偶然に偶然が重なって今この時間がある。本当なら十年以上前に終わっていたはずなのに。または数年前には確実に終わるはずだった。ここまで来るとしぶといというかなんというか。偶然に偶然が重なった上に、その時オレの近くにいた人達がみんな優しい人だったからだろう。
 つっても、幼い頃の彼は何も知らずの内にオレを助けていた訳だが。あれがなければとっくに死んでいたんだから偶然って凄い。そんなラッキーアイテムどこにあるんだよと文句を言いながら探すのに付き合ったりしたけれど、そのラッキーアイテムにオレは助けられてるんだよな。おは朝占いは色んな意味で凄い。


「ごめんね、真ちゃん」


 お前を縛ってしまった。この世界に、お前と一緒にいたいというオレの勝手な想いだけで。お前はそれを受け入れてくれたけれど、本当にこれで良かったのかと思わない訳じゃない。

 オレは緑間の傍にいながらも契約だけはしないでいた。契約をする気はなかった。契約をした時のことを考えたらしない方が良いという結論に達したから。
 結局、オレ達は緑間が高校一年の時に契約をして今に至っているけれど。高校三年間は二人でバスケをして、今は大学生の緑間を毎朝送り出している。オレは学生とか以前に人でもないから家で留守番。そんな日々を送っている。

 現在時刻は深夜三時過ぎ。流石にこの時間は緑間も寝ている。だからこそオレはここにいる。オレには睡眠時間なんて必要ないから。


「オレ、やっぱりお前に迷惑掛けてるよな」


 本人に直接言われた訳じゃない。でも、緑間の負担になっている自覚はある。大学生になっても色恋沙汰の話を聞かないのはオレがいるせいだと思う。いや、否定されるような気もするけど。
 実際、コイツはモテる。ちょっと変わってるところはあるけれど、それを差し引けば成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群と見事に並ぶような優良物件だ。女の子達が放っておく訳がない。高校の時も何度か告白されていたし、今だって告白ぐらいされているだろう。付き合っている人はいないみたいだけど。仮に誰かと付き合うことになったとして、緑間はオレと離れられない。それはやはり迷惑なんじゃないかと――。


「お前は何度迷惑ではないと言えば分かるのだよ」


 突然聞こえてきた声に体が跳ねる。この部屋にはオレともう一人しかいないのだから、必然的にそれはもう一人の声である。だけど今は夜中で絶対に寝ているはずの時間だ。起きているはずがないからこの時間を選んだというのに、とは思うだけに留めておいた。言ったら色々と不味い。


「真ちゃん、いつから起きて……!」

「最初からだ。お前はそんなにオレが信用出来ないのか」


 違う、とすぐに否定する。それは違うんだと。
 緑間のことを信用していない訳じゃない。むしろ他の誰よりも信用しているし、契約を交わした時の言葉を嘘だと思っている訳じゃない。だけど時々不安になるんだ。それは緑間のせいじゃなくてオレの弱さのせい。大丈夫だと分かっているけれど、どうしても不安が胸をよぎる。
 否定をしたきり黙ったオレに緑間は溜め息を吐く。くだらない心配はするなと。お前がオレを縛っているのならオレもお前を縛っているのだからお互い様だろうと、そんな風に言った。それは違うんじゃないかと反論しようとしたところで緑間には違わないと被せられる。


「そういうお前こそ、本当は契約をしなければ良かったと思っているんじゃないのか」


 くだらないことばかり考えているから、と言われたら否定できない。けれど契約をしなければ良かったなんて微塵も思っていない。
 オレは真ちゃんと契約して、これからもずっと一緒にいられると約束されている今が幸せだ。もういつか別れなくちゃいけないんだと怯えることもない。そりゃあ寿命というものはあるけれど、オレの力がなくなる心配もなければ緑間がオレを見られなくなるという心配もなくなった。寿命ばかりは仕方がないことだ。


「真ちゃんが契約してくれたから、オレは今もお前と一緒にいられる。でも…………」

「オレは、そう話すお前がいつか勝手に契約を解消していなくなるのではないかと不安になる」


 どうして、とは聞けなかった。聞かなくても考えればちゃんと分かることだ。緑間をそう思わせてしまっているのはオレの言動。そんなことないとはっきりいったところで、オレが変わらなければ緑間の不安はなくならないんだろう。オレが、弱いから。


「……ごめん」

「なぜ謝る。お前は何事も難しく考えすぎだ。昔からそうだろう」

「昔って、真ちゃんは覚えてないでしょ?」

「全く覚えていないわけではないことくらいお前も知っているだろう」


 覚えていないはずの記憶。それが夢という形で呼び起された。そこからオレ達の止まっていた時間が動き始めた。思い出さなければ良かったのに、思い出してくれたことを嬉しく感じてしまったオレはその時点で手遅れだったのだろう。
 ……違うか。もっと前だ。高校生はまだ子供だと数えたりしていた時点でもう駄目だったか。そもそも契約をしないで傍にいるという時点で普通から外れていた。もしかしなくても今更すぎるのかもしれない。


「真ちゃんが真っ直ぐなのも昔から変わらないね」

「それはお前の中のオレだ。いい加減に目の前のオレを見ろ。いつまでもオレは子供じゃない」


 そんなことは知っている。知っていたから時間は限られていた。小さい頃から大人びていたけれど、今は成人して本当に大人になった。子供として見ているつもりはない。かといって子供扱いをした覚えもないのだが、緑間はそう思っていないんだろうか。翡翠がじっとこちらを見つめている。
 オレが今の緑間と昔の緑間を重ねて見ているのか。それはないと思うけど、オレがそう思っているだけなのか?いや、やっぱりない気がする。なんかそういう意味で言われているんじゃないと思う。もっと別の意味、といってもそれが何かは分からないのだが。


「高尾、お前はいい加減諦めろ」


 諦めろという言葉が何に対して掛かっているのか。これまでの話を思い返しながら考えてみるものの、どの部分に対して言われているのか分からない。何を諦めろと言いたいのか。
 そう思っていたのが表情に出ていたのか、緑間の手がこちらに伸ばされる。普通なら触れられないはずのその手が頬に触れられたのは、オレが今実体を持っているからだ。どうしてわざわざそんなことをしていたのかというと、実体がなければ緑間に触ることが出来ないから。それを口にするつもりはないけれど、この姿をしている時点で緑間には気付かれているだろう。


「オレから逃げるな。オレはお前を手放す気はないといっただろう? これからもずっと、オレの傍に居ろ」


 変に遠慮をするな、と言われた意味は流石に分かった。身に覚えがありすぎる。
 契約をしているオレ達はある程度の距離しか離れることが出来ないけれど、迷惑にならないようにとオレは普段あまり緑間の近くには居ない。家に居る時くらいは一緒に過ごしたりもするけれど、常日頃一緒に居るという訳ではない。普通はそうなんだろうけどオレがそれを避けているから。
 でも、そういうことを考えずに近くに居ても良いんだろうか。いや、そんなことを考える時点で間違っているのかもしれない。真ちゃんはとっくに受け入れてくれてるんだから、もっとシンプルに考えて良かったんだと気付かされる。


「……真ちゃん、知ってると思うけどオレ相当お前に入れ込んでるよ?」

「そうだな。本当なら一緒に高校生活など送れなかったんだったか。だが、お前が居てくれて良かったのだよ」

「一緒に居たいのは本当だけど、お前が大切だからだけじゃないんだ。オレ、お前のこと――――」

「分かっている。分かっていないのはお前の方だ」


 だから何が。そう聞き返すよりも先に唇を塞がれた。お互いの熱が伝わる。熱が混ざり合う。真ちゃんにキスをされた。


「オレから離れられないのなら傍に居ろ。お前が居ないと不安になる。余計なことなど考えずにここに居れば良い」


 信じていない訳じゃなかった。一緒に居たいと思っていたのも本心だ。離れられないし、離れたくなかったし。たとえそれが彼を縛る枷になってしまうとしても、オレは契約をしてこの世界に居たかった。
 ずっと一緒に居たかった。この先も真ちゃんを見ていたかった。大切だから、好きだから。その気持ちを表に出すつもりはなかったけれど、どんどん大きくなるそれに近くに居るのが怖くなった。いつか緑間が結婚して家庭を持つ姿を想像しては胸が苦しくなって、彼の幸せを願っていたはずなのにそれとは違う感情も持ってしまっていた。
 一緒に居たいけれど、それを続けていたらいつか。そう思って勝手に距離を置いて、自分の選択が正しかったのか分からなくなった。でも、それらは全部間違いだった。


「ごめん、真ちゃん。もう迷わないから。お前と一緒に居るから、安心して」

「…………あぁ」


 改めて確かめ合う。分かっていなかったのはオレだけなんだろうけど。それを分かっていたからこそ伝えてくれた彼に心の中で“ありがとう”と告げる。
 あんなに小さくて大人びていた子が今では本当の大人になって。その真ちゃんの傍にオレは今も、これからも居られる。それもただ一緒に居るだけではなく、届かないと思っていた気持ちが通じるなんて夢なのかと錯覚しそうになるけれどこれは現実なんだ。

 ずっと大切だった。大好きな彼とこれからも。

 離れられないのは苦しめることではない。その逆なのだと漸く知ることが出来た。だから離れられないなんて言葉じゃなくて一緒に居られるという言葉に直そう。
 この契約はオレ達を一緒に居られるようにしてくれるモノなんだって。