ソファに座りながら雑誌を読んでいると、横からマグカップが差し出された。それを受け取りながら見上げれば、見慣れた長身がこちらを見下ろしていた。


「ありがと、真ちゃん。どうかした?」

「いや、懐かしいものを見ているなと思っただけなのだよ」


 懐かしいといえばそうかもしれない。かれこれ十年前の雑誌になる。自分で数えながらもうそんなに経つんだななんて思った。オレにとってはいつまでも色褪せない昔の記憶。今だって目を閉じればすぐに脳裏に浮かぶ。きらきらと輝くオレ達の青春時代。


「部屋の片付けをしてる時に見つけてさ。懐かしくてつい引っ張り出してきちゃった」


 十年も前の雑誌を部屋の中に置いてはいない。きちんと一つに纏めて押し入れの中にしまってあった。それを部屋の方付けをする時に見つけて、そういえばここにしまってたんだよなと思いながら広げてしまった。お蔭で片付けは一時中断となっているが、今日は一日休みなのだから特に問題はない。
 その箱に入っていたのは十年程前の月バス。ピッタリ十年前のものだけでなく、その辺り数年分はある。具体的には、オレが中学生だった頃から高校生の頃まで。本当はもっと沢山あったんだけど、今ここにあるのはこれだけ。


「あの頃は毎日バスケしかしてなかったよな」

「バスケ部だったのだから当然だろう」

「そうだけど、そんなの関係なしにバスケしてたじゃん」


 部活では勿論。休日だってバスケだ。バッシュを買いに行ったりみんなでストバスに行ったり、バスケ部だからの一言では片付けられない。バスケ部だからといってもオフくらいは休みたいと思う奴もいるだろう。オレ達だって体を休めたりもしたけれど、休むよりバスケがしたかった。要するにただのバスケ馬鹿である。


「真ちゃんのシュートは凄かったよな。流石はオレのエース様」


 高いループを描く緑間だけのシュート。毎日遅くまで残ってノルマを達成するまでコイツはひたすらに撃ち続けていた。練習中に思わず足を止めてみたこと数百回、コートの中で見上げたこと数百回。もしかしたら百なんて単位じゃ足りないかもしれない。それくらいオレは緑間のシュートを見ていた。
 オレは緑間のシュートが好きだった。いや、過去形ではない。今でも好きだ。緑間がバスケを辞めてしまったからもう見ることは叶わないけれど、誰にも留められないような高さのあのシュートが好きだ。一度はそのシュートに心を折られそうになったこともあるけれど、一緒にバスケをするようになって変わっていた。嫌いだった筈のシュートは、いつの間にか大好きなシュートになった。


「お前のパスがあったからこそだ」

「そう言って貰えんのは嬉しいね。ま、伊達にお前の相棒はやってねーよ?」


 秀徳の光と影、なんて呼ばれたりもしたっけ。オレが得意だったのは鷹の目を使ったパスだったから、超長距離スリーポイントを武器にする緑間と相性は良かった。確かに、緑間の影だったんだろう。オレにとって緑間は光だったから。
 でも、前にその話をした時に緑間は言った。お前はオレの影ではないだろうと。どうしてそう思ったのかと尋ねたら、オレは黒子とは違うということらしい。つまりどういうことなのかと追及すれば、同じパスを生業の選手だとしても影なんかに収まらないだろうって。
 結局よく分からなかったんだけど、緑間にとってオレは影ではないということのようだった。だから結局何なんだよという答えは、数年後になって教えて貰えた。その時のオレは大学生だった。


「でもさ、まさか真ちゃんがオレのこと影じゃなくて光だって思ってたのを知った時は驚いたな」

「こんなに騒がしい影がいて堪るか」

「それバスケ関係なくねー?」


 そう。緑間はオレのことを影ではなくどちらかといえば光だと言った。それを聞いた時もオレはどうしてなのかと理由を聞いた。けれど、オレにとってはそうなのだとしか答えてくれなくてまた真相は不明。
 かと思いきや、しつこく聞くオレに緑間も諦めたらしい。バスケをチームでやるものだと、バスケの楽しさを教えてくれたのはお前だとあの緑間が話した。そして、どんなところからでもエースにパスを繋げるオレは緑間にとっての光だったと。
 そんな話を聞かされた時は、緑間の顔も見られないくらい真っ赤になった。だって、相手はあの緑間だ。まさか過ぎるだろ。驚いたし恥ずかしいし、でもそれ以上に嬉しくもあって。何で今更そんなこと言うんだよって言ったら、お前がしつこく聞くからだとなぜか怒られた。


「けど嬉しかったぜ。お前にそう言って貰えてさ」

「卒業してまで聞かれるとは思わなかったが」

「だって気になったし。ちゃんと認められてたんだなって……」

「当然だろう。三年間一緒にバスケをやってきたのだからな」


 高校三年間、オレ達が全力でバスケをしていた日々。
 いつかは認められたいと思っていた相手がいつの間にかオレのことを認めてくれていた。自称相棒だったのが変わったのはいつだったんだろうか。それは緑間に聞かなければ分からない。だけど、それは卑怯だと思うんだ。
 答えてくれないこと前提で「真ちゃんっていつからオレのこと相棒だと思ってくれるようになったの?」と聞いてみたら、それこそ今更何を言っているんだという表情で「一年の頃に決まっているだろう」と返された。これは流石に予想外だ。

 だって、一年の夏にインタビューされた時はコイツ。人のことを下僕だなんて言いやがったんだぜ。いくらなんでも酷くないかと抗議したのにお前なんか下僕で十分だって。
 何も本当に下僕だと思われている訳ではないことくらい分かっていたけれど、そんなに早くから相棒だと認められていたなんて。オレが気付いたのはもっと後だったんだけど、そうだったのか。オレの知らないところでとっくに自称ではなくなっていたなんて。当時のオレはその為に遅くまで練習頑張ってたんだけどな。


「……真ちゃんってさ、時々とんでもない爆弾発言するよね」

「それはお前だ。お前の場合は、時々というレベルではないが」


 そんなことはない。オレがいつ爆弾発言をしたというのか。
 緑間はしょっちゅうだと言うけれど、それならどんなものがあるか教えて貰いたい。言えば、いつでもどこでも好きだとか言うだろって例を挙げられたけれどそれはむしろお前の方だ。それなら無意識に人を煽るなって、それは身に覚えがないんですけど。無意識だから身に覚えがないのも当たり前だ。直せといわれて直せることではない。だけどいつのどんな発言がそれに当て嵌まるのか。いや、聞かないけれど。
 他にも、ってまだあるのか。それ以上はいい。オレが止めるとこれで分かったかという目を向けられたが、それでもオレはお前の爆弾発言の方が気になる。けど、この話はこれで終わりにしておこう。余計なことまで話している気がするから。


「あの頃のオレ達が今のオレ達を見たら驚くだろうな」

「そうだな」


 無我夢中にバスケだけをやっていた高校生だったオレ達。高校を卒業したらお互い別の道に進むんだろうなと考えたこともあった。なんだか寂しい気もするけれどしょうがないことだよなとか。
 だけど実際には高校を出てからもオレ達はこうして一緒に暮らしている。大学に入る時にルームシェアをし、卒業をして社会人になった今でもそのままルームシェアを続けている。ルームシェアというよりは、同棲といった方が正しいかもしれない。何せ、オレ達は恋人同士だから。

 ふと視線を上げれば隣の翡翠と目が合う。そのままどちらともなく短い口付けを交わした。
 それからすぐに離れて小さく笑った恋人に伝えるのだ。


「好きだよ、真ちゃん」

「あぁ」


 気持ちを伝えてもう一度唇を重ねる。今度はさっきよりも深く。
 いつまでもお前の隣はオレの場所。十年後も二十年後も、その先の未来だってずっと。オレ達は隣に並んで歩んで行くんだ。