ご飯を炊いて味噌汁を作って、それからおかずを三つ。……なんていう基本的な膳立てを毎朝のように作っているわけではない。おかずを作っても三品とまではいかない。白米ではなくパンの時もあれば、面倒な時はそれに目玉焼きのような簡単な朝食にしてしまうこともある。
 料理は別段得意というわけではない。苦手でもないけれど、こうして料理をするようになったのは先輩と一緒に暮らすようになってからだ。オレの方が世話になっているから当然だけど、そのお蔭もあって今ではそれなりに料理も出来るようになってきた。


「宮地さん、起きないと遅刻しますよ」


 なかなか起きてこない同居人の様子を寝室まで見に行くと、案の定その人はベッドの中に居た。起きてこないということは寝ているんだろうなと思ったけど予想通りだ。
 といっても、この人の場合は朝きちんと起きてくる方が少ない。高校時代、合宿で一緒に寝泊りをしたことはあったけれど、その時は時間厳守だったから気が付かなかった。けれど宮地さんは元々朝に弱いらしい。こうしてルームシェアをするようになってから初めて知ったことだ。


「宮地さん、宮地さんってば」

「あー……うっせーな」

「五月蝿いじゃなくて起きてくださいよ。もう朝なんですから」


 こんなやり取りをするのもいつものこと。先に起きて朝食を作るオレが時間を見て宮地さんを起こす。これが二人で暮らすようになってからの日常だ。最初こそなかなか起きない宮地さんに焦ったりもしたけれど、今では慣れたものである。


「……おい、高尾」

「何ですか?」


 カーテンを開けながら振り返ると、まだ宮地さんはベッドの中に居るようだった。呼ばれただけでその後に何も続かないということは、こっちに来いという意味なんだろう。
 仕方ないなと思いながらオレはそのままベッドの横まで歩く。この後の展開はなんとなく分かっていたけれど、このまま放っておくわけにもいかない。
 ベッドの傍までやってくると、宮地さんは片手を布団から出してオレの腕を引いた。これが休みの日なら二度寝に付き合っても良いけれど、今日は平日だから二度寝なんてしたら大変だ。宮地さんもそれは分かっているはずなんだけど、そういう意味でやっているのではないんだろう。これも一つの決まりごとのようなもので。


「おはようございます、宮地さん」


 軽く触れるだけのキスをして挨拶。そうすれば短く返事がされてオレの腕も解放してくれる。そしてゆっくりとではあるが宮地さんは体を起こしてこちらを見る。


「お前、今日は早いんだっけ?」

「はい。バイトもないんで夕飯作って待ってますね」


 でも今は出来ている朝食を食べてください、と付け加えれば「分かったよ」と漸く動いてくれる。朝が弱いなんて意外だなと思ったけれど、言われてみれば納得だよなと思う部分もあった。まだ頭はまともに働いていないだろうけれど、もう暫くすればいつもの調子に戻るだろう。
 そんな宮地さんに「早く来てくださいね」とだけ言い残してオレはキッチンに戻る。さっきまで作っていた料理をそれぞれ皿に盛りつけてテーブルに並べ、そうしている間に宮地さんもリビングにやってくる。


「宮地さんも今日は普通に帰ってくるんすよね?」

「おー。いつもと同じくらいに帰ると思う」

「なんか久し振りっすね。最近なかなか夕飯の時間合わなかったし」


 それは宮地さんの仕事が遅くなるからだけではなくオレのバイトのせいでもあるわけだけれど、かれこれ一週間くらいは擦れ違っていたんじゃないだろうか。宮地さんが遅い時は待っていたこともあったものの先に食べて良いと言われてからはそうしている。
 オレとしては料理が多少冷めても宮地さんと一緒に食べたいなと思ったりもするんだけど、宮地さんからすれば遅くまで待たせるのも悪いし冷める前に食べた方が美味しいだろとのこと。別に温め直せば大丈夫なんだけどこの人はそういうところも気にしてくれる。
 意外と、っていうと失礼だけど細かいところまで見ている人なんだ。高校生の頃もそうで、ちょっとしたことでも気付かれて驚いたこともあったっけ。


「食べたいものとかあれば作りますよ。リクエストとかあります?」

「そうだな……グラタンとか?」


 聞かれたから思い付いたものをそのまま答えたんだろう。何でも良いと言われないのは正直有り難い。どんなものでも言ってくれた方が作りやすいんだよな。宮地さんはそれが分かってるから思い付いたものでも言ってくれたんだと思う。
 グラタンか。作ったことはないけれどレシピを調べればなんとかなるかな。そう思って「分かりました」と答えれば、宮地さんの視線がこちらに向けられていることに気が付いて「何すか?」と尋ねる。


「適当に言っておいてなんだけど、お前って何でも作れるんだな」

「んー何でもではないっすけど、レシピがあれば出来ると思いますよ。それなりに料理も出来るようになりましたからね」

「そういうもんか」

「心配しなくても大丈夫っすよ。ちゃんと美味しく作るんで」


 言えばその点は最初から心配していないと返ってきた。その言葉にきょとんとしていたら「何だよ」と言われて、すぐに「何でもないです」と答えて止まっていた箸を進めた。
 この人は時々さらっとこういうことを言うんだよな。こればかりはいつになっても慣れそうもない。まあ、嬉しいんだけどさ。


「あ、そうだ。お前次の休みって空いてるか?」

「次の休みですか? 日曜なら空いてますけど」

「ならたまにはどこか行くか。それこそ全然出掛けてねぇだろ」


 最後に一緒に出掛けたのはいつだっただろう。そう考えてぱっと出てこないくらいには出掛けていない。
 宮地さんの提案にオレは二つ返事で了承した。続けてどこに行くかという話になり、それならこの前テレビで見た……と話が広がっていく。
 そうしている間にも時間は過ぎて行き、気が付けば家を出る時間になっていた。食器を片付けて鞄を持って、それから二人で一緒に部屋を出る。


「じゃあオレはこっちなんで。夕飯楽しみにしててくださいね」

「おう。気を付けてな」


 大きく手を振って別れる。さて、今日も一日頑張ろう。空を見上げてそんなことを思いながら歩き始く。帰りはスーパーに寄らないとななんて思いながら。










fin