「結局、二人が一緒に暮らしてる理由って何なの?」


 一度した質問ではあるもののまともな回答は得られなかった為にもう一度尋ねる。何かしらの理由があって二十六になった今でも一緒に暮らしているのだろうが、その理由とは何なのか。
 といわれても、正直大した理由なんてない。そこにあるのはありきたりな理由だけ。けれど、この十年間を知らない自分からしたら気になるものかと思いながら二十六歳である高尾は口を開く。


「一緒にいたいから、じゃダメ?」


 深い理由はない。ただ一緒にいたいから。それだけのことだ。
 だからずっとルームシェアを続けているのか、と言われるとそれはまた少し違う。ルームシェア、といえばルームシェアでもあるのだろう。言い方が違うだけでやっていることは同じようなものだ。実際、周りにもルームシェアだと言っている。
 それなら何が違うのかといえば、本人達的にいえばルームシェアというより同棲の方が近いのだ。結婚していない男女、ではないけれど二人が恋人同士であるということくらいは高校生の自分にも分かるだろう。彼等も恋人同士なはずだから。


「オレは今でも真ちゃんが好きだよ。だから高校卒業してからも一緒にいるし、こうして同じ部屋で暮らしてる」


 そういう答えでは納得出来ないだろうか。聞けばそんなことはないと十六歳の自分は首を横に振った。それは一緒に暮らしている理由としては十分な答えである。
 同時にやはり彼等も恋人同士だったんだなと思った。夫婦だと冗談を言ったりしていたことからも言われれば納得である。二人の指にあったリングもそういう意味なのだろう。この国での同性婚は認められていないけれど、彼等がお互いを愛し合っているというのはなんとなく見て取れた。


「意外だった?」


 十年後。大人になった自分達が今と変わらずに一緒にいること。バスケという繋がりがなくなっても隣に並んでいること。高校生だったあの頃は想像もしていなかった。
 あの頃は毎日バスケをして、ただ目の前を見て歩いていた。こんな日々がずっと続いたら良いなんて思いながら、いつか終わりが来るという現実から目を背けて。限られた時間を目一杯過ごしていた。一年先の未来さえ想像出来なくて、一日一日を悔いのないように過ごすだけで精一杯だった。
 二十六になった今でこそそう思うのだ。今がその高校生活真っ只中の自分からすれば、到底こんな未来は想像出来なかっただろう。一年先どころか数ヶ月先のことだって分からない。そんな中を必死で生きているのだから。


「意外、といえばそうかもしれねーけど」

「そういう未来だったら良いとは思った?」


 言いたいことが分かってしまうのも自分自身だから。いつまでも続かない、高校生活はたった三年。いつかは終わりが来ると分かっている。いくら気付かない振りをしていようが必ず終わりは来る。
 その時に自分達がどんな道に歩き出すのか。まだ高校生活を半分も終えていない高尾には分からない。高校生活の終わりと共に終わってしまうのか、それともその先も変わらずに一緒にいられるのか。
 そんな先のことは分からないけれど、この先も一緒にいられたら良いくらいのことは思っていた。本当に一緒にいられるかは分からないけれど、本当に一緒にいることを選んだ高尾が今目の前にいる彼である。


「まぁ未来なんて決まってるモンじゃねーしな。お前等がオレ達と同じ道を歩くかなんて分からないけど、自分の思ったままに生きるのも良いと思うぜ」


 これは先に十年分の人生を歩いてきた者からのアドバイス。色んなことをごちゃごちゃ考えるよりも自分の思うままに生きることも大切だと。
 確かに世間のことはある。何せ自分達は男同士だ。異性と付き合うことが当たり前の世界では生き辛いというのも事実だ。だが世間がどうだから、自分と一緒にいたらアイツは、なんてことばかり考えたってしょうがない。
 それでも高尾は緑間が好きで、緑間も高尾を好きだった。それだけははっきりしていた。世間体も大切かもしれないけれど、自分達の気持ちだって大切である。


「オレ達も色々あって今こうして一緒にいるんだけどさ、世間も大事かもしれないけど自分の気持ちも大事だから」

「それは、経験談?」

「お前が思ってるよりアイツもお前のこと大切に思ってるって話」


 こんなもんで良いか、と出来上がったカレーの味見を済ませる。飲んでみるかと小皿によそられたそれに口を付けてみると、辛すぎず甘すぎず。その中間、というのも違う気がするけれどカレーは程よい味に調えられていた。
 どうかと感想を求められて美味しいと答えると、それなら良かったと彼は笑みを浮かべた。この味に辿り着くまでには何度も試行錯誤を繰り返してきたのだ。辛いものが苦手な緑間に合わせて甘くしても、甘くし過ぎると高尾が物足りなかった。どうにか丁度良い味に出来ないかとカレーを作る度に試した結果がこれである。


「味の好みって難しいんだよな。カレーに限らず玉子焼きとか味噌汁とかさ」

「オレと真ちゃんだと好みが全然違うもんな」

「それで別れるとかって話にはなったことないけど、意見は分かれたな。つっても、アイツはオレが作ったモンはいつもちゃんと食べてくれたけど」

「愛されてるんだな」

「それはお前もだろ」


 二人とも好きになったのは同じ男だ。年の違いはあれどその彼が自分を思ってくれていることに変わりはない。年の違う高尾がどちらも彼を好きなように、彼等もまた二人の高尾のことが好きなのだ。そうでなければ恋人なんて関係にはなっていない。


「カレーも出来たしあとは適当にサラダでも作るか」


 ご飯も炊けているがカレーはあともう少しだけ煮込む。その間に出来ることといえばサラダを作るぐらいだろう。適当に野菜を盛り付けるだけのようなものだが、カレーだけというのも物足りない。大人になった二人はともかく、現役高校生二人はそれなりに食べるだろう。
 そうはいっても普通の男子高校生並みにという話だ。合宿のような大量の食事は練習の後でもなければ食べられない。それでもバスケから離れている二人よりは食べる。同じ自分なのだから人の家だからだと遠慮することもないし、バスケをやっている彼等にはちゃんと食べてもらいたいと思うのが昔同じ道を通った二人の思いだ。

 新しく野菜を出して切るその人を見ながら、食器棚の中から皿を取り出す。自分よりもずっと料理が出来るのは、それだけ料理を作ってきたからなのだろう。
 十年。高校生だった頃は実家暮らしだったんだろうが、それを差し引いたとしてもかなりの年数だ。十歳年上の自分は十六歳の高尾が知らないことを沢山知っていて、多くのことを経験した上で色んな話をしてくれたのだろう。


「十年って大きいな」


 ポツリと零れた声はすぐ傍の自分にまで届いていたらしい。高校生だったオレが社会人になるくらいだからななんて言いながら、その十年を歩んできた彼は自分の手元を優しく見つめた。そこにあるのは、おそらく未来の緑間が贈ったであろう先程のリング。


「お前もこれからオレと同じだけの時間を生きてくんだぜ?」

「分かってるけど、まだ実感がないっつーか……」

「同じだけ過ごせば分かるようになるって」


 何が、とは言わない。何が、とは聞かない。
 その代り、一つだけ別の質問をすることにした。


「アンタは今、幸せ?」


 聞くまでもないだろう。まだ僅かな時間しか共に過ごしていないけれど、隣り合った二人の様子を見ていれば彼等に特別な雰囲気があったことくらい分かる。それに恋人のことを話す自分を見ていれば聞くだけ野暮だとは分かっていたけれど、それでも聞いてみたくなった。
 勿論答えは決まっている。好きだから一緒にいるのだ。好きでそうすることを選んで、大切な人とこうして同じ空間にいられる。それで幸せでないわけがない。


「あぁ。だからお前も大切なものは手放したりするなよ」


 大切なもの。それは一体何を指しているのか。
 ――なんて分かりきっている。しっかり頷いた自分を見て微笑むと、こっちはもう出来るからカレーもそろそろよそってくれるかと頼む。
 その言葉で高校生の高尾は炊飯器を開けると先程出した皿にご飯をよそる。それからその上にルーをかければカレーの完成だ。

 カレーにサラダ。それから飲み物と。
 昼食の準備が整う頃、美味しそうな香りが部屋いっぱいに広がっていた。










fin