてねーのは当然だぜ」
だから気にする必要もない。逆に仕方のないことを気にされてもこっちが困る。クロウにとってリィンは弟でもあるが士官学院の大事な後輩でもあるのだ。そのことを気にしてこの半年ほどで築いてきた関係を壊す必要はない。
リィンもそれは分かっているのだが、かといって兄弟であることが嘘というわけでもない。クロウは血の繋がった本当の兄。覚えていないから兄という表現はやはり変な感じがしてしまうけれど。
「昔の俺は、クロウにはどう見えていたんだ?」
尋ねたらクロウはきょとんとする。また急だな、というのはクロウには言われたくないけれど。優しく細められた赤紫はぼんやり上を向いた。
「今とそんなに変わんねーよ。真面目でお人好しで、どこに行くのも何すんのも一緒だったってだけだ」
リィンが覚えていないそれをクロウが覚えていて、その思い出をこの兄が大切にしてくれていることは昔の話をする時の表情で分かる。十年以上も会っていなかった弟の誕生日も覚えているし、何より兄はこの前心配していたのだと話していた。
気にすることはないと思っているのも本音だろうけれど、少なくともクロウはリィンのことを後輩としてだけでなく弟としても見ている。本当の兄弟なのだからそれはおかしなことではないけれど、クロウが覚えているのに自分は何も覚えていないのは少し寂しい。でも俺以上にクロウの方が寂しいだろうなとリィンは赤紫を見る。すると赤紫はこちらを見て小さく笑みを浮かべた。
「俺は今こうしてお前と同じ教室で授業受けてんのも結構楽しいんだぜ」
からかいがいのある後輩もいるしな、とクロウはいつだって変わらない。気を遣わせてしまったなと思う反面、もっとクロウに話を聞いてみたいと思う気持ちもある。触れられたくない話というよりはリィンが覚えていないことを気にしないように軽く流しているだけなのだろう。
「クロウ、昔の話をもっと聞かせてくれないか?」
「いきなりどうしたんだよ。別に面白いことなんてないぜ?」
「良いんだ。俺はユミルで暮らすより前の記憶が殆どないから、クロウさえ良ければ教えて欲しい」
僅かに驚きの表情を見せたクロウに「昔のクロウがどんな子供だったのかも気になるしな」とリィンは続けれる。そんなリィンにすぐに小さく笑みを浮かべたクロウは「まあ昔は色々やんちゃもしたかもな」と一先ず返し、内心で後輩から、いや、弟から昔のことを聞きたいと言われるなんて思わなかったなと呟く。
確信を得てからもリィンに事実を伝えなかったのは先輩と後輩としての関係を既に築いていたからだ。また覚えていない弟が余計なことを気にしてしまわないように。再び出会えた、それだけでクロウは結構満足してしまったのだ。いつか探そうと思い続けていた弟、でも向こうは覚えてないかもなとは最初から考えていた。だからそこについては本当に気にすることはないのだが。
「……今年でもう十八か」
ぽつりと呟かれたそれが何かはリィンもすぐに理解した。今年、今日でリィンは十八になる。まだまだ若輩者である自分を兄はもう十八だと零した。
クロウにとってのリィンはついこの前まで十年以上前の姿のまま記憶に残っていたのだ。大きくなったよなと思うのも当然だろう。子供の成長とは早いものだ。勿論、お互いまだ成長期は終わっていないけれど。
「ガキの頃の話だったか。俺のせいで帰るのが遅くなって母さんに心配掛けたりとかか?」
「えっと……最初に思い浮かぶのがそれなのか?」
明らかに反応に困る弟にクロウは笑う。たまたまだと答えたクロウの脳裏に浮かぶのはまだ幼いリィンの姿。
『リィン!!』
『あ、兄さん!』
やっぱりここだったかと安堵したクロウの元に弟は嬉しそうに駆け寄った。そして渡された小さな贈り物。
そんなこともあったなとブランドン商店で買い物をしながらクロウは思い出していた。そういや今日はリィンの誕生日だよなと思って目の前にあったそれを手に取ったのはその時のことが懐かしくなったからだ。これくらいの物なら気兼ねなく受け取るだろうと思ったそれも実際には気にされてしまったが、ちゃんと受け取ってもらえたのだから良いだろう。
「ま、それはまたいずれな。まだ生徒会の仕事が残ってんじゃねーの?」
今日も朝からトリスタの街を行ったり来たりしていた後輩。四月からずっと生徒会の仕事を手伝っているそんな後輩の姿は見慣れたものだ。
既にその殆どを終わらせているリィンだが、確かにまだクロウの言うように生徒会からの依頼は残っている。第三学生寮に一度立ち寄った際にクロウとばったり会ったのは偶然だ。急ぎの依頼ではないとはいえ、あまり遅くなるのもよろしくないだろう。
「それじゃあ今夜とか空いてるか?」
「別に空いてるが急がなくても俺は逃げないぜ」
弟相手に隠すようなこともない。知りたいのなら昔話くらい幾らでもしてやると話すクロウにそれならやっぱり今夜で良いかとリィンは尋ねた。急いでいるとかではなく、単純に兄から昔話が聞きたいから。そんな風に言う弟に仕方ないなと答えながらもクロウは心なしか嬉しそうに笑う。
「お前が帰ったら話してやるから程々に頑張れよ」
「ああ、ありがとうクロウ」
約束を取り付けて残りの依頼に向かおうとしたリィンだったが、その前に先程貰ったそれを部屋に置きに戻った。そこで小さな包みを開けてみると、中からは四つ葉のクローバーの飾りが付いたブックマーカーが出てきた。本を読むことも多いリィンには嬉しい贈り物だが、自分に合いそうだったと言った兄の言葉はどういう意味なのだろうか。
それは昔お前がくれたからだと、リィンが兄から教えてもらえるのは数時間後の話。
誕生日の贈り物
誕生日おめでとう、生まれて来てくれてありがとう
来年も再来年も、これからは毎年大切な君の誕生日を祝おう