「言葉にしなくても考えてることが分かったらな……」
ぽつりと零された言葉に顔を上げると、呟いた本人は窓の外へと視線を向けていた。とりあえず急にどうしたのかと尋ねてみると、そうすれば今よりもっと色んなことが分かるだろうと。
確かに考えていることが言葉にしなくても分かるのなら、相手の気持ちを今以上に知ることが出来るかもしれない。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけれど。
「分かる訳がないだろう」
良いか悪いか以前に現実ではまず有り得ない。だからはっきりと否定をすれば、もしもの話だと色素の薄い瞳がこちらを見た。
だが、もしもなんて所詮は空想でしかない。どんなに考えたところで現実になることもないのだから意味のない話だ。しかし、それでもそう思うことくらいあるだろうと高尾は話す。別にないと返しても引き下がらず今までに一度くらいは思ったことあるだろうと。
「誰だって思ってること全部なんて口に出さないじゃん?」
「それはそうだが、その言葉はそのままお前自身に返ってくるんじゃないか」
誰だってというからにはそこに高尾も含まれるだろう。実際、高尾だって思ったことを全てそのまま話したりはしない。それこそ誰だってそうだろう。
けれど高尾はそれはそれだと軽く流して話を続ける。自分で振った話題だろうと思えどあえて突っ込む気にもならず、緑間もそのまま話を聞くことにする。なんだかんだでまだ話の本題まで辿り着いていないのだ。
「真ちゃんってあまり好きとか言わないだろ? だからそうなれば真ちゃんの気持ちもよく分かるかなって」
くだらないと一刀両断すると大切なことだと頬を膨らまされた。意思疎通は大事かもしれないが、何も言葉にするだけが全てではないだろう。
高尾とてそれは分かっているけれど、たまには言葉にして言ってくれたら良いのにと思うのだ。要するに、思っていることが分かったら良いのにという話ではなく、緑間にもっと気持ちを言葉にしてもらいたいという話だったという訳である。それならそう言えば良いだろうと緑間は思うが、言いたいことが分かったのなら話は早い。
「つまり、オレがもっと言葉に出して伝えれば良いということか」
「まぁ、そういうことになるかな。だって、いつもオレばっか好きとか言ってる気がするし……」
その辺は性格的なものもあるだろう。高尾の場合は普段からそういうことを言っているから、学校でも友達としてだったり冗談として周りも受け取ってくれる。だが、緑間が同じようにしたら周りにも本気で取られそうなものだ。
勿論全く気持ちを伝えない訳ではないけれど、時と場所を考えると自然とそうなってしまうというだけのことである。好きという気持ちはどちらも同じだと言葉にしなくてもお互いそこは分かっている。それでもこうして話題に出したのは明確なものが欲しくなったから。
「そんなに知りたいのか?」
「そりゃ、普通は恋人がどう思っているかくらい知りたいっしょ」
お前は違うのかと聞き返されて、今度は否定出来ずにそうだなと肯定を返す。それを聞いた高尾は、だからたまには言って欲しいのだと続けた。
緑間だって高尾のことは好きだ。本人がそれを望むのなら言葉にだってする。今二人が居るのは教室だが、放課後で他の生徒はもう残っていない。だからこそ高尾も話題を振ったのだろう。分かったと頷くと緑間はゆっくりと口を開いた。
「高尾、好きだ」
「うん」
「笑っているお前が好きだ。いつもパスを出してくれてありがとう。お前のパスがなければあの連携技も完成しなかっただろう。お前のような相棒に出会えたことに感謝している」
考えていることと一言でいってもそれが一つとは限らない。緑間が高尾に対して思っていることだって一つや二つで片付けられるような量ではない。二人は恋人である以前に友達であり相棒であり。言葉にしていない気持ちも一つや二つではない。
「だがあまり無理はしすぎるな。お前の目は色々なことが見えすぎる。少しは自分のことも考えろ」
これも緑間が高尾に対して思っていること。とはいえ、無理をするのは他人の為だけに限らない。自分ことに関してもそうだ。上を目指すのは良いことだがそれで無理をし過ぎては意味がない。
それでも。強くなりたいという気持ちは緑間だって同じだ。だから二人で強くなろうと決めた。秀徳が勝つ為に、一人ではなく二人で。
「人に頼れというのならお前も人を頼ることを覚えろ」
この言葉は高尾が普段口にしているものだ。けれど緑間からすれば本人にも言いたいことであった。
頼ったり頼られたり、そういうことを出来るのが相棒という関係ではないのだろうか。いや、友達でもなんでもそれは変わらないだろう。辛い時は辛いと言えば良い。逆に、楽しいことは分かち合えたら良い。後者は言うまでもないだろうが。
そう話した緑間は小さく笑って、そういうところも含めてお前なのだろうなと最後に付け加えた。そして、そんな男を好きになったのだと。
よく見えるから小さなことにも気が付いて気遣いが出来、空気が悪くならないように上手く立ち回ったり。自分のことに関しては疎いところがあるが、いつだって笑っていてどんなことも楽しんでいる。高尾和成とはそういう男だ。
「それと、オレはこの先もお前を手放すつもりはない。だから余計なことも考えるな」
言い切った緑間に高尾は「あ、うん」となんとか頷いた。歯切れの悪い答えに疑問を投げれば、いや……と僅かに視線を逸らしながらまさかこんなに話してくれるとは思わなくてと答えた。話して欲しいと言ったのはお前だろうと言えば、そうなんだけどとやはり歯切れが悪い。
「思っていることを言って欲しいんじゃなかったのか」
「思ってることっていうか、お前がオレに言いたかったことじゃねーの?」
「同じことだろう」
最初は思っていたこと。途中から言いたかったことも含まれていたがどれも緑間が考えていたことではある。それを聞きたいと言ったのだからこれでも間違いではないだろう。
もう気は済んだのかという問いに高尾が頷くのを確認すると緑間は止めていた手を再び動かし始める。どうして放課後の教室に残っているのかといえば緑間が日直だからだ。この日誌を書き終えることが最後の仕事である。だから高尾もこうして緑間が書き終えるのを待っていた。ただ待っているのが退屈になって零れたのが冒頭の台詞である。
(つーか、最後のはまた随分と凄い告白だな……)
好きと言葉にされなくても緑間が自分を好きでいてくれていることは分かっている。それでもたまには言葉で聞いてみたくて言い出したことだったのだが、この先の未来のことまではっきりと言い切られるとは思っていなかった。
かといって別れるつもりもなかったが、高校を卒業してからのことは進路でさえまだ決まっていないくらいだ。バスケという繋がりがなくなっても友達であることに変わりはないが、今のように一緒に居ることはまずなくなる。自分達がどうなっていくのかは未知の領域だった。
けれど、緑間の発言からするに向こうは卒業してからもずっとこの関係を続けていくつもりなのだろう。高尾もそうあれたら良いのにと思ってはいたけれど。
「ねぇ、真ちゃん」
何度も邪魔をしては悪いかとも思ったが今更だろう。何だと律儀に返しながら緑間は日誌を書き終わらせるべくシャーペンを走らせている。相変わらず綺麗な字だなと思いながら高尾は口元に小さく弧を描く。
「卒業してからもずっと隣にいさせてくれるならさ、いつかその証をちょうだい?」
世間では給料三ヶ月分なんていわれているそれ。同性婚の認められていないこの国で結婚することなど出来ないし、そういう関係であるというだけで世間の風当たりは強いだろう。
それでも相手が好きだからこそ付き合っていて、一般的な幸せが手に入らないとしても一緒にいたい。他人がどうであれ自分達にとってはこれが幸せだから。式を挙げたり籍を入れたりは出来ないし構わないけれど、せめてそれくらいなら許されるだろう。だから。
「ああ。無論、お前もくれるのだろう?」
「当然!」
お互い相手とは対等でありたい。同じ男なのだからしてもらうばかりというのも嫌なのだ。そんな相手のこともちゃんと分かっている。学校でも部活でも四六時中一緒に居るような仲だ。お互いのことはそれなりに知っている。それでもまだ知らないことは多いのだろうが、これから過ごしていくうちに知っていくのだろう。
教室に誰も居ないのを良いことにどちらともなく口づけを交わすと小さく笑みを浮かべる。それから改めて伝えるのだ。
「好きだよ、真ちゃん」
「オレも好きだ、高尾」
他人の考えていることは言葉にしてくれなければ分からない。言葉にせずとも分かっていることもあるけれど、たまにはそうして気持ちを伝えてもらいたいもの。
好き。
短いその言葉をその口から聞けるだけでこんなにも満たされる。それほどまでに彼に恋をしているということだろう。
君を好きなキモチ
(今話したことも全て本当だけど、お前を思うこの気持ちは言葉では表せないほどなのだと)
(そう言ったらお前はどんな顔をするだろうか)
お誕生日祝いとして差し上げたものです。
普段はあまり言葉にしない緑間ですが本当はちゃんと高尾のことを想っています。