ひらり、はらり、舞い落ちる。季節は巡り巡って、再び春がやってきた。
 あれから何度、出会いの季節を迎えただろう。夢か現か怪しい出来事だったけれどいつかきっと、巡り会う日がくる。そう信じて自分の道を進んできた。


「よう、後輩君」


 そして、漸く見つけた。

 癖のある黒髪が揺れ、クロウの瞳に映ったのはあの日の青紫。大きく開かれたそれは透き通るような綺麗な色をしていた。


「あなたは……!?」


 未来の自分の知り合いのようだったが、年下だったのか。そう思ったところで聞こえてきた言葉の違和感。
 ずっと探していた、名前も知らない相手。
 彼とは夢の中で会ったことがあるだけだ、なんていうのもおかしな話だが。そんな都合のいいことがあるのかと淡い夢が頭を過る。でも、もしかしたら。


「はじめまして、ではなさそうだな」


 実際に会うのは初めてだ。だが、目の前の青年はクロウの言葉を否定しなかった。本当にどういう巡り合わせか。不思議なものもあるものだ。
 けれど、そこに理由があるとすれば。それはあの日出会った彼と未来のクロウ自身だろう。一体彼らは昔の自分たちに何を望んだのか。

 いや、望みなんてものではなく。
 彼らにとっては、ほんのささやかな願いだったのかもしれない。


「自己紹介はまだだったか。二年Ⅴ組所属、クロウ・アームブラストだ」

「一年Ⅶ組のリィン・シュバルツァーです」


 こちらが名乗ると彼――リィンはすぐに頭を下げた。あの時は随分と砕けた口調だったが、あれは年齢的なものだったのか。そんな感じでもなかったような気がするが初対面の年上相手ならおかしなことでもない。
 あの人は、未来の自分とどんな時間を過ごしたのだろうか。
 ここで出会ったのならどこかで道は違っただろう。それでも共にいるのは、互いが大切な存在になったから。惹かれた理由はなんとなく、想像ができる。


「……あの、クロウ先輩」


 戸惑うように彷徨う視線。その視線がクロウの前で止まったところでリィンは徐に口を開いた。


「さっき言葉は、どういう意味ですか……?」


 迷いながらリィンが選んだ問いにクロウは小さく笑みを浮かべた。


「夢で会った日からずっと、お前を探してた」


 ストレートに伝えた言葉にリィンは大きく目を開いた。けれどすぐに細められた瞳こそが彼の答え。


「夢だったんじゃないかと思っていました」

「ま、実際夢だったろうぜ。お前が会ったのは俺自身ではねぇからな」

「未来の相棒らしいですね」


 リィンの夢の中で未来の自分はそんなことを言っていたのかと少し驚いたけれど、あの人もクロウを大切な人だと言っていた。分かっていたことではあるが、相当入れ込んでいたのだろう。
 どちらが、なんて考えるまでもない。何せあの人たちは互いの過去に願いを捧げにきたのだ。

 あの人が願ったのは、クロウが人を頼ること。
 では、未来の自分が彼に願ったのは――。

 クロウの視線を受けたリィンは小首を傾げる。短い邂逅で出会ったあの人と目の前の青年はイコールではないけれど。


「なあ、リィン」


 不思議な出会いは、自分たちに何かを伝えようとしていた。大切な人に願うこと、そんなものはただ一つ。


「あの夢は現実だと思うか?」


 ぱちり。リィンは目を瞬かせた。
 けれど次の瞬間、その瞳は優しく細められた。


「そうだったらいいと、思っていました」

「…………そうか」


 不思議な夢をただの夢と捉えず、いつかを信じ続けてきた。そう仕向けた彼らは、過去の自分たちにどのような選択を望んだのか。
 もちろん、そんなものは分かるはずもない。けれどあの人は、クロウの選択を知った上でああ言ったのだろう。未来の自分も、きっと。


「……お前となら、何か変わるのかもな」

「え?」


 それとも、変わりたいのはお互い様か。その答えを知る術はないけれど、それは未来の自分たちにわざわざ聞くようなことではない。
 ここは夢ではなく現実。そして夢で会った本人が今ここにいるのなら、ここからは自分たちの物語だ。


「とりあえず、これからよろしくな。夢でも呼び捨てだったし、普通でいいぜ」

「いや、それはあくまでも夢の話で……」

「相棒に敬語を使うこたぁねえだろ」


 現時点では相棒と呼べるほどの間柄ではないが、いずれそうなるんだろう。なんとなくそんな気がした。
 けれど先輩相手にどうにも気が引けるというのなら。そう思ってポケットに手を突っ込んでみたが、目的のものは見つからなかった。そういえばついさっき使ったところだったかもしれない。
 ちら、と上げた目線。瞬間、絡んだ視線にクロウはポケットから手を出して問い掛けた。


「それならお近づきの印にちょっとした手品を見せてやるよ」


 ちょいと五十ミラコインを貸してくれないか、と頼むとリィンは取り出したコインを素直に手渡してくれた。
 夢の中の二人が士官学院の出会いからどうやって相棒という関係になったのかは知らないが、彼らの願いを胸に「サンクス」と受け取ったコインをクロウは左手でつまんだ。瞬間「あ」と漏れた音を拾って、彼が夢で会ったという未来の自分も同じことをしたのだと悟ってつい口角を持ち上げた。


「よーく見とけよ?」


 一度見たことがあるのならタネはバレているだろうか。そう思ったが、真剣にコインを見つめる様子から夢の中では手品のタネを知ることは叶わなかったらしい。
 同じ人間相手に二回も見せるとなるとタネが見破られる可能性は上がるが、別にこのコインを盗むことが目的ではないのだ。それならそれでもいいだろう。

 親指ではじいたコインは空高くに舞い上がる。

 もし、夢の中であの人に出会わなかったら。あの人たちと同じ未来を歩んだのかもしれないし、それでもどこかで違う未来に分岐したかもしれない。
 けれど、夢であの人たちに出会ったことで俺たちの未来は確かに変わる。でも、それこそがきっと。未来の自分たちが願った道であり、俺たち自身が望む道でもあるのだろう。


(なあ、そうだろ?)


 クロウのことを大切だと言ったあの人に心の中で問い掛ける。


「さて問題。右手と左手、どっちにコインがある?」


 そしてコインの落下点で両手を交差したクロウは目の前の青年に笑いかけた。
 今、ここから二人の物語は始まる。







遠く先を歩む彼らは俺たちにどんな明日を願ったのか
未来の自分たちのお節介を受け入れて、俺たちは共に未来を目指す