欲しいの物はないかと聞いても何もない。それなら行きたい場所とか、やりたいことはないのか。そう聞いても特にないという答え以外に返ってこない。こちらの質問の意図を理解しているソイツは、本当に何もいらないからと笑うのだ。今こうして一緒に居られるだけで幸せだからと。
 その言葉を疑っている訳ではない。それは奴の本心だろう。けれど、年に一度しかない誕生日くらい何かしてやりたいと思うのだ。何か、という部分が思いつかなかったから本人に直接尋ねたのだけれど。


(アイツが欲しい物、か)


 仕方なくもう一回自分で考えてみる。考えたところで答えが見つかる気はしないのだが、こうなったら自分で考えるしかない。一ヶ月前から考えても思いつかなかったことがそう簡単に見つかるとは思わないが、何か良い物はないだろうか。
 誕生日を祝おうとしてくれるその気持ちだけで十分だと奴は言った。たとえそうだとしても、見える形でも 祝いたいと思うのだ。アイツだってオレの誕生日にそうしたように。


(おそらく、どんなものでも喜ぶんだろうな)


 それがたとえコンビニで買った安い駄菓子でも、実用性のある時計のようなものでも。逆に高価なものだと値段を気にされるかもしれない。そうなることは避けるとして、値段や物なんて関係ない気がする。極端に言えば、その辺に咲いていた綺麗な花を渡しても喜んで受け取りそうだ。その前に笑われそうだが。
 アイツには欲がない。いや、全くない訳ではないのだが、一緒に出掛けてもあまり物を欲しがらない。これが気になる程度の話さえないから現に困っている。その点についてはお互い様なのかもしれないが。


(これで出会ってから十回目……になるのか)


 高校で出会った時から数えて十回目。それがオレの高尾の誕生日を祝った回数だ。アイツがオレを祝った回数もイコールだろう。高校一年のその日、誕生日だからちょっとくらい良いじゃんと帰り道でアイツが零したのがきっかけだった。
 ああ見えて意外と自分のことは話さない奴だ。今日誕生日なのかと聞いたら「まあな」とあっさり認めたが、あそこであのやり取りがなかったらいつ誕生日を知ることになったかは分からない。


『真ちゃんって卒業したら一人暮らしすんの?』

『そのつもりだが、それがどうした』

『ならルームシェアしない? オレも家出るし、一緒に住めば家賃も半分じゃん』


 卒業する数ヶ月ほど前だったか。アイツが持ちかけた提案に乗ってルームシェアを始めたのが大学に入る一週間前ぐらいのことだ。それから四年が経って大学の卒業を迎えたが、出て行く理由がないからとオレ達は共同生活を続けている。
 別にもう一緒に居る理由はない。ルームシェアをする時は家から大学まで遠かったから一人暮らしをするついでに一緒に暮らし始めた。けれど社会人になった今は会社までそれなりの距離があるし、もう自立しているのだからもっと良い場所に各々部屋を借りても良い。それをしない理由は……。


(そろそろ、はっきりさせても良いかもしれないな)


 出会ってから十年。時が経つのは早いものである。同じコートの上を走っていたのは今から七年も前のことだ。もうそんなに経つのかと思う反面。あの頃の記憶は鮮明に残っている。
 ボールが弾む音、バッシュのスキール音、手に収まったボールがリングを潜りネットを通り過ぎる音。バスケの道から離れて長いが、時々あの頃のメンバーが集まって顔を合わせたりバスケをすることもある。アイツのパスもオレのシュートも当時と比べれば劣っているが、あの感覚は今でも変わらない。

 あの頃。オレ達はただのクラスメイトでチームメイトだった。同時に友であり相棒でもあった。
 そんな相手に持つべきではない感情を抱いて、それを隠しながら過ごしてきた。だが、隠しているつもりでも隠せていないかもしれないとアイツを見て思った。


『ひっでぇな。オレはこんなに真ちゃんのこと好きなのに』

『……置いてくぞ』


 あ、待てよと追い掛けて隣に並ぶ。いつからか当たり前になったその場所。
 最初はその場のノリで冗談で言っていただけだった。オレも適当に流すだけだったその音が、響きを変えたのはいつだっただろうか。それでも冗談で言っていることに変わりなかったが、明らかに変わったそれを向こうが自覚したのはいつなのか。
 そんな細かいことはどうでも良いかもしれないが、そういったやり取りの中で気が付いたのだ。おそらく高尾も気が付いている。けれどオレ達は決まったラインを越えないようにしてきた。その理由も分かっている。


(まずはあそこか)


 目的が決まったのなら時間を無駄にはしていられない。ずっと考えていた。だけど当たり前になりすぎて機会を窺っていた。機会なんて作ろうと思えば作れたのだろうが、今という幸せに満足していた部分もあった。大学を卒業してからも互いに部屋を出て行かなかったのがその証拠だ。
 ある意味今更で遅すぎるのかもしれない。もしくは漸くというのかもしれない。アイツが変なところで一歩退くのは高校生の頃からだ。それならやることは一つ。



□ □ □



 カチカチと時計が時間を刻む。秒針と短針、長針の全てが重なった時。それに合わせておめでとうと告げる元相棒にありがとうと返した。
 何度も時間を確認した後のその言葉に思わず笑みを零しながら、そこまできっちりしなくても良いだろうと言えばそれでは意味がないだろうとのこと。本当、こういうのは性格が出るよなと思う。オレも人のことは言えないけれど。


「真ちゃんが一番初めに祝ってくれるのもこれで七回目?」

「大学に入ってからか」

「一緒に暮らしてるから日付変わって一番に会うもんな」


 高一の時は学校の帰り道。高二と高三は朝会った時。家族からのお祝いを除けば、高校時代も直接祝ってくれたのは緑間が最初だった。
 同じ部活で一緒に朝練に行っていたんだから当然といえば当然かもしれない。でも、毎年ちゃんと覚えていてくれて祝ってもらえることが嬉しかった。一年生の時も誕生日だって知ったら祝ってくれて、ちょっと驚いたけどそれもやっぱり嬉しかった。ルームシェアを始めてからは毎年こうやって一番に祝ってくれる。


「大学ン時にルームシェアしといて得だったな」

「たとえルームシェアをしていなくても誕生日くらい祝うのだよ」


 毎年メールしてくれんの? なんて架空のそれについて尋ねれば、毎年会いに行くと意外な答えで返された。あっても電話くらいかと思ったのだが、まさかそのような返しが来るとは思いもしなかった。


「それはまた熱心だな。愛されてんね」

「お前も変わらないと思うが」


 もしもあの時ルームシェアをしていなかったら。確かにオレも真ちゃんの誕生日には直接会いに行くかもしれない。流石に日付が変わる時間というのは難しいだろうが、都合が付けば行くかもしれないなとは思ってしまった。いや、精々電話くらいにしておくのが丁度良いのか。
 何が丁度良いのかって、それはまあ色々だ。一緒に住んでいる今の距離感で考えてしまったが、普通に考えれば友達の誕生日を祝うのに毎年そこまでしないだろう。そうかもなと肯定してしまった後では遅いけれど、先に言い出したのは向こうだから気にしなくても良いか。


「じゃあ、仮に来年ここに居なかったとしたら会いに来てくれんの?」


 そのままノリで問うてみると、あっさりと肯定された。否定されたらされたで悲しいものがあるが、こうも肯定されるのも変な感じだ。らしくない気がする。
 それも誕生日だからと言われればそれまでだ。高校時代からこれまで、お互いに色々言ってきた。時には派手な喧嘩もしたし、今更遠慮したりするような間柄でもない。昔から人の話も聞いていないようで聞いているんだよなといつかのことを思い出す。


「出て行くつもりなのか」

「いや、オレは出て行く理由ないし」


 大学を卒業する頃に一度だけそんな話をしたけれど、結局どっちもこのままで良いんじゃないかと言って今に至る。特に困ることもなければ、最初に提案したように家賃も半分で済むし家事も分担出来る。気兼ねするような相手でもないから一緒に暮らしていて悪いことはない。むしろ良いことの方が多いくらいだ。出て行く理由なんて一つも思い浮かばない。おそらくそれは緑間にしても同じだろう。


「それなら、この先もお前の誕生日は最初に祝えるな」

「これからもずっと祝ってくれるんだ?」

「お前がここに居るならな」


 それは同時に緑間もここに居ることになるのだが、こう言っているということはやはりそういうことなのだろう。オレの答えはさっき言ったばかりだから楽しみにしてると返した。

 ふと時計に視線を向けると、遅い時間でもないが規則正しい生活を送る緑間にとっては早い時間でもない。そろそろ部屋に戻る流れかなと思っていたところで聞き慣れた低音が「高尾」と呼んだ。
 その声に振り向くと、真っ直ぐにこちらを見る翡翠と目が合う。何かあるのかと待つけれど、なかなか先の言葉が続かない。それを不思議に思って「真ちゃん?」と呼ぶと、もう一度「高尾」と名前を繰り返される。


「どうかした?」

「オレは、お前に言っていないことがある」


 言ってないこと? 疑問を浮かべるが、本人が言っていないと言っていることをオレが考えたところで分からないのは当たり前だ。思い当たるようなこともない。
 何、と先を促すと翡翠は真剣な色で続けた。ずっと、聞いたことのなかったそれを。


「好きだ」


 聞き慣れた低音が聞き慣れない音を紡いだ。
 絶対に聞くことはないと思っていた。それで良いのだと思っていた。その視線の意味は知っていたし、オレも同じ気持ちだった。でも、オレ達は友達で相棒で同じ男だった。だからこのままで、この幸せがあれば良いと思っていた。
 驚くオレをよそに、緑間はさらに続ける。知っていたけれど聞いたことのなかったそれらを並べるのだ。


「いつからかは分からない。だが学生の頃からお前が好きだった。オレはこれからもずっと、お前と一緒に居たいと思っている」


 あまりに突然のことで正直、頭が追い付かない。でも、緑間の言葉が本気だってことは分かる。どうして急にと、整理の出来ていないままに問うと「今日だからだ」と答えられた。何が、という疑問の答えは自分ですぐに見つけた。


「……オレ、何もいらないって言ったんだけどな」

「オレがお前を祝いたかったのだよ。それに、いつかは伝えるつもりだった」


 それが今日になっただけだという風に簡単に言ってくれるけど、全くこのエース様は何を考えているのか。言えばもうエースではないと言われるんだろうが、オレにとってはいつまでもエースだ。秀徳の、オレにとってのエースはこの緑間真太郎という男ただ一人。
 ただ一緒に居られれば。同じ気持ちを抱いていながらも考えていることは違ったらしい。まあ当然なことだ。人はそれぞれ考えを持っている。だから何度も喧嘩したし、そうやってお互いを知っていった。


「もう出会ってから十年になるけど、人生ってまだ先は長いんだぜ? そんな台詞、男のオレに言って良いの?」

「お前だから言っているんだろう。お前以外に言うつもりもない」


 これ以上の出会いは二度とないと信じて疑わない。十年も付き合ってれば緑間のことなんて分かりきっている。多分、同じだけ緑間もオレのことを分かってる。その上で言っているのだ。
 十年も付き合っても分からないこともあるけれど、緑間が言っていることをオレ自身も思ってしまっているのだからどうしようもない。というより、既に十年も一緒に居ることが全てだろう。お互いに分かりきった上で、オレ達は一緒に居ることを選んでいたのだから。


「高尾」


 お前はどうなんだって、聞かなくてもオレの答えなんて知っているんだろう。このままで良いと、今のままで良いと思ってきた。でも、お前がそれを言葉にしたのなら。


「好きだよ、真ちゃん」


 高校生の時から。いつの間にか好きになっていた。
 今までにも好きだと言ったことは何度もあるけれど、冗談抜きでこの言葉を伝えるのはこれが初めて。ずっと隠してきたから。そうやってしか伝えることはないと、ついさっきまで思っていたのに。世の中とは何が起こるか分からないものだ。

 ……いや、違うか。
 真ちゃんが一歩踏み出してくれたから、やっと本気で伝えることが出来たんだ。


「オレもずっと、お前と一緒に居たい」


 だから、の先は全部飲み込まれてしまった。ファーストキスはレモン味なんてことはなかったけれど、触れ合った唇は熱く、ほんのりと甘かった。
 離れた後はどちらともなく微笑んで、お互い分かっていたのに長かったななんて零したらそうだなと同意が返ってきた。でもまあ、これで良かったんだろう。高校生の頃は今にして思えばまだ子供だったし、大学生の時だって完全に自立していたとは言えない。必要な時間も確かにあったのだ。


「あーあ、これからどうやって寝るんだよ。もう深夜回ってるぜ?」

「どうせ休みだろう。お前が寝るまで付き合うのだよ」

「誕生日だから?」

「お前が好きだからだ」


 どうせオレもすぐには寝られん、と付け足されたそっちが本音なのだろう。これからこんな毎日になるのかと思うと心臓に悪い。だけど、思っていた以上に言葉で伝えられるそれを嬉しいと思っている自分がいるのもまた事実で、なんだか複雑だ。
 でも、嬉しいものは嬉しくて。これから先もずっと、緑間の隣に居られるんだと思うとやっぱり幸せなんだ。そんなオレが緑間にまた驚かされることになるのは、数時間後の話。







のを

(あの頃から好きだった。同じ気持ちだということも知っていた)
(だから伝える。今日と云う特別な日に。そして……)