中学生だった頃。初めてアイツと出会ったのはコートの上だった。ハーフコートから決められるシュート、縮まることのない点差、どんなに必死に走っても届かない距離。
 当時、帝光中といえばキセキの世代と呼ばれる天才達が集まっていて大会の優勝は必然だった。帝光と当たった時点で負け、それでもただやられるだけなんて出来なかった。けど、いざ戦ってみればその実力差は歴然だった。帝光は二軍の選手をメインに一軍、キセキの世代を入れたメンバーだった。それがアイツ、緑間真太郎。

 次に出会ったのは高校生の時。中学最後の試合では帝光に大差をつけられて負けた。その試合でバスケを止めた仲間も居た。だけどオレはアイツ等を、アイツを倒すと決めて練習をし続けた。
 運命とは皮肉なもので、オレが高校に入学したその日。絶対に倒すと決めていた緑間真太郎と再会した。倒すと決めていた相手は、新しいチームメイトになった。同じチームでは倒すことは叶わないから、オレは緑間に認められるように張り合うように練習をした。コイツにオレのことを認めさせてやる。そう心に決めて必死になってバスケに打ち込んだ。

 緑間は当然初めからスタメン。キセキの世代はどの学校も欲しがった逸材。ワガママ三回なんてモンまで認められてて、おは朝占いを信じ切っているコイツは毎日ラッキーアイテムを持ち歩いていた。
 変わり者、という言葉だけでは表現しきれない。ホント、天才様の考えてることは分からない。


(なーんて、思ってた時期もあったっけ)


 天才だから。そう思ったって割り切れるモノじゃない。同学年のオレでさえそう思ったんだ。先輩達からしてみれば余計に思うところがあっただろう。ワガママでいつだって自分を通そうとする。それが自分の意思を真っ直ぐに持っているからだと気付いたのはいつだったか。
 さて、その天才と一人勝手に張り合っていたオレもなんとかレギュラーになることが出来た。試合で緑間にボールが渡ればシュートは決まる。練習試合だったりすると占いの運勢が悪いから試合に出ないなんて理由でワガママを一つ使ったこともあった。そりゃあ部員達は「何だよソレ」と思っただろう。でも、それが許されていたんだ。実際、緑間にはそれだけの実力もあった。


(緑間が居れば負けないと思ってた。負けることなんてない、と)


 不満があろうが何だろうが、緑間が天才であることは事実。コイツが居れば試合で負けることはないだろうと、心のどこかで思ってた。それが違ったと知ったのは一年の夏、インターハイ予選で誠凛と戦った時。秀徳が、緑間が負けた。
 コイツも負けることがあるんだ、とか。負けたヤツの気持ちがこれで分かったか、とか。そんなことも思ったけど、こんな凄いヤツが居て上手く立ち回れなかったのはオレがPGとして未熟だからでもあった。PGは、ゲームメイクをするポジションだ。先輩も緑間も、秀徳という王者と呼ばれる強豪に集まった実力者達を活かせなかったのはオレの力不足。まだ、もっと強くならなくちゃいけないと思った。


(アイツが変わったのもそれからだったな)


 変わったというか、少しずつ変化していった。緑間がパスをするようになったり、時々だけどバスケをしてると笑うようになった。ただの天才ではなく、秀才だということを部員達も知った。それから、いつの間にかオレのことも認められていて、オレ達にしか出来ない技を編み出して……。
 練習はキツかったけど、それ以上にオレ達はバスケが好きだった。オレはコイツを勝たせてやりたいと思うようになって、緑間はこのチームで勝ちたいと思うようになった。帝光とかキセキの世代なんて関係なくて、秀徳高校の緑間真太郎として。
 ボールをひたすらに追い掛けて、コートの上を走り回って。そうしながらも時は着実に動いていた。頼れる先輩達は引退して間もなく卒業し、オレ達は秀徳の光と影なんて呼ばれるようにもなっていた。ライバルだったのが相棒になり、三年になる頃には二人して主将と副主将を任されたりして。

 ずっと続けば良いのに、なんて思ったけど無理だってことくらい分かってた。
 インターハイ、ウィンターカップ。最後の試合が終わればオレ達は引退で、後輩に後を託した。そして、オレ達は秀徳高校を卒業した。


『じゃあね、真ちゃん』


 本当にもう終わりなんだ。三年間一緒に登下校していたけれど、それも今日で最後。当たり前にあった日常は、もう明日からはない。もうオレ達の日常は日常でなくなるんだ。  考えれば考えるだけ別れが辛くなる。でも、オレ達はそれぞれ別の道へと進む。二人共バスケは高校まで、進学してからは自分の道を歩んで行くのだと決めていた。もう、あのシュートは見れないし、オレがパスを出すこともない。隣に並ぶことも出来ない。
 ただ、今はまだ泣いちゃいけない。最後もいつものように、笑って終わりにしたかった。真ちゃんも同じ気持ちだったのか「あぁ」と短く返してくるりと背を向けた。それを暫く見送って、オレも自分の家に帰ろうと歩き出した。その時だった。


『高尾!!』


 名前を呼ばれて振り返ると、真剣な瞳がこちらに向けられていた。
 何、と聞き返すよりも先に緑間が声を上げた。



□ □ □



「三本で愛してる、告白。って意味なんだね」

「なぜ三本の意味など調べているのだよ」


 何でって言われても、調べてたら偶然見つけただけなんだけどな。
 そう、高校を卒業したあの日。オレは真ちゃんに呼び止められてそのまま告白された。ずっと好きだった、と。だけど大切な相棒にそんなことは言えないと隠してきた。隣に居られればそれで良かった。幸せになってくれれば、それ以上は望まない。
 と、どこまで正しいかなんてオレには分からない。告白されたのは本当だけど、今並べた全ての言葉を聞いた訳ではないから。今並べた言葉は、オレが高校時代に抱いていた気持ち。とはいえ、告白の言葉を思い出す限り、真ちゃんも同じような気持ちを持ってたんだろうなとは思ってる。確認したことはないけど。


「あとは百八本で結婚してくださいだっけ?」

「…………お前は本当に意味を調べる気があるのか?」

「思い出したから聞いただけだろ!」


 高校を卒業してからオレ達は一緒に住み始めた。これが世間でいうルームシェアってヤツ?同棲で良いだろ、なんて言われたりもしたけれど。お互いの大学の中間地点くらいに部屋を借りて、卒業してからもずっとそこに住み続けている。
 大学を卒業してオレ達は社会人になった。その年のオレの誕生日。プレゼントに指輪を渡され、結婚は出来ないけどこれからもずっと一緒にいて欲しいと言われた。この国では同性婚は認められていないけれど、オレ達がお互いを愛していることに変わりはなかった。真ちゃんからの告白、プロポーズにオレは泣きながら頷いた。泣いてばかりだなと言われたのは不本意だったが、嬉しい時にも涙は出るものだからと主張しておいた。
 別にそんなに泣いた覚えはないけれど、告白された時もプロポーズされた時にもつい涙が溢れてしまった。だって、好きな人からのそんなことを言われたら、そりゃ誰だって嬉しいだろ。


「一本で一目惚れで……っつーか、昨日ので何本なの?」


 さて、今現在オレが何をしているのかと言えば真ちゃんに自分で調べろと言われたから調べ物をしている真っ最中だ。

 事の始まりは、いつからか一日一本のバラを渡すようになった真ちゃんの行動。いきなりどうしたんだろうとは思えど、相手は真ちゃんだしななんて思いながら受け取ったのが始まり。それから毎日バラを渡されるようになり、ある日「どうして毎日バラを渡すんだよ」と聞いてみたけど「いずれ分かる」と返されるだけだった。
 そんな訳で、ウチにある花瓶には毎日新しいバラが生けられた。勿論、毎日入れ替えた訳ではなく枯れるまではずっと飾っていたから多い時は花瓶一杯にバラの花が咲いていた。いつしかどうしてバラなんだろうなと思いながらも、その行動に理由を探さなくなった。

 ……のだが、当たり前になっていた一日一本のバラは今日になってピタリとなくなった。日常にあったものがなくなるというのはやはり疑問が生まれる。
 全くバラを渡す気配のない真ちゃんに「今日はバラないの?」と聞いたら、今度は「もう必要なくなった」なんて言われて。意味が分からないオレに対して、気になるなら自分で調べろと言われて今に至る。


「九百九十九本だな」

「そんなに!? じゃあ、コイツはその九百九十九本目のバラってワケか」


 花瓶の中から一本を手に取って観察する。このバラが特別、とかではないよな。どうしてって聞いた時にはいずれ分かると返されて、今日はないのかと聞いたらもう必要なくなったと返ってきた。だからあの時点ではまだ意味を成していなかったということだろう。
 そうなると、重要なのは本数。そう思って考えてみてもオレは花に興味があるワケでもないから有名どころしか知らない。それで調べてるんだけど、重要なその本数が分からないのではどうしようもないと尋ねた結果がこれだ。オレそんなに真ちゃんにバラ貰ってたんだな。年単位で時間は経ってるのは知ってたけど、全部一遍に貰っていたら凄いことになっていただろう。花瓶に飾りきれないとかいう話じゃなさそうだ。


「背番号、誕生日、出席番号、とかではないよな。足したってそんなにいかないし」

「最初の二つはともかく、出席番号なんて全部覚えているのか?」

「いや全然」


 即答すると呆れられた。でもぶっちゃけ出席番号なんて覚えてないだろ。あ、違うか。その覚えていないようなものをこの数に含めているワケがないっつー話だな。
 こんなことを言っておいて何だけど、そういう何かの数字を意味しているとは思ってない。それにしては数が大きすぎるし、何よりたったそれだけのことで真ちゃんがこんなことをするとも思えない。やっぱり最初に調べていたような意味が答えだと思うんだ。ただ花を贈られていたのではなく、ずっとバラの花を贈られていたのだから。


「バラって花の色にも意味あったよな?」

「ああ。だが、色は関係ないのだよ」


 そうなのか。じゃあ色ごとの花言葉については考える必要はなさそうだな。
 それにしても、バラの花って色々な意味があるよな。色にしたって全部意味が違うし、本数によっても意味するものが変わってくる。今回は本数の意味、なんだけどこれがなかなか見つからない。
 ってか、本数もはっきりしたんだからそれで調べれば良いだけの話じゃん。バラの花を九百九十九本贈るその意味は……。


「…………真ちゃん」

「何だ」


 画面を放置して真ちゃんの方を向くと、綺麗な翠色の瞳と目が合った。
 あーもう、なんでコイツはこういうことすんのかな。バラの花が本数によって違う意味を持つって、どこで知ったんだよ。しかもそれを実践するし。ご丁寧に一日一本、全部で九百九十九本になるように。
 もしオレがバラの花はもう良いのって聞かなかったらどうしたんだよ。ああきっと、それはそれで良かったと思っていたに違いない。伝えようとはしていただろうけれど、その意味に気付いて貰おうとは思っていなかっただろうから。だって、本当に伝えたいことなら緑間は言葉にする。


「これからバラの花、買いに行こう?」


 なんて言えば良いのか分からなくて、最終的に出てきた言葉がそれだった。オレも同じ気持ちだけど、それをただ伝えるのはちょっと違う気がして。それなら同じ方法で伝えれば良いんじゃないかという結論に辿り着いた。
 偶然にも今日は二人揃って休日だ。特に予定なんてなかったけど、たまには一緒に出掛けるのも悪くないだろ。というより、オレが行きたいだけだけど。


「何本買うつもりだ?」

「秘密」


 なんて隠したところですぐにバレるだろう。でも良いんだ。それを分かった上で、オレはお前にバラの花を贈りたいから。
 一気に贈ることは出来ないから、毎日少しずつ。そう、一日一本くらいのペースで。





【バラの本数で変わる花言葉】
九百九十九本:何度生まれ変わってもアナタを愛す





 オレだって何度生まれ変わってもお前を愛す。
 来世もその先も。いつだってオレはお前に恋をするだろうからその数だけ、何度だってお前を愛するよ。


(あ、そうだ。シャンプーの買い置きもうないや)
(出掛けるついでに買えば良いだろ)
(だな。ねぇ、真ちゃん)
(何だ)
(好きだぜ)
(フン、知っているのだよ)
(真ちゃんは言ってくれねーの?)
(愛している、和成)
(…………不意打ちは卑怯だろ)
(ほら、出掛けるのだろう。さっさとしろ)


 当たり前にある日常。オレの隣にはお前が居て、お前の隣にはオレが居て。そうやってずっと歩き続けられたら良いのに。
 いや、ずっとそうやって歩いて行こう。それがオレ達の願いなのだから。



 大切なお前と、未来も来世もずっと一緒に。




全部で何本贈るつもりかって? そんなの決まってるだろ。