「真ちゃん、緑間真太郎より高尾真太郎の方が相性良いから結婚しようよ」


 さっきからやたらと電卓を使っているなとは思っていた。だが、いきなり振り返るなりこの発言をされた時はコイツ大丈夫かと思った。
 突拍子のないことを言い出すのは今に始まったことではないけれど、これは意味が分からない。とりあえず、聞かなかったことにでもすれば良いだろうか。


「おい、無視すんなよ」


 何事もなかったかのように再び本を読み始めた緑間に高尾は顔を顰める。一度顔を上げてこちらを見たのだから聞こえていない筈がないのだ。「真ちゃん」と呼んだからには緑間に話し掛けているのは当然で、その後に続いた言葉からしてもそれは緑間に向けられたもので間違いない。無視をしないでちゃんと話を聞いて欲しい。

 だが、緑間からすればそんな訳の分からない話になど付き合う気もないし付き合いたくもない。しいて何かしらの反応を示すのなら「1人でやっていろ」と言う以外にない。
 何がどうしてそんな話になったのかも知りたいとは思わないのだが、そんな緑間を無視して高尾は勝手に話を進めることにする。前後席で話をしているのだから無視されようと喋っていることは聞こえるという判断だ。


「相性占いってあるじゃん? 星座とか血液型で調べるヤツ」


 疑問形で尋ねてはいるが、この男は占いを第一に行動しているのだから知らない訳がないということくらい高尾も承知の上だ。蟹座と蠍座が相性の悪い日は、自分に近付くなと言い出すような奴なのだ。近付いたりしたら悪いことが起こるからと。
 占いを特別信じている訳でもない高尾からすれば、所詮は占い。例え緑間が信仰しているおは朝占いで自分達の星座の相性が悪いと出ようが当たらないだろうと考えていた。
 しかし、これが当たるというレベルではなく当たって散々な目にあったのは記憶に遠くない。ラッキーアイテムといい、おは朝はどれだけの効力を持っているんだと若干の恐怖を覚えた瞬間だった。


「それでさ、妹ちゃんから名前で出来る相性占いっていうのを教えて貰ったんだよ」


 それは昨日の夜のこと。部活から帰った高尾の元に可愛い妹がお帰りなさいと駆け寄ってきた。それから「お兄ちゃんと私、相性すっごく良いんだよ!」と笑顔で報告してくれたのだ。
 初めは高尾も話がよく分からなかったが、妹に詳しく聞いてみるとすぐにその言葉の意味を理解した。なんでも、妹の学校では名前を使った相性占いが流行っているらしい。


「まず占う人の名前を電卓で打ち込んで、後はひたすら割る2をしていくだけなんだけどさ」


 やり方は簡単。占いたい2人を決めたら手元に電卓を用意するだけ。2人の名前の和を出して、それを割って行くだけの作業だ。小数点以下は気にせず、数字が2桁になったところで終了。それが2人の相性のパーセンテージになる。
 電卓に50音はないから、名前はそれぞれの50音に値する数字を入力していく。50音全てに別の数字が振られている訳ではなく、使う数字は1から5まで。母音が“あ”になるものは1、母音が“い”になるものは2で入力していくといった形だ。“わ”“を”“ん”はそれぞれ“1”“3”“5”に振られるらしいが、その辺は何通りか説があるらしい。とはいえ、簡単な遊びに過ぎないのだから細かい部分は気にしないようだ。


「オレと真ちゃんの名前でやったら60%だったんだよ。これはいくらなんでも低すぎねぇ?」

「なぜオレの名前でやっているのだよ」


 ここまで無視を貫いてきた緑間だったが、諦めて本を閉じながら尋ねた。すると高尾はきょとんとしながら「相性占いだからに決まってるだろ」なんて言った。緑間以外の誰と相性を占うのかと言いたげな様子に呆れて溜め息が零れる。
 そんな緑間を気にせずに、一応レギュラーの先輩達とも相性占ったんだけどさと高尾は話を進める。


「宮地サンとオレだと83%もあるんだぜ。大坪サンと木村サンは50%台だったのにさ」


 ちなみに真ちゃんは大坪さんと一番相性良かったよと知りたくもない結果を教えられた。お前は授業中に何をやっていたんだと言いたい。いや、授業中もコイツは何をやっているんだと思いながらその光景を眺めていたのだが。まさかここまでくだらないことだとは思わなかった。

 それでさ、といよいよ本題に入る。
 本題の前に既に疲れてしまったのだが、高尾のことだから緑間が聞いていようが聞いていなかろうが先程のように勝手に話すのだろう。諦めて緑間は目の前の友人の話に耳を傾ける。


「もしオレが緑間の苗字だったらどうなるかってやってみたんだよ」


 どうしてそんなことを思いついてしまったのかと問いたい。なんとなくだとしか返ってこないだろうその問いは尋ねるだけ無駄だが、流石にもうこの後に続くであろう展開は読めた。
 高尾はまず自分が緑間という苗字だったらどうなるかを試したのだ。その上で最初の発言が出たとなれば、つまりはそういうことなのだろう。


「そしたら66%でちょっと良くなっただけで、じゃあ真ちゃんが高尾になったらどうなるか試したら96%になったんだぜ」


 予想通り過ぎる内容に何と言ったら良いのかも分からない。とりあえず「お前は授業中に何をしているんだ」と言いたい。せめて休み時間に、それ以前に占いなど信じていないのではなかったのか。
 確かに高尾は今でも占いを信じてはいない。ただし、緑間にとって占いがどれほど大切なものなのかは良く知っている。身近で占いに運命を左右されている男を見ていれば、多少は占いも当たるんだなという考えも生まれる。
 まぁ、元から占いなんて都合の悪いことは忘れて都合の良いところは信じれば良いものだとは思っていた。興味本位の占いで良い結果が出たのなら、それは信じるに決まっている。


「だから、高尾真太郎になろうよ」

「何がだからだ。断る」


 きっぱりと断れば「えー」と不満そうな声が上がる。大体、苗字など変えようと思って変えられるものではない。コイツはそれを分かっているのだろうか。
 苗字なんて基本的には変わらないのだ。それこそ高尾が最初に言っていた結婚でもしない限り。それにしたって、男同士での結婚はこの国では認められていないのだから無理だ。どうやっても緑間が高尾の姓を貰うことは出来ない。


「良いじゃん、高尾真太郎。響きも良いし」

「そういうこっちゃないのだよ」

「オレ達の運命に関わることだぜ」

「相性占い一つで変わる訳がないだろう」

「その相性占い一つで半径1メートル以内に近付くなとか言うヤツには言われたくないんだけど」


 普段から占いを中心に動いている緑間は高尾の言葉にぐっと詰まった。高尾の言うことは正論だ。苗字を変えるなどという部分を除けば、占い一つに振り回されている身として真っ当なことを言っている。誰が聞いても高尾に同意してくれるだろう。
 ここで占いそのものを否定することを緑間には出来ないが、たかが電卓一つ。たった5種類の数字の組み合わせだけで出された結果に信憑性などどれほどあるのか。自分達が信じれば良いといっても、これは何とも言い難い結果である。


「真ちゃん、そんなにイヤ?」


 女の子達の間で流行っているという遊び。それが全てではないことくらい分かっているが、幾通りか試して良い結果が出れば嬉しい。少なくとも、高尾はこの結果が表示されたのを見て心が幸せに満ちた。たったそれだけのことだけど、嬉しくてたまらなかった。
 緑間の性格くらい高尾も把握している。だが、ここまで否定されるとちょっぴり寂しくなってしまう。些細なことでも自分は嬉しかったけれど、緑間にとってはくだらない遊びでしかないのかと。緑間だしな、で納得してしまう事柄ではあったがほんのちょっとでも反応を示してくれたらなと思ったりして。

 そんな高尾の声にならなかった言葉に、緑間はばつが悪そうに視線を僅かに逸らした。緑間も高尾と四六時中一緒に居るのだ。奴の考えていることくらい多少は分かる。
 くだらないと思ってしまったのは事実だ。けれど、たった2つの数字が高い数を示したことに全く何も感じなかった訳ではない。一応自分達は恋人同士であり、そういう結果が出たことが嬉しくないなんてことはないのだ。


「……別に嫌だとは一言も言っていないのだよ」


 休み時間の騒がしさに聞き逃してしまいそうなほど小さな声で紡がれた。だが、目の前に居た高尾にはしっかりと聞こえていた。


「そっか」


 ふにゃっと笑ってそれだけを答えた高尾に、緑間も僅かに笑みを浮かべた。
 高尾が幸せそうに笑うのを見ているとこちらも同じ気持ちになるのだ。それはやはり、緑間もそれだけ高尾のことを想っているからなのだろう。ちゃんと二人の気持ちは通じ合っている。


「じゃあ、将来は高尾真太郎でよろしくな」

「どうしてそうなるのだよ」

「いーじゃん。卒業してもオレと一緒に居てよ」


 高校生の間だけじゃなく、卒業して進学してからも社会人になってからもずっと。この気持ちは勘違いでもなければ、お遊びで付き合っているのでもない。本気で恋して一緒に居ることを選んだんだ。
 手放したくない。これから先の未来も傍に居て欲しい。何にしても同性婚の出来ないこの国で相手の姓を貰うなんて、養子縁組でもしない限りは不可能だ。別にそこまでするつもりはない。けど、話の上でくらい夢を見させてくれても良いんじゃないか、なんて。


「オレは、真ちゃんとこれからもずっと一緒に居たい」


 いつの間にか惹かれていた。今となっては一緒に居るのが当たり前で、お互い相手が居ない生活なんて考えられない。卒業をすれば自然と離れてしまうかもしれないけれど、少なくとも高尾はそんなの嫌だった。卒業という区切りで自分達の関係も切ったりしたくはない。
 壮大な話になっているが、いずれ。数年も経てばやってくる未来なんて遠いようで近いだろう。人の心なんていつ変わるか分からないとしても、高尾は自分の気持ちが変わらないと信じて疑わない。

 それは、緑間とて同じだ。生半可な気持ちで、こんな関係を作り上げたりはしない。覚悟も何もないのに男同士で、相棒との関係を持っていない。
 だから。


「……お前がオレの苗字になるというのなら良いのだよ」


 たっぷりと時間を要してから返された言葉の意味を高尾はすぐに理解した。伊達に相棒をやっていない。彼がツンデレで素直に物を言えないことくらい百も承知だ。その上でこの言葉が出たのだとすれば、答えは簡単だ。


「緑間和成? それでも良いけど、やっぱりここは相性も考慮して真ちゃんが高尾真太郎になる方が人事を尽くしてると思うんだけど?」

「…………考えておく」


 そうしている内に始業のチャイムが鳴り響く。担当教師はまだ来ないけれど、チャイムが鳴ったのだからさっさと前を向けと怒られて高尾は大人しく椅子を前に向けた。
 その直前。


「好きだよ、真ちゃん」


 二人にしか聞こえないくらいの声量でそっと告げる。本当はキスもしたかったけれど、ここが教室だということを思い出してやめておいた。そんなことをしたら怒られるだけじゃ済まない。
 どっちみち早く授業の準備をしろと更に怒られながら、けれど高尾は笑いが止まらない。だって、怒っている緑間の顔が真っ赤なんだ。言われた通りに前を向きながらも、こっそりと後ろの席を盗み見る。そしてすぐに気付いた緑間にまた怒られた。
 でも、これだけのことが嬉しくて幸せで。やっぱりコイツのことが好きだなと思うのだ。



 相性占い。
 たかが相性占い。それでも良い結果が出れば嬉しいだろ?所詮占いでも相性が良いと出たなら、これからもずっと一緒に居たら良いんじゃないかな。

 なーんて、占いを口実にしなくてもオレはお前と共に。
 この先もずっと、隣に並んでいたい。

 占い一つでもこんなに心が躍るくらい、お前に恋してる。







――いつか本当にそうなれる日が来たら良いのに、なんて。