魔法とは何か、と問われても案外答えるのは難しい。不思議な力や特殊な力といえば、この世界の人は納得してくれるだろうか。
でも実際は不思議でもないし、特殊といえるほどのものでもない。アニメや漫画で出てくるような魔法を想像されても困るというのが本当のところだったりする。
「お前はここで魔法を使うことはないのか」
宿題を片付けるのに二人は緑間の家にやってきていた。先程までは真面目に宿題をやっていたのだが、ひと段落が付いたところで休憩をしようとペンを置いたのがついさっき。そんな時に緑間が質問を投げ掛けてきた。
「基本的には使わないかな。使う必要もないし」
「オレ達が魔法を使わずに生活してるのと同じか」
「そういうこと」
ここでは魔法がない中で皆普通に生活を送っている。要は魔法なんてなくても普通に生活が出来るということであり、ここではそれが普通だ。だから高尾も魔法を使う必要がない。
といっても、それなら今までは私生活の中でも魔法を多用してきたのかといわれるとそうでもなかったりする。普通の生活の中で魔法を使う必要があることなんてそうないものだ。
「気になるの?」
「多少はな」
まあ、それも無理はない。この世界の人にとって、魔法なんて未知のものだろう。それがどういうものかと興味が沸くのは当然といえば当然のこと。
あれだけ話しておいて今更隠すようなことはない。話しても仕方がないことはあるけれど、それ以外のことなら良いかと高尾は口を開いた。
「魔法っていっても、アニメとかで見るようなのとは違うモンだぜ。実際はちゃんと理論が存在してるし、何でも出来るわけじゃない」
その理論を説明しても、それらの知識がない人間には難しい話だ。そもそも普通の人に魔法は使えない。別に彼等――魔法使いも普通の人と大差があるわけではないけれど、魔法というものを使えるだけの力を持っているという違いはある。
魔法を使う力といっても、普通の人でいう体力と似たようなものだ。運動すれば疲れるように、魔法を使い過ぎれば疲れる。体力に限りがあるようにその力にも限界はある。勿論休めば回復するもので、人によっては魔法に頼って生活している人も居る。ま、その辺は人によりけりだ。
「そういうものなのか」
「逆に言えば、理論を理解してさえいれば色々出来るってことでもあるけどな」
それでも何でもとはいえないのが魔法というものだ。そんな何でも思い通りになる力なら、誰だって欲しいと思うだろう。どんなことでも自分の思い通りに出来るのだ。魔法使いにだってそんなことは不可能である。
「オレに出来るのも難しくないことが大半で、例えば……」
今すぐに出来るようなものはなんだろうと考えて、テーブルの上の教科書やノートが目につく。これで良いかと小さく詠唱をすれば、触れていないのにそれらは宙に浮かび上がる。
「魔法なんて言っても、こういうちょっとした力でしかないんだぜ」
「……それも普通の人にとっては十分不可思議な力だと思うのだよ」
魔法を解くと教科書やノートはテーブルの上に戻る。高尾にとってはこの程度のことでも、人間にとっては普通ではない力。だから魔法なら何でも出来ると勘違いされやすいのだろう。だけどこれにもきちんと理論は存在している。
「そこはオレ達魔法使いと人間の違いだな」
そしてその違いが、人間界に居る魔法使い達が自分達の素性を隠す理由だ。こんなちょっとした力でも普通の人には特別なものに見える。まあ、頭の良い魔法使いなんかはそれは多くのことをその力で実現出来るんだから魔法使いからしても特別だ。そういうのはどこの世界でも同じだろう。
「でも、魔法なんてなくても生活には何も困らないんだよな」
ここで話は振り出しに戻る。魔法はあれば便利だが、なくてはならないものではない。この世界に来る際に魔法を使っていた高尾が言えることではないかもしれないけれど、ここの人達はそういうズルをしなくても前に進んでいる。
それに、何でも魔法に頼れば良いというものではない。自分の力でやらなければ意味のないこともある。魔法使いなんてものは居なければ居ないで良いのだろう。
「お前は魔法が嫌いなのか?」
「いや、そんなことはねぇけど。何で?」
「なんとなくそんな気がしただけだ」
深い意味はないと緑間は言った。
そんな風に見えるものなのかな。別に魔法が嫌いでもないし、かといって好きでもない。というより、魔法というものがある世界で暮らしていたんだから好きとか嫌いとかいうものでもない。高尾にとって魔法は当たり前にあるもので、それ以上でもそれ以下でもない。
「あんま魔法を使わないのは、オレを見てくれた人がそういう人だったからだぜ」
両親がいなくなってからは自分で生きてきたけど、それを知ってる先輩が何かと気に掛けてくれていた。年は二つしか違わないけど、色々と世話になっている人である。ここに来る前も来る時も、それから今も。
その人が魔法ばかりに頼るものじゃないと教えてくれたから、高尾も私生活でそんなに魔法を使わないようになった。今はそれが役に立っているともいえる。
「ま、ここだとどっちにしろ大っぴらには使えないけど」
「使ったら大騒ぎになるだろうな」
「そんなことになったら絶対怒られるし呼び戻されるな」
まず真っ先に先輩に怒られそうだ。それで長にも呼び戻されて怒られて、大変なことになるだろうことは分かりきっている。誰もそんな馬鹿げたことはしない。しようとも思わない。
「魔法は何かと便利だけどさ、ないならないで誰も困らないだろうぜ」
私生活の殆どに魔法を使っているような人には困るかもしれないが、それでもどうにかやっていくことは出来る。いっそ魔法なんてなくなれば、平穏な生活を送れるのではないかとさえ思う。
けれど、魔法がなくなれば不便なことも多いのだろう。高尾もそちら側の人間なだけあって、なくても困らないけれどあれば便利くらいのことは思う。
「つっても、実際に魔法は存在してるんだからそんな話は無意味だけどな」
言い終えるなり高尾は何かを唱える。数秒後、そこに現れたのは手のひらサイズのぬいぐるみ。何もなかった場所から現れたそれは手品とは違う。これこそ本当に何もなかったところから生み出されたもの。この不思議な力が魔法。
「ラッキーアイテムは……流石にもういらないか」
視界の隅に映るぬいぐるみ。それが目に入ったからこそ、これが今ここにあるわけでもあるが。
「量があるに越したことはないのだよ」
緑間の答えに「そうか」と笑って、高尾はそのぬいぐるみをテーブルの上に置く。もしこれを緑間がいらないと言ったらどうするつもりだったのだろうか。そういうものは出す前に聞けと言いたい。出してしまったものを戻せとは言わないけれど。
「それにもやはり理論はあるのか」
「なけりゃ出来ねーよ」
どう見ても何もない空間から突然現れている。そこにどんな理論が存在しているというのか。
緑間も聞くつもりはないけれど、俄かには信じ難いことである。魔法使いである高尾が言っているのだから、そういうものなのだろうが。
「何か必要なことがあれば、真ちゃんになら力を貸すぜ?」
「馬鹿なことを言うな。ここでは使わないに越したことはないだろう」
いい加減休憩は終わりにするぞ、と言われて「もうちょっとくらい良いじゃん」と言ってみたが、終わらなかったら一人でやれと言われたらペンを取るしかない。
本当に緑間になら力を貸しても良いんだけどな、なんて内心で思いながら高尾は問題を解く。彼なら悪用もしないだろうから。とはいえ、緑間の言うことは正論だからむやみやたらに使うつもりもないけれど。
ここはどうやって解くのかと聞きながら宿題を片付ける。
これは、高校生である彼等にとって当たり前の日常。
不思議な力
(オレの考えが間違いだった、って気付いたのはお前のお蔭なんだぜ?)