好き、嫌い、好き、嫌い……。
 花弁を一枚ずつ取りながら好きと嫌いを交互に繰り返す。所謂花占いというやつだ。花弁を取りやすいように茎を回しながら呟かれる言葉。一分と経たないうちに最後の一枚に辿り着く。


「真ちゃん! みてみて!」


 さっきまで一人で何かをしていた高尾が駆け寄ってくる。一体どうしたのかと視線だけそちらにやれば、ほらこれと一本の茎を緑間の目の前に差し出した。
 おそらく何かの花だったであろうそれを見てから再び高尾を見れば、にこっと笑ってそれが何なのかを教えてくれた。


「花占いやったら真ちゃんがオレのこと好きってなった!」


 要するにこの茎――何かの花を使って花占いをしたという話らしい。好きと言って一枚、嫌いと言ってまた一枚、そうやって繰り返した結果がこの茎なのだろう。これだけ見せられても何が何だか分からなかったが、そういうことならここに茎があってもおかしくはない。
 いや、おかしくはある。その茎、もとい花はどこから持ってきたのだろうか。そしてなぜいきなり花占いなんかをしようと思ったのか。疑問に思うことはあるが、ただ一つ言えることは。


「くだらないな」


 思ったままに口にすると「えー!」と高尾は頬を膨らませた。花占いも立派な占いの一つだろうと彼は主張するが、花占いなんて好きか嫌いかの二択しかないのだ。奇数の花でやれば必ず好きになるそれにどれだけの信憑性があるのか。
 正直、それを言い出したら他の占いにしても当たるか当たらないかの確率は五分だ。本当に五分だとはいわないが、当たるかどうかなど普通は分からないものである。身近によく当たる占いがあることは知っているが、それもその占いを信じ切っている奴に限るだろう。今日もその手には英和辞書が握られている。おは朝占いを制作している会社もここまで人に影響を与えているとは思わないのではないか。


「それでも占いは占いだろ? 要するに、真ちゃんはオレが好ってことだ」

「花弁が偶数の花でやってみればすぐにでも結果は変わる」

「偶数か奇数かなんて最初から分からねーだろ!」


 もちろん、数えればすぐに分かることだ。しかし、最初からこれは花弁が奇数だからこれにしようなんて選んだりするわけがない。それでは花占いも何もないではないか。高尾だって花弁の数など数えずにやってみて、その結果がこれだったのだ。緑間の言うことは屁理屈でしかない。


「じゃあ逆に聞くけど、真ちゃんはオレのこと嫌いなワケ?」


 ここまで言われると今度は好きだと言わせたくなる。彼の言い方では嫌いという結果になって欲しかったようにも聞こえる。そうでなければたかが花占いにそこまで言う必要はないだろう。
 高尾はそう考えたのだが、緑間はただ単に花占いなどくだらないと思っているだけだ。それで人の気持ちがわかるのなら苦労しない、と。


「何もそこまでは言っていない」

「じゃあ好きってことでいいじゃん。間違ってないんだし」


 そういう問題ではないのだがこれ以上突っ込んだところで無駄だろうか。これを否定したならまた嫌いなのかという話になりそうだ。
 けれど、否定をしなければ肯定になる。それが困るというわけではないのだが、花占いでというのが納得いかない。たった一枚の花弁の数で変わるような結果に人の気持ちをどうこう言われたくはないのだ。


「お前は花占いをしないとオレの気持ちも分からないのか?」


 それとも花占いなんてものにさえ頼りたくなってしまうくらい不安になったのか、はたまた花占いなどに頼らなければ聞くこともできないのか。

 どこか見当違いな発言をした相棒に高尾はきょとんとしながら、花占い一つにそこまで考えている友人に思わず吹き出した。くだらないと言いながら色々考えているんじゃないかと。むしろ自分以上に花占いの結果に反応しているのではないかとさえ思う。


「高尾…………!」

「悪い悪い、けどまさかそこまで言われると思わなかったんだって」


 肩を震わせながらもなんとか笑いをこらえようとはしているらしい。たかが花占いに左右されているのは全くどちらか。近くに咲いている花を見てなんとなく花占いをしてみようと思っただけだったというのに、それがこんな話になるとは思いもしなかった。


「でもそれってさ、結局真ちゃんはオレが好きってことになるよね」


 花占いをしなかったとして緑間の気持ちは本人に聞かなければ分からない。だが、先程の発言といい何より自分たちが恋人関係であることからしても導き出される答えは一つしかない。


「言わなければ分からないか」

「言ってくれなきゃ伝わらないこともあるかもよ?」


 このやり取りをしている時点で伝わっていることは分かりきっている。だが、そこまで言われて何も言わないというのも恋人としてはどうなのか。
 いくら好きだと思っていてくれていると分かっていたって、言葉にしてもらいたいことはある。高尾の言うように、言葉にしなければ伝わらないこともあるのだ。どんなに愛し合っている人達でも時には目に見える形で好きを表現して欲しくなるものだろう。言葉というものにはそれだけの力があるのだ。

 じっと翡翠を見つめる瞳。その目が何を望んでいるのかくらいは緑間にも分かっている。分かっているからこそ、白く長い指はそっと顎をすくって唇を重ねた。


「好きだ」


 聞き慣れた低音が高尾の耳に届く。口角を上げた緑間とは対照的に、こちらは一気に顔を赤く染めるとばっと顔を逸らした。自分でもわかるくらい顔に熱が集まっている。
 いきなり何をするんだ、とは言えなかった。答えなど分かりきっているし、ここまで望んでいたわけではないけれど決して嫌ではなかったから。


「これで満足したか?」

「……真ちゃんって意外と大胆だよね」


 なんとか発したそれに緑間はお前に言われたくはないとだけ返した。教室だろうが体育館だろうが形振り構わず過度なスキンシップを取ってくる奴には言われたくないと。
 周りも二人のやり取りは今更だと特に気にしてはいないが、相変わらず仲がいいなくらいには思っている。高尾のエース様好きは周知の事実なのだ。

 だが、それとこれとは別。オレよりもお前の方がこういうことは大胆だろうと高尾は思うのだ。高尾がするのはせいぜい抱き着く程度で、あとはいつでも「好き」と口にすることぐらいだろうか。それもそれでどうなんだと第三者からは突っ込みが入りそうなものだが、場所を気にせずキスをしてくる奴よりはマシだと本人は思っている。
 緑間に言わせればTPOは弁えているという話だ。人はいなかったから大丈夫だろうと。そういう問題じゃないと思うのは高尾だけではないはずだ。


「それとも嫌だったか?」


 これでは数分前と立場が逆転しているようである。嫌なわけがない、と言葉にするだけじゃ足りない気がして胸ぐらを掴むと強引に自分の方へと引き寄せて唇を重ねた。そして真っ赤な顔のまま伝えるのだ。


「こんなに好きなのに嫌なワケねーじゃん」


 可愛らしい反応を見せる恋人に緑間は「そうか」と微笑んだ。

 そうこうしている間に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。知らないうちにそんな時間になっていたようだ。午後の授業は移動教室だ。そろそろ教室に戻らなければ授業に遅刻してしまうだろう。


「行くぞ、高尾」


 いつものように先を歩く緑間の背を「あ、待てよ!」と言いながら高尾は追いかける。そしてすぐに隣同士に並んで教室へと戻るのだ。意図せずに歩幅が合うのはお互いに相手に合わせようとしているから。

 たかが花占い。されど花占い。
 好きか嫌いかを占うだけのそれを信じるも信じないもその人次第。だけど、そんなものがなくたって本人が直接答えを教えてくれる。


「花に聞くのではなく本人に聞けばいいだろう」

「そういう意味でやったんじゃねーよ!」









ただ花占いでもお前がオレのことを好きって出たから嬉しかっただけなのに。
どうしてこんなことになったのか。でもまぁ、嬉しかったからいいか。

思った以上に恋人は自分のことを好いているらしい。