オレは人より視野が広いけれど、この少しばかり変わった目を常に使っているわけではない。だが、そんなものがなくたってこれは気が付く。


(見られてんな……)


 背中に視線が突き刺さる。言いたいことがあるなら言えば良いのにとは思うが、別に言いたいことがあるわけじゃないんだろう。
 いや、言いたいことはあるのか。特別何か用事があるわけではないから話の間に割って入るようなことをしないだけであって、言いたいことがあるからこそこんな風に視線を向けられている。


(見られてる理由は大体分かるけど)


 さて、どうしたものか。
 向こうが何も言ってこないのならこのままでも良いかとは思うけれど、そういうわけにもいかないか。かといって、何も言われないのなら話を切り上げることもないかなと思うわけだけど。


「……視線が痛いっスね」


 目の前の友人に言われて、思わず苦笑いが零れる。流石にこれは誰でも気が付くよな、本当。


「何かごめんな」

「高尾君が謝ることじゃないっスよ。けどオレ、何もしてないよね?」

「してないから気にすんなよ」


 前からこうだったわけじゃないけど、いつからだろう。こんなに視線を感じるようになったのは。
 はっきりとは分からないもののなんとなく、あれからだろうなという心当たりはオレの中にある。その前からも視線を感じることはあったけれど、こういった視線を向けられるようになったのはその頃から。


「それならいいけど、大丈夫なんスか?」


 言われて大丈夫じゃないかと返したものの、いつまでもこんな視線を向けられたままでは話し辛い。それこそ気にしなければ良い話ではあるが。


「悪ィ、ちょっと行ってくるわ」

「了解っス。先次の試合始めてるから」


 そっちの話が終わったら勝負をしようと言われて「おう」とだけ答え、オレは視線を向けてくる人物の元へと向かう。一試合を終えて休憩しているソイツ――緑間のところへ。



□ □ □



「真ちゃん」


 呼べば、翡翠の瞳がこちらへと向けられる。といっても、少し前までもその瞳はずっとこちらに向けられていたわけだが。


「何だ」

「何か用事でもあった?」


 その可能性はないだろうとは思えど、一応そう問うてみた。けれど案の定、用事など何もないと返されてしまう。そうだろうとは思ったが、となるとやはりあの視線はそういうことだったのだろう。


「試合が終わってちょっと話してただけだろ?」

「別にオレは何も言っていないのだよ」

「何も言ってなくても、ずっと見られてれば気になるっつーの」


 あの視線の意味は嫉妬、と表現するのは少し違うかもしれないけれど。もしかして妬いたのかと尋ねれば、そんなわけないだろうと即否定されてしまった。でも、他にあの視線の理由が思い当たらない。
 しかし、嫉妬という表現はやはり間違っているか。オレが好きなのは今目の前に居るコイツであって、さっきまで話していた黄瀬やここにいる友人達へ向けているのは友情だ。

 ――と、それはあくまでオレの言い分なわけだから緑間がどう思っているかは分からない。だけどコイツだってそれが友情であることくらいは分かっているだろう。


「真ちゃんって、意外と妬くんだな」

「だから違うと言っているだろう」

「でも、オレが黄瀬君と話してる間ずっと見てたじゃん」


 最初から最後までというわけではないが、割と話し始めてすぐから視線を感じていたと思う。そんなことはないと言われたが、黄瀬だって気付いていたんだから間違いないと思うんだよな。


「心配しなくても、オレが好きなのはお前だぜ?」


 否定されてもオレが感じていた視線は緑間のものだろう。別に緑間だってそれを気にしているわけではないと思うけれど一応言葉にしておこうかと思ったのだが。


「……そんな心配はしていない」


 本人の口からもそう言われて、自分より高い位置にある翡翠を見上げる。それじゃあ何なのか、と言うよりも先に。


「だが、お前はオレの隣に居れば良いのだよ」


 予想外のことを言われてぽかんとしてしまう。
 まさか、こんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。その言葉に深い意味はないのかもしれないけれど、緑間にこんなことを言われるなんて。っていうか、それはやっぱり。


「……それって、やっぱ妬いてたってことじゃねーの?」

「…………五月蝿い」


 とうとう否定されなくなったそれ。もっと前からオレには分かっていたけれど、緑間が肯定するとは思わなかった。隠す気がなくなった、というわけだろうか。隠していようと、あれだけの熱視線を送られては全く意味がないけれど。


「真ちゃんも妬くんだな」

「……お前は人を何だと思っている」


 何って言われても、真ちゃんは真ちゃんだろ。
 そんな答えを返せば、眉間に皺を寄せられてしまった。いつもラッキーアイテムを持ち歩いている変わり者だけれど、努力家で優しいところがあることもオレは知っている。良いところも悪いところも挙げられるけれど、どっちが多いかって言われたら分からない。でも。


「オレはそんなお前を好きになったんだよ」


 それだけははっきり言える。良いところも悪いところも含めて、この男のことが好きになったからオレ達は今付き合っている。
 男同士という壁を背負ってまでそれを選んだのだから、当然それだけの気持ちがある。あまり言葉にされたことはないけれど、緑間も多分同じなんじゃないだろうか。


「つーかさ、人のことばっか言うけどオレだって……」


 言いかけたところで、コートの中からオレ達の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「お前等、いつまで休憩してんだよ」

「勝負っスよ、二人共!」


 一緒にストバスをしに来た友人達が呼んでいる。どうやら話している間に一ゲームが終わったらしい。それでこちらに声を掛けてくれたようだ。


「だってさ。行こうぜ、真ちゃん」

「おい高尾、まだ話は……」

「それはまた今度な。ほら、今度はオレ達のとっておきを見せてやろうぜ」


 次は一緒のチームで戦うことになりそうだし、と言えば数秒ほど間を開けた後に溜め息が零された。そしていつまでも呼ぶ友人達の輪の中へと戻って行くのだった。



(人のことばっか言うけれど、オレだってお前と同じなんだぜ?)