ばど 番外編





 雨が降り風が吹き。そういえば天気が荒れるという予報が出ていたと思い出す。加えて雷注意報なんていうものも気象庁は出していたのではないだろうか。警報まではいかないにしても、先程からずっと黒い雲がゴロゴロという音を鳴らしている。この空に雷が光るのも時間の問題だろう。
 どうしてこの雨の中で外に出なければいけなかったのか、という疑問は考えてはいけないのだろう。かつての同級生でありバスケを通して競い合ったライバル達が、この地に揃っているということで呼び出しの連絡が入ったのは数日前。そのままバスケを続けた連中はアメリカでプレーをし、滅多に帰ってくることがない。だからこそ集まろうという話になったのだろうが、全員の時間が合う日が限られているにしてももう少しどうにかならなかったものだろうか。
 別に昔の仲間に会いたくなかったわけではない。この機会に会おうと提案した中学時代の主将の意見には賛成だ。しかし、天気が天気である。集まった場所は室内とはいえ、これから天気が悪化することは目に見えていた。


「あれ、今日はもっと遅くなるんじゃなかったの?」


 ガチャ、と部屋のドアを開けるとそんな声が聞こえてきた。とりあえずドアの傍にある電気のスイッチを入れることにする。遅くはない時間だが、太陽も出ていないこの天気のせいで部屋の中は真っ暗だ。
 どうして電気も点けずに暗い部屋に居たのか。ただ単に電気を点けるのが面倒だったからではないだろう。たかがそれだけのことを面倒で行動に移さないような奴ではない。どちらかといえば、暗くなれば電気くらいすぐに点ける方だ。それならば、なぜ電気を点けないのか。


「これから雷が酷くなりそうだったからな」


 言えば一瞬目を丸くしたが、すぐに小さく笑みを浮かべて「そっか」とだけ返される。
 この男――高尾和成とは、高校を卒業してからもずっと付き合いが続いている。大学に入学するのをきっかけにルームシェアを始め、社会人になった今でも一緒に住んでいる。
 今日は休日ということもあり、緑間がキセキの世代と呼ばれていた連中の元へ出掛けている間。この天気なのだから高尾は一人家で過ごしていたのだろう。片方が出掛けているなんてよくあることであり、一人で留守番が出来ないような年齢ではない。それは分かっているが、緑間が天気の悪化を理由に途中で抜けてきたのは、高尾が家に居たからに他ならない。


「もうあれから十年は経つんだけど?」

「十年経とうと変わっていない奴が何を言うのだよ」

「別にオレも好きで変わらないわけじゃねーよ。ついでに、今は昔ほど酷くねーし」


 何の話かといえば、現在も窓の外で鳴り響いている雷のことだ。高尾が雷を苦手としていることを緑間は高校一年の時に偶然知った。当時も苦手とはいえそこまででなければなんとか大丈夫だと本人は言っていた。それは今も変わらないらしいが、大丈夫の範囲はある程度までらしく完全に克服は出来ていない。
 そのことを知ったのは、大学時代に雷が酷かった日のことだ。別の大学に通っている二人は、当然授業の時間も違う。その日は緑間の方が帰りが遅かったのだが、家に帰っても居る筈の男の姿が見付からない。けれど靴があるのだから家に居ることは間違いなかった。暗い家の中を順番に探していき、電気も点けずに一人小さくなっていた高尾を見つけた。「まだ苦手だったのか」と零すと「こればかりは治らないかも」などと力のない笑顔で答えたのだ。
 そんな奴を放っておくことも出来ず、それからというもの雷が酷い時は出来る限り緑間は高尾の傍に居るようにしている。今回もその為に途中で抜けてきたのだ。


「ごめんな、真ちゃん。せっかくみんなと久し振りに会ったのに」

「別に構わないのだよ。会おうと思えばまたいつでも会える」


 緑間が自分の為に早く帰ってきてくれたということは分かり切っている。口にはしていなくても、雷の日に傍にいてくれる緑間が自分の為に抜けてくれたと理解するのは容易いことだ。
 久し振りに会ったのだからゆっくりして来れば良かったのに。そう思いながらも、早く帰ってきてくれたことには感謝している。緑間が傍に居てくれると、なんでか安心出来るのだ。今も緑間が居てくれるお蔭で、外では鳴っているであろう雷があまり気にならなくなっている。


「真ちゃんって凄いよな」


 ポツリと呟かれた言葉は緑間にも届いていたようで、急にどうしたのだと尋ねられる。なんとなく思ったことを声に出しただけで特に深い意味はない。ただ、一緒に居るだけで安心出来る相手というのもそう多くはないだろう。そんなことをふと思っただけのことだ。
 そのまま伝えると、お前は何を言い出すんだとでも言いたげな表情をされる。安心出来る相手なんて元から多くはないだろう、と緑間から聞くには意外のような正論で返された。


「確かに、親友とかも多いもんじゃねーしな」

「お前は多そうだが」

「そうでもないけど?てか、少ないもんだって話だったじゃん」


 それはそうなのだが、高尾の場合は多くても不思議ではない気がする。とはいえ、広い付き合いをしている割にあまり深入りはしていないということは長年の付き合いで知っている。誰とでも仲良く過ごし、ムードメーカーのようなタイプではあるけれども。その実、心を開く相手はそう多くはない気がするというのは緑間から見た高尾だ。実際に間違ってもいない。もう十年もの付き合いなのだから、そのくらいは理解している。
 だが、親友なんて多い必要はないのだから別に良いのだろう。それこそ、この話題の通りである。ちゃんと理解しあえる相手が一人でもいれば十分だ。そして、その相手は。


「やっぱり親友っていうと真ちゃんかな」

「それを言うなら相棒じゃなかったのか?」

「だったら恋人でしょ?」


 高校時代にはバスケ部で相棒として一緒に過ごしていた。バスケから離れた今は相棒という関係ではないけれど、それをあえて出してきたのは、次の言葉を言わせようとしただけだろうと勝手に高尾は解釈している。ふっと笑って「そうだな」と返されたあたり、この想像も正しいのではないだろうか。
 そんな話をしていると、窓の外が白く光ったかと思えば続けてゴロゴロと雷の轟く音が響く。カーテンを閉めているから光の方は殆ど入ってこないが、音はしっかりと耳に届いており高尾は見て分かるくらいにビクッと体を縮めた。
 それを見た緑間は、何も言わずにただ高尾を抱きしめた。これが安心させる為であることは、もうとっくに知っている。近くにある体温に安心して、遠くで聞こえる雷のことなど意識しないようにさせてくれる。


「これだけは本当に直りそうにないな」


 背に回した手をあやすように動かしながら呟かれた言葉に高尾は苦笑いを零す。幼い頃よりは良くなっているのは事実だが、これ以上は克服出来ないだろうと高尾自身も感じている。克服しようとして出来るものではないのだから仕方がないと諦めている。
 直るに越したことはないとはいえ、どうしようもないのだ。雷なんてものはそう頻繁に起こる自然現象でもないのだから、その時だけ何とかしのげばどうにでもなる。加えて、今は一緒に居てくれる親友……もとい恋人も居るのだから一人で怖がることもない。


「ずっと真ちゃんが傍に居てくれればいいのに」


 そうすればこの先も安心だな、なーんて。
 胸の中でおどけた調子で話した高尾に、緑間は思わず手を止めた。不思議に思って「真ちゃん?」と顔を上げたのに合わせ、緑間は左手を顎に添えてそのまま自然と唇を合わせた。


「言われなくてもそのつもりだったが、形にしないと伝わらないか?」


 口角を持ち上げてそんなことを尋ねてきた緑間に、高尾は頬をほんのりと赤に染める。そして、柔らかな笑みを浮かべながら「そんなことねーよ」と答える。
 でも、形にしてくれるのは嬉しい。思ったままに答えると、緑間は優しげな表情を見せた。互いの想いは形にせずともしっかり通じ合っているらしい。それでも、形にすることで幸せを実感することも出来る。だから、時には形にすることも必要なのだ。


「これからも一緒に居てくれよな?」

「当然だ」


 それを聞いてまた口付けを交わす。
 外の音は一切聞こえない。二人だけの世界。二人だけの空間。

 どんなに苦手なものだって、大切な君がいてくれるのなら何の問題もない。君さえ居てくれれば、怖がることもなく安心してこの時を過ごすことが出来るのだ。

 だから、この先もずっと一緒に居て?
 当たり前なのだよ。心配せずともお前と共に歩んでいくつもりだ。

 オレにとって、大切な――――。










fin