「和成!」
急に後ろから飛びつかれるというのは意外と大変なんだな、と少々場違いなことを考えながら振り返る。少なからず体格差があるのに倒れなかったのは、向こうが加減をしていたからだろう。それ以前に、どうしていきなり飛びつかれたんだとは思ったがきっと理由はない。何せ相手は――――。
「ちょ、いきなりは危ないだろ!」
「大丈夫だって。バスケやってるんだし筋肉もあるじゃん」
そういう問題じゃない、と自分よりも十歳ほど年上の己に文句を言うが全く気にした様子はない。まぁオレだしな、と思うくらいには十六歳の高尾自身も同じような思考回路を持っている。
「ところで、今日はちゃんと真ちゃんに祝ってもらった?」
どうやら本題はこれのようだ。飛びついた後ですぐに離れた未来の自分は、ニコニコしながらこちらを見ている。主語が抜けていようと今日の日にちと祝うという単語で言いたいことは明確だ。
今日は十一月二十一日。高尾の誕生日だ。その日に祝ってもらったのかと聞かれているのだから、要するに誕生日の話だろう。わざわざ緑間の名前が挙がっているのは、高尾が緑間と所謂恋人同士であるからだ。それは高校生の方に限らずなのだが、聞き返すよりも先に自分が答えるべきかと高尾は口を開く。
「そりゃあ、まぁ…………」
「どうした? 何かあったの?」
歯切れの悪い年下の自分に疑問を抱く。別に何かあった訳ではないのだが、かといって特別何かがあった訳でもない。勿論おめでとうとお祝いはしてくれたし、それはとても嬉しかった。けれど、それを自分相手にどう話せば良いんだというのが高校生の高尾の心境である。
そのまま言えば良い話でもあるが、年齢は違えど自分自身のことだから社会人であるこの男も分かっているはずなのだ。緑間だって年齢が違うだけで同じ人間なのだから、その彼がちゃんと祝ってくれるということも分かっている。それでいて質問しているのだから、返答に悩んでしまうのも仕方がないだろう。
「いや、ちゃんと祝ってもらったけど。そういうアンタはどうなんだよ」
「オレも同じかな。案外覚えててくれるんだよな、誕生日」
それはやはり、彼の緑間真太郎のことを言っているのだろう。十年も多く生きている彼等は、それだけ誕生日というイベントを迎えている。たった二回のこちらとはその数が違うけれど、緑間が誕生日を忘れずにいてくれているという事実はどちらも変わらない。
「和はさ、真ちゃんに甘えたりしてる?」
今度は別の質問が飛んできてまた頭を悩ませる。甘えているかどうかは分からないけれど、緑間の優しさに助けられたりすることはある。いや、甘えていることもあるかと考えてとりあえず肯定で返す。
そんな自分を見ながら、でもまだ付き合ってそんなに日も経ってないもんなと社会人の高尾は思う。素直に甘えられるようになるにはまだ短いかと。それは幼い自分にしてもそうだが、その自分と同い年の緑間にしてもそうだ。初めのうちはそれくらいが丁度良いのかもななんて懐かしく思うと笑みが零れる。
「恋人同士なんだからお互い素直になれよ」
「……努力はするけど、お互いって言うならオレだけに言ってもしょうがなくね?」
「お前が素直になれば真ちゃんも素直になるよ」
何を根拠にと言われたら困るけれど、自分が本心を話せるようになる頃には相手も本心を話してくれる。そういうものなのだ。お互いに信頼し合えるというか、相棒でもある彼等にあえて説明する必要もないことだろうけれど。おそらく今はまだ素直に甘えたり出来ないんだろうなと、人生の先輩として一言アドバイスをしたまでである。
「まだ若いもんな。人生まだまだこれからか」
「アンタも人のこと言えないくらい若いと思うんだけど」
「そう? でも今バスケやったらお前等みたいにはいかないぜ」
それは年齢的なものであり、バスケから離れているからという理由でもある。時々バスケをしたりはするものの、あの頃のようにいかないのはしょうがないことだ。
だが、二十代なんてまだまだ若い方だろう。十代の自分達と比べているから若いなんて言葉が出てくるだけで二十代は十分若い。人生の半分も生きていないくらいなのだから、親くらいの年齢の人達に言わせればどちらも子供である。この場にそう言ってくれる人は居ないけれど。
そんな話をしながら、今日で二十七歳になる高尾は「あ、そうだ」とまだ伝えていない言葉を思い出す。
「誕生日おめでとう、和成。これからも真ちゃんと仲良くな」
ここまで話してからでは今更という感じがするけれど、誕生日を祝うのに時間なんて関係ない。その気持ちが大切なのだ。日付が変わった瞬間に一番に祝おうとしてくれるのも嬉しいし、一日が終わるギリギリの時間でも今日中に祝おうとしてくれるのは嬉しい。
つまり祝ってくれること自体が嬉しいのだ。それがいつであろうと、誰であっても自分の生まれた日を祝ってもらえるというのは幸せなことである。だから、その言葉に同じ言葉をそのまま返すのだ。
「ありがとう。アンタもおめでとう」
「うん、ありがと。自分に祝われるとか変な感じだけど、こういう誕生日も良いな」
「……そうだな」
普通には有り得ないことだけれど、ここではそれが起こっているのだ。それならこの状況を楽しく過ごすのが一番である。自分自身を目の前にして祝うなんて滅多にないことだけれど、せっかくの機会なのだからお互いにお祝いしてより良い誕生日にすれば良い。そして、その為に必要不可欠な人達も揃っている。
「和成」
「高尾」
幾らか違う音、けれど慣れ親しんだその声。
振り向いたそこに立っているのは二人の恋人である。今日という日を一番にお祝いしてくれた二人にとって一番大切な人。
「待たせて悪かった」
「全然待ってねーよ。和と話してたから楽しかったし」
「また困らせたりしてないだろうな」
「真ちゃん人のこと疑いすぎ。普通に話してただけだって」
な、と振られて高校生の高尾はすぐに頷く。本当に何もされていないかと大きい方の緑間に心配されるが、今回は本当に何もなかったから大丈夫だと返す。こういうといつもは何かされているみたいに聞こえるかもしれないがそんなことはない。ただ少しからかったりすることはあるけれども。
そんな二人のやり取りはこの現象が起こってから既に何度か見ている。高校生の二人からしてみれば仲が良いなというのが正直な感想だ。楽しげに話している様子でその仲は一目瞭然である。
その様子を眺めながら、ふと視線を相手に向ければかちりと目が合う。そのまま高尾の方が小さく笑みを浮かべれば、つられるように緑間も口元を緩める。
「お二人さん、そろそろリビングに戻ろうぜ」
せっかく色々と準備してくれたんだし、と言えばこちらの二人もすぐに返事をして移動をする。準備というのは緑間達が用意してくれたこの料理のことだ。高校生の緑間はまだあまり料理が出来ないけれど、社会人である緑間は苦手ながらも全く出来ないというわけではない。ケーキは勿論買って来たものだが、それ以外のものは二人がわざわざ用意してくれたものである。
「高尾、お前も誕生日おめでとう」
「え? あ、ありがとう」
「……おめでとうございます」
「緑間もありがとな。こんなに祝ってもらえてスッゲー幸せだぜ」
こんな誕生日はもう二度とないかもしれない。そう思うくらいに幸せな誕生日だ。
まずこの状況が普通では有り得ないのだから二回目はないと考えるのが妥当だ。けれど、どちらの世界でもその日にこの恋人は自分の誕生日を祝ってくれるのだろう。そんな人が傍にいてくれることが幸せで、会えなくても彼等も同じように過ごしているのかと思うと喜ばしい気持ちになる。
でも今は四人でその時間を過ごすのだ。限られた四人で過ごせる時間を楽しもう。
大好きな恋人と、年の離れた別次元の自分達。そのみんなに祝ってもらえる素敵な一日。
恋人と自分ともう一人の彼と
過ごす特別な一日