いつものように朝が来て、いつものように依頼を受け、いつものように依頼をこなして。そんな何でもないはずの一日は突然現れた二人を前に崩れた。


「えっと……とりあえず名前を聞いても良いか?」


 正直、状況はさっぱり飲み込めなかった。けれどこれが夢や幻の類いでないことだけは確かで、それならとリィンは目の前の子供達に尋ねたのだが。


「人に名前をたずねる時は自分から名乗るモンだぜ」

「このガキ……」

「まあまあ。確かに名乗りもしないで聞くのは失礼だったな」


 隣の相棒を宥めながらリィンは小さな二人を見る。警戒した目を向ける赤紫とその後ろから様子を窺う青紫。すぐ横にいる相棒の面影を持った子供達はついさっき突如二人の前に現れた。


「俺はリィン。よかったら君達の名前も教えてくれないか?」


 にこっと笑って優しく尋ねると赤紫がちらりと後ろの青紫を見た。それからリィンを見上げた少年はゆっくりと口を開いた。


「……クロウ」


 面影があるなとは思っていたけれどやはりそうかとリィンは思う。同じくほぼ確信を持っていたであろう相棒は何とも言い難い表情を浮かべている。
 だが、そうなると後ろの少年も。そう考えていたところでクロウが名乗ったからか、彼も「リィンです」と名前を教えてくれた。やっぱりな、と思ったのは彼等と同じ名前を持つ二人だ。


「二人とも、どこからここに来たか覚えてるか?」


 ふるふると首を横に振る。気付いたらここにいたのだとクロウと名乗った少年が答えた。


「そうか。それじゃあ何か覚えていることはないか?」

「全然。気が付いた時にはここにいて、お兄さん逹がいた」

「なあ、祖父さんはどうしたんだ」


 横からクロウが尋ねると同じ名前の少年は「祖父さん?」と首を傾げた。その後には何も続かず、ただクロウを見上げるその様子にクロウはその後ろの青紫へと視線を動かす。


「リィン、妹は?」

「妹……?」


 少年逹の反応に二人は顔を見合わせる。二人の予想通りなら彼等は昔の自分達だ。どうして昔の自分がこんなところにいるのかは分からないが、そうだと仮定して考えると今の質問にこの反応はおかしい。まさかと思ってクロウは彼等に別の質問を投げ掛ける。


「お前等、年は?」

「九歳」

「七歳です」

「どこに住んでるんだ?」


 子供逹の視線が交じる。そういえばここに来る前のことも分からないと言っていた。先の反応からしておそらく家族のことも覚えていない。好きな食べ物を聞いてみたら答えが返ってきたから何もかも忘れているわけではなさそうだが。
 自分達にそっくりな子供達が現れただけでも謎だというのに更に謎が増えていく。クロウの視線を受けたリィンも困ったように笑うだけ。どうしたら良いんだと思ったのは同じらしい。


「このままコイツ等をここに放っておくのは不味いよな……」

「とりあえず遊撃士協会に連れていくか?」

「まあ報告もしないといけねーしな。けど、親を探すとかそういう問題じゃねーだろ」


 身元を調べようとしても判明する気がしない。彼等が昔の自分達ならば絶対に見つからない。彼等についても報告の義務はあるだろうけれどギルドでどうにか出来ることでないだろう。
 それでも報告の義務があるからと二人は自分達にそっくりな子供達と一緒に一先ず遊撃士協会に戻ることにした。



□ □ □



 彼等と四人でギルドに戻ると案の定驚かれ、どういうことかと説明を求められた。起こったことをそのまま答えた二人に受付の彼も頭を悩ませ、一先ずリィンとクロウの二人で彼等の面倒を見る流れとなった。どうして少年逹が現れたのかも分からない。だけど多分昔の二人だろうとなれば、とりあえずは本人逹といてもらおうなるのも無理のない話である。


「って言われても正直困るけどな」


 ギルドを出てクロウが呟く。いきなり子供の世話を任されてもどうしたら良いのか。リィンには妹がいるがそれとこれとはまた別の話である。一回りも違う子供、しかも昔の自分って何なんだと言いたくなる気持ちは分からなくもないけれど。


「まあほら、一時的にって話だし」

「一時的で終わりゃ良いけどな」


 ずっとこのままということはないだろうが、寝て起きたら元通りなどという都合の良い展開が待っているとは考え難い。もしかしたら明日にでも解決するかもしれないとはいえ、下手をしたら一週間や一ヶ月。どれくらいこの現象が続いたままなのかは二人にも彼等にもさっぱりだ。
 とはいえ、二人が彼等を預かることは決まってしまったのだから仕方がない。お互い今はギルドから二十分ほどの場所にあるアパートに部屋を借りている。子供一人を預かるくらいはスペース的に問題ない。というより、今でも大抵どちらかの部屋にいることが多いのだからスペースは余裕だろう。


「まあ今更どうこう言ってもしょうがねーか。帰ろうぜ、リィン」


 二つの青紫がクロウを見る。その二人のうち小さい方をクロウは抱き抱えた。


「……って、どうして俺を連れて帰ろうとしているんだ」

「俺ももう若くねぇからな。そっちは任せたぜ」

「二歳しか違わないだろ」


 その二歳が大きいんだと主張されるが、子供の世話をするという意味ではどちらでも同じだろう。
 言えば、リィンは大人しそうだからと返された。それは逆にクロウが大人しくない子供だと言っているようなものだが、元気があり余ってる子供の相手は大変だからなと呟かれるのが聞こえてクロウの言いたいことを理解した。いや、想像通りといえばその通りなのだが。


「それにどうせなら俺よりリィンと一緒のが良い」

「あのな…………」

「良いじゃねーか。つーか、ほら」


 クロウの視線が動くのに合わせてリィンもそちらを見る。すると先程から二人のやり取りを見ていたと思われる赤紫とぶつかった。そこで漸くリィンは彼をそっちのけにして話を進めていたことに気が付いた。


「ごめん、クロウ。少しの間、俺と一緒でも良いか?」


 自分達にそっくりな子供逹を二人が預かるという話になった時、どちらがどちらを預かるという話にはならなかった。だから今その話になったわけだが、こういう言い方は悪かったかもしれないと謝罪をしてリィンは小さなクロウに問うた。
 そんなリィンに隣の相棒に似ている少年は何かを考えるように視線を動かし、再び青紫を見ると「別に俺は一人でも」と答えた。えっ、とリィンが声を漏らした横で声を上げたのはもう一人の子供。


「クロウがいかないなら俺もいかない」


 その発言に大人二人の視線が絡む。まさかこうなるとは思わなかった。
 だけど勿論二人は彼等をここに置いてなどいけない。昔の自分達を相手にそれならここでお別れだなんて言えないだろう。それに幼いクロウが行かないならとリィンが言い出したのなら二人のやるべきことは一つだ。


「心配すんな。アイツも一緒だから」

「本当か?」

「ああ。流石に四人であの部屋はきついがすぐ隣だからいつでも会えるぜ」


 なあ、と振られてリィンは頷く。そしてリィンはもう一度小さなクロウと向き合う。


「俺はクロウと一緒が良いんだけど、駄目かな?」

「……ダメではねーけど」

「なら決まりだ。このお兄さんは人に頼られるのが好きだから何も遠慮すんな」


 相棒の発言に突っ込みたくなる気持ちを抑え、リィンは小さなクロウと同じ目線の高さまで腰を落としてよろしくなと手を差し出した。暫しその手を見つめたクロウはゆっくりと小さな手でそれを握り返す。


「クロウ、どこにもいかないか?」

「行かねーよ。だからそんな顔すんな」


 心配そうに自分を見つめる青紫にクロウは微笑む。それを見てリィンもほっとしたような表情を浮かべた。そんな彼等の様子に大きい方の二人も小さく息を吐く。


「ほら、じゃあ帰るぞ。今日はリィンお兄さんがカレー作ってくれるらしいぜ」

「クロウ」

「良いだろ。コイツ等も一緒にいたいみたいだし」


 そうじゃないんだがと思ったリィンだけれど、クロウが抱えていたリィンを降ろすなり幼い自分は昔のクロウの元へと駆け寄った。その姿にリィンは結局その先を言うのを止めた。何故かは分からないけれど彼等はとても仲が良いらしい。当時の自分達は全く面識がなかったからやはりこの子供達は自分達とは何かが違うようだ。本当に彼等はどういう存在なのか。気にはなるけれどそう簡単に答えは見つかりそうにない。
 でも、無邪気に笑い合う彼等を見ているとそれは些細なことのようにも思える。もしも自分達が幼い頃に出会っていたら彼等のように親しくなったのだろうか。不思議な彼等を微笑ましく眺めながらなんとなく隣を見たら向こうも同じことを考えていたのか。見慣れた色とぶつかってどちらともなく笑みを零した。

 さて、これから暫くの間。どのような毎日が待っているのだろうか。








突然現れた彼等と共に過ごす不思議な日々のはじまり