足りない。でも駄目だ。まぁなんとかなるだろう。
 そんなことを思ってなんとかならなかったのがある日の放課後のことだった。部活を終えてそこから残って自主練をしていたオレ達。これは不味いと思ってちょっと部室に行ってくると体育館を抜け出した先で緑間に見つかった。確かについさっきまで体育館に居たはずなんだけど、オレの様子がおかしかったからついてきたらしい。
 心配してくれたのには素直に嬉しい。だけど純粋に喜べない理由があった。なぜなら、オレは本当はただの人ではないから。


「……真ちゃん」


 自主練を終えた後の部室。残っているのはオレ達だけだ。先輩達も鍵は返しておけよと言って先に帰ってしまった。だから部室には二人だけ。
 じっと緑を見つめると溜め息を吐きながら緑間はオレのすぐ前までやってきた。そして制服のワイシャツを止めていたのを中断してもう一度外してくれる。


「さっさとしろ」


 それだけを言った緑間の肌を見つめる。そして、オレはその白い肌に顔をうずめた。緑間の綺麗な肌にオレはそっと歯を立てる。緑間が痛みに小さく声を上げたのが聞こえたが、オレはただひたすら血を求めた。

 オレは人ではない。それではなんなのか。
 多分言葉だけでは信じられないだろうがオレは人間と吸血鬼のハーフだ。ハーフだから太陽の下でも生活出来るし、人間と同じ食べ物を食べながら生きていける。けれど、それだけでは生きていけない体でもあった。本物の吸血鬼のように人の血が主食ではないけれど、時々人の血を摂取しなければ生きていけない。

 とはいえ、人の血なんてどうやって摂取しろというのか。その辺の事情は秘密だ。まぁ方法はないわけじゃない。人間から直接貰わなくてもどうにかなる。だが、そう頻繁に摂取できるわけでもない。時には血が足りなくて体がつらくなることもある。緑間にバレたのはそんな時だった。
 緑間が言うには、その時のオレは相当酷い顔をしていたらしい。碌に頭の働いていなかったオレに誤魔化す手段はなく、信じてもらえないとは思いつつも本当のことを打ち明けた。オレの話をただ静かに聞いてくれた緑間は、全部聞き終わってから人の血があれば良いんだなと自分の体を差し出した。
 いくら自分がヤバい状況にあったとしても友達に、相棒にそんなことが出来るわけない。最初は断ったけれど、そのままではお前が持たないのだろうと言われては返す言葉もなく。それからオレは時々緑間を頼るようになった。


「……っはぁ、ごめん真ちゃん」


 オレは純血の吸血鬼じゃない。だから人から直接血をもらったとしても致死量まではいかない。もともと人の血はあまり必要のない体だ。もらうのはほんの少しだけ。


「なぜ謝るのだよ」

「だって、やっぱこんなの嫌だろ」


 相棒に頼むことではない。だけど緑間は求めれば差し出してくれる。生きていくのにそれが必要なのだろうと言って戸惑いもしない。人がご飯を食べるのと同じだっていうのはその通りだけどなんか違う気がする。それを言い出したら人だって動物や魚を食べて生きているという話になるのだが、そういうのとはまた違うじゃん。緑間にとっては気にすることでもないらしいけど。


「お前だったら同じことを言われたとして、それが誰とも分からない赤の他人でも血をやるか?」

「え? っと、それは……命に係わるなら考える、かな」

「それはお前が自分と同じような人間を見つけたから思うことだろう。お前がただの人間でそういうことを知らなかったとしたらどうだ」

「ええ? んー……全然知らない人でしょ? それならやらないかもしれないけど」


 それとこれと何の関係があるのか。つまりそういうことだってどういうことだよ。もっとオレにも分かるように説明して欲しい。難しいことを言われたってオレ馬鹿だから分からねーよ。
 すると緑間は先程の言葉に補足をしてくれた。誰とも知らないような奴には自分の血をやろうとは思わないだろうと。献血とかはまた別の話だ。あれとこれとではまた違う。オレ達は直接人間の体に噛み付いて血をもらう、比べようもないくらいの差がある。


「じゃあ、真ちゃんはオレのことを知ってるからこんなことしてくれんの?」


 これまでの会話からそう読み取って言えば、どうしてそうなるのかと突っ込まれた。けど、普通に読めばそういうことになるよな…?それともオレが変な解釈をしているのだろうか。ここまでの流れでは誰が聞いてもそうなるとは思うんだけど、と緑間を見る。本日二度目となる溜め息を吐きながら、だからと緑間は更に説明を加える。


「ただの他人にこんなことをするわけがないだろう。知り合いだとしてもそれなりに親しい奴でなければこんなことしないのだよ」


 言われてみればそう、かもしれないな。それなりに親しい間柄でなければそう何度も協力したりはしないか。しかも相手はあの緑間だ。それだけオレが緑間にとって親しい人間であるということなんだろうか。それならそれで嬉しい。今度のはそう読み取って間違いないだろう。これこそ他にどう読み取れというのか。言えば否定はされるんだろうけれど、それが照れ隠しであることくらい相棒として付き合ってきたオレには分かっているから問題ない。


「そっか。そうだな。ありがと、真ちゃん」

「もう大丈夫なのか」

「おかげさまで。さっさと着替えて帰ろうぜ」


 誰のせいで中断したと思ってるって?オレのせいだってことくらい分かってる。悪かったってと謝りながら学ランの袖に手を通す。脱いだシャツは適当にエナメルの中にぶちこんで片付けを済ませる。なんてことはない。いつも通りである。違うのはほんのたまに、そうやって血が必要になるだけ。
 だけ、なんて言えるようなものでもないけれどそれ以外は何も変わっていない。きっとこれからもオレ達はこの関係のまま変わらないのだろう。


「高尾」


 呼ばれて「何」と振り返ると同時にぶつかる唇。あまりに唐突な行動に驚いているオレと、そんなオレを見ながら楽しげに緑間は笑う。


「オレがお前に血をやるのは親しいからという理由だけではないのだよ」


 それがいったい何を意味するのか。いや、この場合はそれが意味するものなんて考えられる可能性はかなり限られている。友達として、という可能性もあるけれど緑間がそんなことをするわけがない。
 それならどういう理由があって?考えられる可能性はそれこそ有り得ないだろう。どうかしている。けれど、親しい以外の理由ってなんだ。


「高尾、さっさとしろ。いい加減に出ないと怒られるぞ」


 ガチャリとドアを開けて先に部室を出る緑間の背を慌てて追いかける。いきなりあんなことをして驚かせたのはどっちだよ。その意味くらい教えてくれたって良いんじゃないか。このままではその意味を探してオレは一人考えることになりそうだ。やるだけやって終わりなんて卑怯だ。


「おい緑間、さっきの……」

「そのままの意味だ。あとはお前の好きにとれ」


 それって結局どういう意味なのか分からないんだけど。とりあえずオレに自分で考えろって言いたいのか。それなら今日一晩かけて考えてやる。その代り明日ちゃんと答え合わせしろよ、なんて言えば楽しみにしていると言われる始末だ。意外というかなんというか。まぁ、ここまで言われたらその意味をたっぷり時間をかけて考えるとしよう。
 自転車置き場までやってきてリアカーじゃんけん、といきたいところだけど今日はナシ。こういう日はじゃんけんなしでオレが漕ぐと決まっている。それくらいしかオレには出来ないから。とはいっても、じゃんけんをしたところでオレが負けるんだけどな。

 さてと、先程の緑間の行動の意味。その意味の答えを家に帰ってからゆっくり考えよう。期間は明日まで。それまでに正しい答えを導き出せるのか。出せなかったとしても明日本人に正しい答えを聞けば良い。
 そんな言われ方をしたらオレの好きにとらえちゃうんだけどな、と思いつつオレは自転車を漕いだ。







(好きでもない奴にやると思っているのか、馬鹿め)