十月三十一日。世間ではハロウィンと呼ばれるお祭りの日である。海外では収穫祭や死者のお祭りといった意味で開かれているが、この国では娯楽として楽しむイベントの一つだ。クリスマスと同じようなものだろう。
 『トリックオアトリート』というお決まりの言葉でお菓子を貰う。本当なら仮装をして、と付くのだが学校帰りにそんなものが用意できる訳でもなく。


「真ちゃん、トリックオアトリート!」


 体育館の証明点検がある為、という理由で今日の部活は中止。オフになったので放課後になると真っ直ぐ自転車置き場に向かい下校をした。勿論、いつものようにジャンケンを行ったのだが結果はお察しの通りだ。むこうは連勝記録、こっちは連敗記録を絶賛更新中。連勝記録はともかく、連敗記録なんてものは更新しても全く嬉しくないけれど。
 それからも信号の度にジャンケンをしたが、結局家に着くまでオレ達の立場が入れ替わることはなかった。一回くらい勝てたって良いんじゃないかって思うんだけど、そう簡単にはいかないらしい。


「いきなりなんだ」

「だって今日はハロウィンっしょ? だから、トリックオアトリート」


 学校で言っても相手にして貰えないかなと思ったからあえて帰りに言ってみた。どっちみち相手にされないかもしれないとは思ったけど物は試しだ。
 これが学校だったのなら馬鹿なことを言うなとでも言われ終わりだろう。バッサリ切り捨てられて終わりなのは目に見えている。帰りだったら周りに人が居る訳でもないし、少しは変わるかなと淡い希望を抱いてみる。まぁ、なんて返されるかは大体予想が出来るけど。


「そんな商業戦略に乗ってどうするのだよ」

「せっかくあるイベントなんだから楽しまなきゃ損だって」

「馬鹿なことを考えている暇があるのならもっと別のことにでも頭を使え」


 やっぱりそう返って来るよな。真ちゃんがハロウィンなんてイベントに参加しようと思う訳がないもんな。この行事についてはちゃんと知ってるんだろうけど。それこそ本場の意味もしっかりと把握してくれていそうだ。
 そんなことはさておいて、やっぱりこういうのは楽しまないとだ。せっかくハロウィンというイベントが目の前にあるんだから、これに乗らないでどうするのか。何もやらないで過ごすなんて勿体なさすぎる。


「普段も頭をちゃんと使ってるから問題ないです。ちょっとくらい良いじゃん」

「ちょっとで済むのか?」


 それってどういう意味だよ、と思わず突っ込みそうになる。オレだってそうしつこくはしない。ただイベントに便乗したいだけで、お菓子さえ貰えれば良いかなと。いや、お菓子が欲しい訳でもないんだけどさ。イタズラするのも面白そうだなとは思うし、イベントを楽しめれば良いと思ってる。


「まぁとにかく、お菓子をくれないとイタズラするぜ?」


 このままではいつまでも平行線になりそうだ。そう判断してお決まりの台詞を口にする。
 そんなオレに対して、緑間は溜め息を一つ。お菓子なんて持っているのかと思ったけれど、緑間は鞄を開けてお菓子の箱を一つこちらに投げてきた。その鞄の中にお菓子が入っているなんて予想外だ。絶対教科書とかしか入ってないと思ったんだけどな。


「ありがと。けど、真ちゃんってお菓子とか持ち歩いてるんだ」

「今日は甘い物を持ち歩いた方が良いとおは朝で言っていたのだよ」


 あーそういうことか。そういえばそんなことを言っていたような気がする。おは朝って本当に凄いな。全部の星座に対してじゃないから、ハロウィンだからという訳でもないんだよな。イタズラするのも面白そうだったんだけど、お菓子を貰っちゃったから仕方がない。これはこれで良しとしよう。
 さてと、お菓子も貰ったしこれ以上ここで立ち話をしているのも悪いか。そろそろオレも家に帰ろうかと思ったところで「高尾」と聞き慣れた声に呼ばれて振り向く。すると、意外な言葉が耳に届いた。


「Trick or Treat」


 それは今日にピッタリの、けれどその口から紡がれるとは思わなかった言葉。ハロウィン定番の台詞だ。
 こちらから言うことばかり考えていたから、まさかそんな切り返しをされるとは思っていなかった。そりゃ、今日はハロウィンだからそれを言われてもおかしくはないんだけど。オレと違って発音も綺麗で、まるでお手本のようだ。


「まさか真ちゃんにトリックオアトリートなんて言われるとは思わなかった」

「お前が言い出したことなのだよ」

「ちなみに、オレがお菓子を渡さなかったら何するつもりなの?」


 真ちゃんがオレに対して悪戯をするとしたら、どんな悪戯を仕掛けるのか。純粋に気になって尋ねたのだけれど「さあな」と口角を持ち上げるだけ。絶対何か企んでる。それが何かは全く分からないけれど。
 真面目な真ちゃんと違って、オレはお菓子くらい鞄を探せばすぐに出てくる。だけど、ただお菓子を渡してそれで終わりっていうのもつまらない気がして。


「じゃあ、イタズラしてよ」


 どうせならこのイベントを満喫した方が楽しいに決まってる。珍しい反応をした緑間に乗ってみるのも悪くない。普段はこんなこと滅多にないから。ハロウィンというイベントに便乗して、恋人の好きにさせてみるのも良いだろう。


「悪戯を選ぶのなら文句は聞かないからな」

「真ちゃんがお菓子かイタズラかって聞いてきたんでしょ?」


 言えば楽しげな笑みを浮かべられる。つられるようにオレも笑う。こういう機会でもないと出来ないことっていうのも世の中あるものだ。
 ほら、バレンタインだから素直に気持ちを伝えてみようとか。そういうのあるだろ?これもそれと同じ。この国のハロウィンっていうのは、みんなが楽しむ為のイベントなんだから。


「お菓子はないからイタズラして良いよ?」

「…………全く、お前は人に何をさせたいのだよ」


 そう言いながらも本人は楽しそうだ。自然と触れ合った唇から真ちゃんの体温が伝わる。
 ハロウィンは残り数時間。一体どんなイタズラが待ち受けているのか。

 まだまだ今日は長そうだ。










fin