好きです、付き合ってください。
学校という場所を使って行われる告白。教室、校舎裏、屋上。定番の告白スポットは結構ある。告白した方は緊張して返事を待つんだ。告白された方が何を思っているかはその時によって違うだろう。最初から告白だと分かっていて行くヤツもいれば何も気付かずそこへ行くヤツもいると思う。
オレの場合は後者だった。そもそも告白されるなんて思ってもいない相手からの告白だ。今だって返事をどうするかなど考えず全く違うことを考えている。いや、それも考えてるぜ。告白されたからには。でも。
「一応聞くけど、罰ゲームかなんか?」
念の為にという意味だったのだが眉間に皺を寄せられて、ああやっぱり罰ゲームとかではなく本物の告白だったのかと納得する。
それはそうだよな、と先程の告白を思い出しながら考える。何を考えるかって、自分の生徒をどうやって断るかだ。教師が生徒に手を出したらただの犯罪である。生徒に告白されるとか本当にあるんだななんてずれたことも少し思った。
「どうしてオレなの? もっと綺麗な先生とか居るじゃん。可愛い子だって沢山居るし」
「それでも先生が好きだからです」
いや、うん、まぁそういうことになるのか?なるのか。そういう意味で聞いたんじゃなかったんだが、本当にどうしてオレなんだろう。オレのどこにそんなに惹かれたんだろうな。単純にそれは気になる。
人に好意を向けられるというのは普通に嬉しいことだ。それがどういったものであれ自分の何かを好きになってくれたってことだろう。そんな風に思ってもらえるのはありがたい。でも、その行為に教師として答えることは出来ない。
「ありがと。気持ちは嬉しいけれど、オレはお前の気持ちを受け取ることは出来ない」
どの言葉を使うべきか悩んだけれど、普通に言ってしまうのが一番良い気がしてそう答えた。これで分かってくれれば話は早いんだけど、そうはいかないんだろうな。オレだってもうコイツ等を見るようになってから二年だ。一人一人の性格もある程度は分かっているつもりである。何より、コイツのことはオレもよく知っている。
「オレが子供だからですか」
「いや、普通に教師が生徒に手を出しちゃダメだろ」
お前はオレを犯罪者にでもしたいのかと問えばすぐに首が横に振られた。だから断るのは当然だと話すと、それなら卒業してからなら良いのかと聞かれた。ああいえばこういう、というのはこのような現象を指すのだろう。そんなことを言ったってダメなものはダメだ。
大体オレもお前も男なんだけど、ってそれくらい分かってるか。ついでに何歳差あると思ってるんだ。八歳だぜ?お前が小学校に入学した年にオレは中学を卒業する年齢だ。改めて考えてみると凄い年齢差だな。
「それならどうすればオレの気持ちを認めてくれるのだよ」
「どうやっても無理。つーかさ、普通に真ちゃんモテるでしょ」
女の子に呼び出されたりとかしてるの見たことあるし。言えば彼、緑間はそれとこれとか関係ないだろうと話した。まぁ関係ないけれど、オレじゃなくてももっと素敵な人が居るだろうという意味だ。しかし緑間はそれでもオレが良いのだと言う。
こんなに熱烈な告白って滅多にないよな。オレって今物凄く珍しいことを経験している気がする。じゃなくて、子供相手しているとかではなく本当にオレとなんて無理というか駄目だと思う。色々な意味で。
「真ちゃん、オレじゃなくてもっと別の可愛い子にしなって」
「オレは恋愛相談をしに来たのではないのだよ。お前が好きだから好きと言っている」
「って言われてもさ……」
教師としても困るし、一人の男としても困るし、何よりお前のご両親に申し訳がないんだけど。
オレは教師として以前に一人の子供として緑間の両親と出会っている。ぶっちゃけご近所さんだ。オレが真ちゃんのことをよく知っているのもその為だ。八歳差もあれば頻繁に遊んだりということはなかったけれど、親同士が昔からの知り合いだったらしく仲が良い。その流れで自然とオレ達も関わりがあった。
だから正直なところ、そんな緑間からの告白にはかなり驚いた。オレが緑間を知っているだけ緑間もオレのことを知っている。学校で出会ってからの一部分を見ただけで言っているのではないことも分かっているからこそ余計に。
「嫌なら嫌だと答えれば良い。今更言うのを躊躇するような関係でもないだろう」
「それをお前の方から言うのね」
自分から言うのは嫌ならばっさり言って欲しいということか。これまでのオレの答えはオレ自身の答えというより世間一般的に考えて、みたいな答えばかりだ。
実際、オレ自身の答えがどうとかいう以前にその問題がある。世の中には決して結ばれない恋というのもある。本人達がお互いを愛し合っていても周りがそれを許してくれない環境であるという場合、どんなに好きでも別れの道を選ぶことになったりする。
仮にオレが好きだと答えたところでオレ達の辿り着く場所はそこでしかない。だからそう言っているのに、緑間はそれでは分かってくれない。それがオレの本当の気持ちならともかく、世間がどうとかで断られるのは嫌だと言うんだろう。全く、困ったことになったものだ。何に一番困っているって、それが嫌ではない自分にだ。
「これまでの返事じゃ不満?」
「それはお前自身の答えじゃないだろう。嫌ならはっきり言ってくれた方が良い」
そうしたらもうこんなことは言わないから、と話す緑間の声は心なしか震えているような気がした。
そっか。これでも緑間にとっては真剣な告白だったんだもんな。同じ男の教師に、近所に住んでいる兄のような立場のオレにその気持ちを打ち明けるのはそれなりの覚悟も必要だったんだろう。覚悟なんて安い言葉で片付けていいのかも分からないが、今のオレにはそんな言葉しか出てこなかった。
オレは緑間が嫌いなわけではない。生徒としても、近所の可愛い弟としても。人としても彼のことは好きだ。どういう意味か、なんて聞くだけ野暮だろ。
「真ちゃん、お前がなんて言おうとオレには答えられない」
それは、オレがお前の教師だから。教師で居る間は教師のままでいなければならない。それだけは本当にいけないことだから。
でも、それはイコールでオレが緑間を嫌いという意味にはならないし答えるつもりがないのも違う。今はまず答えてはいけない立場に居る。だからなんと言われようとオレは本当の答えを出すことは出来ない。
「教師と生徒が禁断の橋を渡っちゃダメでしょ。お前が子供だからとかじゃなくてオレの生徒だからだよ」
今オレは高校二年生の担当をしている。来年はそのまま三年生の担当だ。受け持つ生徒は変わるかもしれないけれど、その中の一人に緑間もいる。オレのクラスの生徒でなかったとしてもオレは緑間のクラスにも授業を教えに行く。この学校に居る間はずっと、緑間はオレの生徒なのだ。
つまりどういうことか。本当の答えが知りたいというのなら、お前が生徒でなくなった時でなければオレは答えてやることが出来ないということ。
「オレが卒業した時には、お前の答えを聞かせてくれるのか?」
「卒業してもまだ、オレのことが気になったらね」
人の気持ちは変わるものだ。残り半分の高校生活の中でオレ以上に惹かれる人と運命の出会いを果たすかもしれないだろ。世の中何が起こるか分からないんだから可能性はゼロじゃない。
でも、もしお前の気持ちが変わらなかったのならオレの気持ちを伝えよう。大切な生徒、弟のような存在でもあり、愛おしい存在でもあるということを。
「もし知りたかったら卒業式の後で屋上に、な?」
それだけを言ってオレは教室を後にする。オレにも仕事はあるからな。生徒も殆ど居なくなって職員室に戻ろうとしたところで呼び止められたのだ。たかが十分程度のやり取りで帰る時間が遅くなったりもしないからそれは構わないのだが、もうすぐ会議が始まる時間だからさすがに職員室に行かなければ不味い。
普通にお前の気持ちは嬉しかったよ。好きだと思ってくれたこと、それを伝えてくれたこと。でもオレ達の間には色んなものがありすぎる。それが一つ消えた時、お前の気持ちが変わらなかったならこれらを全て伝える。その時は何も隠したりはしない。
(アイツ等が卒業する時の楽しみが一つ増えたな)
自分の教え子が卒業してしまうのはきっと寂しいだろう。オレにはまだ経験がないけれど、それでも教師になったからにはこれから何度も経験していく。オレもいつかは慣れるんだろうか。そんなことを思いながら廊下を歩く。
この窓から見える木が白い花でいっぱいになるその季節を彼と迎えるのはあと2回。いや、最後は蕾で終わるだろうか。遠いような近いような未来はきっとすぐにやってくるのだろう。
君が卒業するその時まで
(この気持ちは胸の内に留めておこう)