「高尾、お前本当はオレのことが好きじゃないだろう」


 いきなりの緑間の発言に思わず「は?」と聞き返せば、目の前の男は平然と「好きだと言っているだけだろう」なんて言いやがった。一体どうしたらそんな考えになるのか。要するにオレの言う好きは恋人同士のそれではなく友達同士のあれだっていうのか。

 そりゃ、オレはお前と付き合う前からお前のことを好きだって言っていた。その時は普通に友達として好きだと繰り返していたのは事実だ。
 でも、今はちゃんとお前をそういう意味で好きになって好きと伝えている。だけど、お前には伝わっていなかったのだろうか。


「何言ってんだよ真ちゃん! オレはお前が好きに決まってんじゃん!」


 できるだけ平然としながら伝えてはみるものの「友達としてだろ」と返される。だから何でそうなるんだよと言いたいが、言ったところでお前がそういう意味で言っているからなのだよとか言われるに決まってる。そんなわけないってオレが言っても聞いてもらえないと思う。
 どうしてそう思うって、オレがそれだけ緑間と付き合ってきているからだ。恋人同士になってからはまだ数ヶ月だけれど、友人としてなら一年以上も付き合っているんだ。コイツがどういう性格なのかくらい分かっている。


「オレは真ちゃんのことそういう意味で好きだぜ?友達でもあるけど、オレ達ってその……恋人でもあるんだし」

「恋人ではあるが、友達だった頃と大して変わっていないだろう」


 それはそうかもしれないけど、男女のカップルだってそんなすぐには変わらないだろう。付き合っていきなりキスしたり手を繋いでデートをしたり、なんてのはないと思う。多分。
 オレも健全な男子高校生ですし、女の子とお付き合いをしたことがないわけじゃない。高校に入ってからは全くだけど中学の時には何人か。あまり長くは続かなかったけれど、時々デートといって遊びに行ったぐらいじゃないか。手を繋いだりもそこまでしていない気がする。


「友達と変わらないっていうけど、実際そんな変わるもんじゃねーだろ。それとも真ちゃんは恋人同士になったら何か変わると思ってたの?」


 緑間は恋人をそういうものだとでも思っているのだろうか。いや、世間にはそういうカップルもいるかもしれないけれど。俗にいうバカップルとかいう奴な。そういう人達はいつでもどこでもイチャイチャしてるよな。もっと場所を考えろとか思うけど、本人達にはお互いしか見えていないんだろう。


「逆に聞くが、お前は何も変わらないと思っているのか?」

「何もじゃないけどそこまでは変わらなくね? 真ちゃんは?」

「友達から恋人だぞ。変わらないわけがないのだよ」


 そうですか。つまりあれか。緑間的には今のこの関係は友達と変わらなくて恋人と呼べるものではない。だからオレの言う好きは友達同士で言うような好きだと思われているということか。
 それなら勘違いされてしまうのも仕方がない……んだろうか。緑間のいう恋人っていうのは好きだって伝えたりデートをしたり、手を繋いだりキスをしたりとか。そういう恋人としか出来ないことをたくさんしてるイメージなんだろう。それくらいしないと恋人としての好きだとは認めてもらえないってことなのかな。


「真ちゃん? オレはそんなに恋人らしいことをしなくてもお互い好きなら恋人だと思ってるんだけど……」

「友情の好きでは恋人にはなれないのだよ」


 だからそれは違う。もう何回否定したと思っているんだ。緑間がオレのことをそう思っているっていうのは分かったけど、それは一度置いておいて欲しい。そうしないと話が進まないから。


「オレは友情じゃなくて恋愛の意味で好きだし、その、恋人らしいことも少しずつはしていけたらいいなとは思ってる」


 どうしてこんなことを言っているのかも分からないけれど、言わなければ緑間には伝わらない。言っても伝わらないかもしれない。でも、言わなかったら絶対に伝わらないから言葉にする。
 恋人らしいことっていっても、オレ達はまだ付き合って数ヶ月なんだし。そういうことは少しずつっていうか、徐々にっていうか。急に変わるなんて無理だろ。

 ……だって、ずっと好きだった人と漸く付き合えるようになったんだ。
 時間をかけてってわけじゃない。でも、今はこうして一緒にいられるだけでもオレは幸せだ。恋人らしいこともしたいとは思うけど、今すぐにとは思わない。だから、なんて言えばいいのかな。


「恋人って言ってもさ、人によって付き合い方は違うだろ? オレ達はオレ達のペースでいいんじゃないか?」


 それが一般的な恋人としては遅いのかもしれないけれど、いきなりは無理だ。緑間が嫌いとかじゃなくてオレの心の準備が出来ていないというか、まだ恥ずかしくてキスだって出来ていないくらいなんだから。
 でも、緑間がそういうことをしたいっていうならオレなりには頑張る。頑張るけど、今すぐにあれもこれもはできないからちょっとは待って欲しいっていうか。


「真ちゃんのことはそういう意味で好きだ。今のままじゃ恋人っていえないなら恋人っていえるように努力する。だから……」

「分かった。もういいのだよ」


 はっきり告げられた言葉に肩が揺れる。もういいって、やっぱりそういうお付き合いの仕方じゃ駄目だったんだろうか。
 こういうのは価値観の違いってやつだからな。それが合わないと駄目なのかもしれない。たとえば目玉焼きに何をかけるかで喧嘩になるとか聞いたこともある。そういう根本的なことって大事だもんな。オレが緑間が好きだけど、そういうことならしょうがない……か。

 そう考えていたところでいきなり手を引かれる。あまりに唐突な行動にそのままオレの体は動き、緑間の腕の中に収まった。


「そういう顔をするな。別れるとは言っていない」


 あれ、違ったのか。これまでの流れからしててっきりそういう話だと思ったんだけど、それならどういう話だったんだろう。


「お前にはお前のペースがある。無理にとは言わない」

「えっと、それじゃあ真ちゃんはまだオレと恋人でいてくれるの?」

「当たり前だ。そもそもお前を手放す気などないのだよ」


 んん?それじゃあどうしたこんな話になったんだ?
 一度振り返って考えてみよう。そもそもこんな話になったのはオレが緑間のことを好きではないだろうと緑間が言い出したことが始まりだ。それをオレが否定して、さらに緑間が否定した。恋人同士の好きだと主張するオレと友達同士の好きだと主張する緑間。そこから恋人というものがどういうものなのかという話になっていったんだと思う。
 それで今さっきの発言。緑間はオレを手放す気などないと言っていた。オレの好きが友情だったとしても恋人同士でいたいとかそういう話だったのか?いや、それは違うよな。けれど、それならどうしてだ。


「真ちゃん? オレがお前のこと友達として好きって言ってると思ってたんだよね?」


 確認のために聞いてみる。答えはイエス。やっぱり間違っていなかった。だけど何かおかしい気がするもののそれが何か分からない。本人に聞くしかないだろうか。


「それってさ、なんかおかしくね?」

「何がだ」


 何って言われても困る。それが分からないから聞いているんだ。
 オレが色々考えすぎなだけだろうか。何もないならそれでいいか。別れずにこれからも一緒にいられるなら、それはオレにとって幸せなことだ。細かいことはもう気にしないでおこうか。
 そう思ったところで、緑間が小さく笑ったのが聞こえて顔を上げる。オレが疑問の目を向ければ「すまない」とだけ返されてますます疑問が増える。


「お前が可愛かったからつい、な」


 可愛いって、オレは女じゃないんだから言われても嬉しくはないんだけど。どこをどう見て可愛いなんて感じたのか。気にはなるけど聞くのもな。自分のどこが可愛いっていわれてもオレには分からないし。
 しかし気になるものは気になる。それを言葉にする気にはなれなかったから目だけで訴えてみると、こちらを見た翡翠が優しく細められた。


「意地悪して悪かった。お前の気持ちは分かっているのだよ」


 意地悪?え?それってどういうこと。まず何が意地悪だったのかさえ分からない。
 混乱しているオレをよそに、緑間はさらに続ける。


「以前はよく好きだと口にしていたが、恋人になってから減っただろう」

「それはその……恋人になるとなんか恥ずかしいじゃん?」

「だが、たまには言って欲しい時もある」


 だから卑怯だとは思ったがお前の好きは友達の意味なんじゃないかと聞いた……って、つまり今までのこれは全部嘘だったということか。嘘というより緑間の演技、というべきだろうか。
 そんなことはどうでもいい。だけどそれって、オレに好きだと言わせたかったってことになるんだよな?それでオレはまんまと嵌められて好きだと伝えることになった、と。

 確かに付き合い始めてからオレは以前ほど緑間に好きだとは言わなくなった。言わなかったのではなく、言えなくなった。前は冗談で言えたけれど、今は本気でしか伝えられない。それに緑間が恋人だと思うとなんだか恥ずかしかった。
 それで好きと伝える回数は自然に減ってしまったのだ。だけど、だからってこれはどうなんだ。オレは緑間が好きだけど、これはずるいんじゃないだろうか。本人も卑怯だとは思ったと謝罪してくれたけど。


「…………真ちゃんの意地悪」

「だから悪かったと言っているだろう。オレもお前が好きなのだよ」


 そう言って緑間は柔らかい唇を額に落とした。まだオレがキスさえ恥ずかしがって出来ないからだろう。これも恥ずかしいは恥ずかしいんだけど、嫌ではない。だって、オレは緑間のことが好きだし。


「オレのことが嫌いになったか?」

「……そんなワケねーじゃん。オレもそういう意味で好きだから」


 ふっと笑った緑間はそのまま優しい手つきで髪を撫でた。それが心地よくてオレはそっと瞳を閉じた。この大きな腕の中がオレには丁度いいみたいだ。







言っ

つい意地悪をしてしまったけれど、それも君が好きだから。