相変わらず提案は唐突だった。夏の合宿時もせっかく近くに海があるんだから見に行こうといきなり言い出し、自由時間に宿を抜け出した。
そして今回は練習試合が終わった後。現地解散になったところで奴はまた突拍子もない提案をしてきた。
季節は秋。ウィンターカップ予選を勝ち抜き本戦へ向けて練習をする毎日。
たまには息抜きも必要だろうという前置きから始まったそれは、丁度この季節にピッタリの提案だった。
秋の色に染まったら
「真ちゃん、早く!」
秋といえば。食欲の秋、読書の秋、芸術の秋。けれど彼等に合うのはスポーツの秋という言葉だろうか。
この他にも色々な言葉があるのが秋という季節だ。その中で今回高尾が提案したのは、秋の風物詩である紅葉を見に行こうというものだった。身近の木々も秋が深くなるにつれて徐々に色付いている。そろそろ名所と呼ばれている場所でも木の葉が紅葉に染まっている頃だろう。
ウィンターカップ前のこの時期だ。紅葉を見るよりも練習をするべきだとも思ったが、さっきまで練習試合をしていたばかり。高尾の言うように息抜きや休息も必要である。お前がリアカーを漕ぐのならという条件の元、二人は近くにある公園へと足を運んだ。
「急がなくても見れるだろう」
「どうせならいっぱい見たいじゃん。時間は有意義に使わないとさ」
それにしたって急ぐことはないだろう。時間は無限ではないが、それでも今からならゆっくり見て回れるくらいの余裕はある。
だが、思い返してみれば合宿の時もこんな感じだった。あの時は時間もあまりなかったけれど、早くと高尾が急かすように先を歩いた。結局、今回も走りはしなかったものの急ぎ足で秋の色に染まった木々の下までやってくることとなった。
「綺麗だな……」
ぽつり。赤に橙、黄といった色に染まった葉を見て零れる。
モミジにイチョウ、それからカエデだろうか。あまり植物には詳しくないけれどそれくらいなら見れば分かる。厳密にどういった名前なのかは知らないけれど、紅葉を楽しむのにそこまでの知識は必要ないだろう。
「こういうのって押し花にすれば色も残るんだっけ?」
「ちゃんとすれば残るんじゃないか」
聞かれたところで緑間は押し花のことなどあまり知らない。押し花というのだから文字通り、本などに挟んで作るということくらいは分かる。けれど実際に作ったこともないのだからそれ以上のことは分からない。今の時代ならインターネットでも使って調べればすぐにでも答えが出るだろう。
とはいえ、本当に押し花をするつもりがあるのかどうかは謎である。今も近くに落ちていたモミジを一つ手に取って眺めているけれど、それは押し花にする為というよりは紅葉を楽しむ為である。なんだかんだで出会ってから半年以上の月日が流れ、普段から一緒にいる相手となれば多少なりと性格も理解してくる。
「押し花にするのか?」
「うーん、そうだな……。あ、ラッキーアイテムになるかもしれないし押し花にしておくのも良いんじゃね?」
「この季節以外にモミジやイチョウがラッキーアイテムになるとは思わないが」
「でもいつ何がラッキーアイテムになるか分からないだろ? 持ってて損はないと思うぜ」
何せあのおは朝だ。いつどんなラッキーアイテムが出てくるか分かったものではない。占いなんて信じていなかった高尾も緑間と付き合うようになってから見るようになったが、抽象的なものだったり一般家庭になさそうなものだったりとその幅はかなり広い。本当に用意させる気があるのかと思うものまで出てくるほどだ。
広すぎる幅の中からモミジやイチョウがラッキーアイテムになる可能性は十分に有り得る。いつかこのモミジやイチョウ、または紅葉や押し花がラッキーアイテムになったとしたらこれ一つで結構使えるのではないだろうか。
これが本当にラッキーアイテムになるのかは分からないが、可能性があるものを何かのついでに用意しておくことがあることを高尾は知っている。そう、合宿の時もそういう理由で貝殻を集めたなと数ヶ月ほど前の記憶を呼び起こす。
しかし、その時のことを言ってみても緑間には不要なものと判断されたらしい。出来る人事は尽くすタイプだが、これは流石に要らないとのこと。押し花にする一手間が面倒でもあるのだろう。案外そういうところもある。
後悔しても知らないからな、と言いながら高尾は並木道へと足を進める。必要になったらその時に用意すると答えながら緑間も隣に並んだ。これで明日のラッキーアイテムにでもなったら笑いものである。季節が季節なだけに用意出来るものなのだから問題もないだろうけれど。
「真ちゃんに合うのってどんな色だろうな」
歩きながら出た言葉に今度は何だと言いたくなる。つまり声には出さなかったわけだが、高尾はその視線だけで意味を読み取ったのか「緑に合う色」とだけ答えて近くのイチョウを一枚手にして緑間の方へと向ける。言葉だけではいまいち意味が分からなかったが、その行動で言いたいことは大体理解した。
「くだらん。そんなものを探してどうするのだよ」
「髪にでもつける? 案外可愛くなるかもよ」
別に可愛くなりたいとは思わない。そもそも男に可愛いというのは如何なものか。いや、案外喜ぶ奴もいるかもしれないがそれは言わないでおく。
「んー……、やっぱ髪飾りなら花だな。黄色ならヒマワリかタンポポ? あ、サクラとかも良いかもな」
人の話を聞き流して勝手に話を進める男に思わず溜め息を吐く。花といってもさっきから挙がっているのはどれも季節外れではないか。かろうじてタンポポなら咲いている種類もあるかもしれない。だが他は随分と遠い季節ばかりが並んでいる。夏に至ってはついこの間過ぎたばかりだ。
もはやどこから突っ込めば良いのか分からないが、ここで言ったからといってその季節が来た時に実践するとも限らない。しかし、仮にそれを実際にやるとするならば。
「オレよりもお前の方が似合うと思うのだよ」
前髪が邪魔だからとカチューシャを付けるような奴だ。クラスの女子にこれ似合うんじゃないかとピンを渡されれば付ける。髪に花を飾ってもあまり違和感はないのではないだろうか。カチューシャやピンも似合っているのなら花飾りも似合いそうなものだ。
秋の花ならコスモスやナデシコ、キキョウなどだろうか。どれもここには咲いていないが、咲いていたとしても野草ではないのだから勝手に取るわけにもいかない。だが、黒髪になら白いサクラは映えそうである。
一先ず高尾の手に合ったイチョウの葉を頭に当ててやれば、それなりには見えなくもない。けれど、確かに髪飾りなら花の方が良さそうだ。
そんなことを考えながらふと下を見れば、いつの間にか視線が逸らされていることに気付く。いつもより頬もほんのりと朱に染まっているような気がする。
「たか…………」
「あーほら! 向こうの方も見に行ってみようぜ。時間なくなるし」
だから時間はあるだろうと思いつつ、間違っても怪我をさせないようにと優しく手をどけられる。そしてまた歩き出した高尾の隣に、緑間は大きなコンパスですぐに追いついて歩き始める。一体どうしたんだとは思ったものの、次に口を開いた時にはいつもと変わらぬ調子で尚更わけが分からない。
そのまま分からないでいてくれれば良い、とは高尾の心の声である。きっと緑間に他意はないのだから。本当、こういうことには疎いよなと思うのだ。頭は良いのに、とそれは恋愛には関係ないけれど。
「どれも綺麗に紅葉してるな」
周りの木々を見回しながらいつも通りに話す恋人の名前を呼ぶ。呼べばすぐに「何?」と振り返るから、紅葉した葉がひらひらと舞い落ちる中でそっと唇を寄せる。
途端に顔を真っ赤にした高尾に、緑間は口角を持ち上げて笑う。先にやってきたのはそちらだというのに、同じことをこちらがしたら照れるなんて可愛いところがある。照れ隠しに一瞬騙されかけたけれど、考えてみれば簡単なことだと恋人はちゃんと気が付いたようだ。どうやらそこまで鈍くはなかったらしい。
「お前っ、ここ公共の場!」
「恥ずかしげもなく髪飾りがどうとか試していた奴には言われたくないな」
「それとこれとは全然違うだろ!!」
むしろ人目を気にせずに好きだと告げてくるのは高尾の方だというのに、それもまた話が別らしい。この身長差があるからこそ高尾から自由にキスは出来ないけれど、もしこの身長差がなかったとしたらまた違っていたのではないだろうか。有りもしないことを想像しても仕方がないけれども。
付き合うようになって分かったことといえば、時間も場所も構わずに好意を伝えてくる男が案外こちらからの好意に弱いということだろうか。勿論それが嫌なのではなく嬉しいのだが、なんでも恥ずかしいらしい。その話を聞いた時、初恋でもないだろうと勝手な想像で言ったら俯きながら否定されたのはそう遠くない過去の話である。
「高尾」
全く視線を合わせようとしないのはただ単に拗ねているだけ。公共の場といっても名所と呼ばれるほど大きい公園でもなければ、時間的にも人もそこまで多くない。
それに、この木々の中では目立ちもしないだろう。キスだって唇ではなく額にしただけなのだ。誰かに見られていたとしても誤魔化せる。
「早くしないと時間がなくなるんじゃなかったのか?」
さっきからそう言っていたのは高尾である。何度もいっているが、時間ならまだ十分あるのだ。高尾だってそれが分かっていないわけではない。二人の時間を無駄にしたくなかっただけである。
だから。
「オレ達、紅葉を見に来たんだけど?」
くいっと腕を引いて頬にキスをしてから尋ねる。漸く目を合わせた高尾に小さく笑って「見ているだろう」と答えながら、緑間はその髪に乗ったモミジに触れた。赤と橙が混ざったその色と黒も結構合うのではないか、などと思っていたのはここだけの話だ。また逃げられるのは御免である。
行くぞと手を引けば自然と足が動く。すぐに手は離れてしまったけれど、今はこれが二人の距離なのだ。唇を重ね合わせるキスだってまだ一度もしたことがない。それでもお互いが好きという気持ちは確かだ。
「押し花を作ることにしたのか」
「んーん、妹ちゃんにお土産。押し花欲しくなった?」
「必要になったらまた来れば良いだけだろう」
この場所に。お前と一緒に。
その意味に気付いたのかは分からないけれど、高尾は「そうだな」と笑みを見せた。
たとえ一年後でも二年後でも、それが十年後だとしても。こうして二人でこの並木道を歩けたら良いのに。
果たして、そう思ったのはどちらだろうか。
fin
お誕生日祝いとして差し上げたものです。
紅葉を見に行く二人というリクエストで書かせて頂きました。