近くに行くからと連絡をして飲みに出かけるのは何度目になるだろうか。リーヴスでも飲むがなんだかんだで帝都で会うことも多いかもしれない。
 今日は俺が帝都を経由して別の地方へ向かう道すがら約束を取り付けたためヘイムダル中央駅で待ち合わせた。そこからほど近い場所にあるこの店には何度もお世話になっている。互いに近況報告をしながらグラスを傾け、料理に手を伸ばす。今となってはこれがすっかりいつもの光景である。


「そういやお前、そろそろいい話とかないのかよ」


 話に一段落がついたところで何気なく尋ねる。


「それ、クロウが言うのか?」

「だが実際、そういう話はあっただろ」


 一時期は灰色の騎士として帝国で知らない人はいなかった、といっても過言ではないほどの有名人だ。本人が望んだものではないとはいえ、そういった話がゼロとは考え難い。


「……否定はしないけど、全部断ってたよ」

「一度くらいとか今回だけでもとか言われなかったのか?」

「その気がないなら最初から断る方がいいだろ」


 相手にも失礼だという意見は真面目なコイツらしい。相手からすれば僅かな可能性に賭けたいという気持ちもあったはずだが、言い切るくらいだからどちらにしても可能性はなかったのだろう。
 会ってみれば意外と気が合うということもあるかもしれない、という発想自体がないのかもしれない。もったいない気もするけど、余計なお世話か。


「クロウこそ、そろそろいい年じゃないのか?」

「二歳しか違わねーだろ」

「先に言い出したのはクロウだろ」


 それはその通りだが、全く言うようになったものだ。昔は――なんて考えるのも年を重ねた証拠か。でも実際、出会ってから十年以上が経つのだからお互いにいい年になったのは間違いない。
 これからもこんな風に、変わらずにいられたら。
 そう思ったところでふと、考える。このままでいいのかと。もちろん、そう思っていたからこそ今日まで何も壊さずにきた。けれど。


「なあ」


 呼びかけると青紫の瞳がこちらを向く。


「言ってもいいか?」


 カラン。グラスの中で氷が音を立てた。
 微かに視線が右下へと動き、程なくして再びこちらを見る。


「どうしたんだ、急に」

「お前もそのつもりだと思ったら、欲が出た」


 いつからかなんて覚えてない。気がついた時には落ちていた。
 手を伸ばすつもりなんて初めからなかった。ただ、いつの間にかその瞳に同じものが宿っていると知った。それでも今以上を望むつもりがなかったのは、この関係に満足していたから。
 お前が笑っているなら隣にいるのは自分でなくてもいいと思っていた。けど、その隣に誰も置くつもりがないのなら。手を伸ばしたくなった。


「これからもずっと、お前と生きたい。誰のものにもならないなら、俺と一緒にいてくれないか」


 青紫の瞳が揺れる。微かに開いた唇が結ばれ、瞼の裏にその瞳が消えた。暫くして再び青紫がこちらを映した瞬間、じんわりと心に熱が広がるのが分かった。
 ――ああ、やっぱり好きだ。


「本当は俺も、クロウと一緒にいたかった」


 小さく息を吐く。
 それから、ゆっくりと口を開いた。


「俺もクロウと生きたい」


 その言葉で、こんなにも胸は満たされる。今のままでいいなんてどうして思えたのか。どんどん欲張りになってしまいそうだ。
 声に出せばきっと、なればいいと言われるのだろう。だから余計に惹かれてしまう。


「夢、みたいだな」


 思わず零れた声にリィンは眉を下げて笑う。


「……夢だったら困る」

「だな」


 いつの間にかグラスは空になっていた。いつも以上に時間の流れが速い気がする。もっと一緒にいたいのに、明日にはここを発たなければいけないなんて。


「今度は丸一日休みとって戻ってくる」

「ああ」

「そん時は久しぶりに出かけようぜ」

「楽しみにしてる」


 ふわりと笑うその表情につられて頬が緩む。それだけで胸がいっぱいになる。
 漸く、帰る場所ができた。







(ただ隣にいたかった)