高校三年生にもなれば進路をどうしようかという話にもなる。後に進路が決定し、自宅から通うとちょっと遠いんだよなとか話して。一人暮らしをするならルームシェアの方が家賃も半分で済むしお得じゃないかという話になり、どちらの親もお互いに相手のことを知っていたからすぐに了承をもらえて決定。
二人で部屋を探しに行き、お互いの大学の中間くらいの位置にある部屋を借りた。そして春からスタートする大学生活と同時にオレ達のルームシェアは始まった。
(……ワケなんだけど、オレ達って友達だよな?)
または相棒。いや、元相棒というべきか。とにかくそういう関係だったはずだ。
別にそれを疑っているわけじゃない。それも間違いなくオレ達の関係を表している。だけど、いつからかオレはそんな奴に恋心を抱くようになった。どうしてアイツなんだとか、オレもアイツも男なんだけどとか、そういったことはこの恋を自覚した時に一通り考えた。今だって付き合っているわけではない。友達としてルームシェアをしてるだけ。
しかし、普通は友達にキスなんてしないと思う。思うというかするわけがない。罰ゲームや不慮の事故でなかったとすれば、それは相手に気がなければ有り得ないだろう。
オレの常識が正しければ、恋人でも何でもなく好きでもない相手にキスをする奴はいない。少なくともこの日本という国では。ただ、逆にいうとキスをされるのはそういう意味があると考えられるわけで。
(事故、でもないよな)
そもそも寝ている相手に事故でキスをするって何だ。その時点でどう考えても故意的だろう。普通に考えれば分かることだ。でも、その普通に当て嵌めていいものかどうか。
とはいえ、いくらあの緑間でも好きでもない奴にキスはしないだろう。嫌われているわけじゃない。それなりに親しくもある。そういう意味で好かれているかどうかなんてオレが知るわけないけれど、多分そうだとは思う。時々、オレを見る視線が熱いから。
「つーか、真ちゃんはオレが起きてたこと知らないんだよな……」
狸根入りをしていたわけではないけれど、キスをされた時に起きたのは本当だ。勿論、その後は緑間が部屋を出て行くまで寝たふりをしていた。起きていたなんてバレたらどんな反応をしたら良いのか。どっちみち、今こうして悩んでいるんだけど。
「どうすっか…………」
このまま気付かなかったことにしていつも通りに過ごす? それも出来ないことはない。これが一番自然だとは思う。向こうは気付いていなかったんだし。
だけど、オレは緑間が好きだ。高校生だった頃からずっと。もし緑間もオレが好きだというのなら、この気持ちを伝えてみるというのは有りなんだろうか。
(いや、駄目か。男同士だし。でもオレにキスするってことは、やっぱり真ちゃんも)
オレのことが好きなんだと思う。お互い、なんとなく分かってはいた。それでも男同士という壁や今の関係を崩すのが怖くて先に踏み出せなかった。緑間のことはどうか分からないけれどオレはそうだった。
友達としてルームシェアをするのも良いけれど、好きな人と同じ屋根の下。何も考えずに居ろという方が無理な話だ。当たり前だけど表には出していないが。
(とりあえず、アイツが帰ってくるまでに考えよう)
いつまでも寝てるわけにもいかない。ここのところ遅くまでレポートを作っていたからって気遣ってくれたんだろうけど、普通に起こしてくれても良かったのに。まあ、起きれなかった奴の言う台詞ではないけど。
ちらりと時計を見てオレはベッドを抜け出した。
□ □ □
夕方。帰ってきたルームメイトを迎えていつものように他愛のない会話をしながらリビングへ。まだ夕飯には早い時間だ。おしるこを飲むかと聞いてみたら二つ返事で返ってきた。これは高校の時から変わらない。
ああでも、ルームシェアをするようになってからはたまにだけどオレが作るようになった。何気なくおしるこのレシピを検索して、これなら作れそうだなと作ってみたのが始まり。流石にいつもというわけにはいかないけれど、美味しいと言ってもらえるから作り甲斐もある。
「はい、真ちゃん」
「ああ」
今日は手作りのおしるこ。いただきますと両手を合わせて食べる緑間を横から眺めながら、オレもさっき淹れたコーヒーを口にする。内心、どうしようかと今も悩んでいる。言うべきか言わないべきか。
言ったら最後、今の関係は崩れるだろうけれど両思いだから心配することはないと思う。だが、言わない方が良いことではあるだろう。今のままでいられるなら今のままの方が、と思う部分もある。
でも、オレだって男で目の前に好きな人がいるわけで。向こうも自分を好きだと分かっているのに諦めるなんていう選択は。
「高尾」
呼ばれて慌てて「何?」と聞き返す。するとどうかしたのかと尋ねられた。何か考えていたというのはバレているらしい。
さて、ここで何と答えるべきか。――なんて、オレの中で答えは一つに決まった。
「……真ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
「何だ」
言う機会がなかったから、ではなく言うようなことではないと思ったから言わなかった。これはオレ達のどちらも同じだろう。
それでも、この気持ちが変わることはなかった。しかも両思いで、家から大学が遠いからという理由だけで始めたルームシェアだけど、相手はずっと好きだった奴で。もう言わない理由がないだろ。
「今朝、何でキスしたの……?」
オレがそう言った途端、緑間は目を大きく開いてこちらを見た。まさか起きているとは思わなかったのだろう。起きていたのかと聞かれて肯定を返した。
すると緑間は気まずくなったのか視線を逸らした。それから「起きているのなら言え」と呟かれるのが聞こえたが、オレだってどうしたら良いのか分からなかったんだ。それは無理な話である。
「なあ、どうして?」
頬を赤く染めた緑間がちらっとこちらを見る。オレも顔に熱が集まるのが分かる。あまり見られたくはないけれどお互い様だろう。それにここで逃げたら意味がない。
「それは、お前が…………」
オレが?
その疑問の先を聞くよりも前に、目の前の男はオレの唇を塞いだ。今度のキスは朝のように触れるだけではなく、もっと深い口付け。
「お前が、好きだからに決まっているだろう」
離れたと同時にそう告げられた。こんなに顔を赤くした緑間を見るのは初めてだなんて思ったけれど、多分オレも似たようなものだ。恥ずかしさに負けたオレは僅かに顔を背けて言う。
「好きだからって、真ちゃんそれ順番逆じゃね?」
「う、五月蝿い! お前が起きていたのが悪いのだよ!」
「オレのせいかよ!?」
好きだからキスをした。キスをする理由なんて罰ゲームや不慮の事故でもなければそんなものだ。それ以外の理由なんてやっぱりなかった。
普通は好きだと伝えてからキスをするんじゃないだろうか。それは緑間にしても同じ考えだったようだが、仮にオレが寝ていたとしても告白する前にキスをしていることに変わりはないんじゃないか。そんな風に思ったけれど、まあ細かいことなんてどうでもいいか。
「じゃあ、もう一度やり直そうよ」
何をって、告白からキスをするそれを。
小さく笑って翡翠にそう伝えれば、翡翠は真っ直ぐにこちらに向けられた。同じようにこちらも見つめれば、二つの視線が交わる。
「……好きだ、高尾」
「うん。オレも好きだよ、真ちゃん」
そう言って今度はどちらともなく唇を寄せた。
三度目のそれは、甘くて熱い。そんなキスだった。
キスから始まる関係