「好きって言うのと、キスするんだったらどっち?」
唐突にそんなことを尋ねてみると、呆れた顔で翡翠がこちらを見た。お前は一体何を言っているんだ、とその目が訴えている。こっちは至って真面目に聞いているんだけれど。
「だから、好きって言うのと――――」
「二度も言わなくて良い」
意味が通じていないのならもう一度言おうと思ったのだが、そういうことではないらしい。まあ、それは分かっていたけれど。
緑間が言いたいのは、どうしてそんな話になったんだということだろう。あとはくだらないって言いたいのかもしれない。何を馬鹿なことを、と自分で考えて虚しくなるけど。
「なあ、真ちゃん」
「…………とりあえず、病院に行ったらどうだ」
「ひっでぇな! 恋人に対して」
「お前が変なことを言い出すからだろう」
だからって病院に行けはないだろう。人のことを何だと思ってるんだ。ここでいつかのインタビューの時のように下僕だと答えられても反応に困るが、恋人だと答えてもらえるより確率が高そうな気がするのは恋人として如何なものか。
まあそれはさておき、本題に戻ろう。オレは緑間にこの二つのどちらかを選んで欲しいんだ。どうしてかって? そんなことわざわざ説明する間でもないだろう。
「両方とは言ってねーじゃん。どっちか片方くらい良くねぇ?」
「何がどうなって良いことになるのだよ」
そこは恋人だからで良くないだろうか。少なくとも、オレは恋人だからこんなことを緑間に尋ねている。
言ってしまえば、緑間からそういった恋人らしいことが殆どないのだ。オレは好きだという言葉は何度も口にしているし、キスだってそれなりにしたことがある。だけど、緑間からは今までに何回あったか。おそらく片手で足りるくらいの回数だろう。
「だって、真ちゃん全然そういうこと言ってくれねーし、してくれねーじゃん」
遠回しに、でもなかったけれど。こうやって話していてもオレの言いたいことは伝わらない気がして、結局直球で言葉にした。こう言えば流石に緑間でも分かるだろう。
「そんなこと…………」
「ねぇの?」
緑間の言葉を遮って問う。すると緑間は考え始めたが、オレの記憶が正しければ数えるくらいしかないはずだ。そういうのはいつもオレばっかり。
別にそれが嫌だとは言っていない。オレは言いたいから言っているだけで、したいからしている。でも、たまには緑間からもして欲しいとか思うのはおかしくないだろう。恋人だから、というよりは好きだから。
「……何もそういうことばかりではないだろう」
「そりゃそうだけど、そういうことも大事だと思うぜ」
言葉や行動にするというのは、分かりやすい愛情表現の方法だろう。それをしなかったからといって、緑間がオレを嫌いだということにはならない。もっとも、嫌いだったらこうしてお付き合いなんてしていない訳だが。
それでも、これではオレばかりが好きみたいじゃないか。緑間のことは勿論好きだけれど、そういうことではなくて。ちょっとくらい。
「………………」
言ってしてもらうのも違う気がしないでもないが、言わなければいつまでも変わらないだろう。だから思い切って尋ねることにしたのだ。
「……それで、お前はオレに何をして欲しいのだよ」
はあ、と溜め息を吐いて緑間はそう言った。いい加減にしろと言われなかったということは、緑間にもそれなりには思うところがあったのだろうか。
「何って、それはさっきから言ってるけど?」
「…………」
好きって言葉にするでも、行動で示してくれるのでもどちらでも。せめて片方ぐらいはしてくれないかと先程から言っていた。
オレとしてはそのどちらをしてくれても構わない。要するに緑間からの愛情表現が欲しいと言うだけの話なのだから。
「ねえ、真ちゃん」
考え込んでしまった緑間の名前を呼ぶ。
じっと見つめていれば、透き通る翡翠とかち合った。それを合図にしたかのように白く長い指が伸ばされ、そのまま唇を重ねられた。
「好きだ、高尾」
どっちでも良いと、そう思っていた。なかなか愛情表現をしてくれない恋人だから、どちらかでもやってもらえれば嬉しいなと思っていた。それは本当だ。
でも、コイツはキスをした後に好きと言葉で伝えた。オレが言っていた選択肢のどちらもを選択した。それはちょっと、いやかなり予想外だった。
「……真ちゃんって、意外とオレのこと好きなんだな」
「意外も何も、好きだから今もこうしてお前と一緒に居るのだよ」
普段は全然言ってくれないのに、一度言ったらもう吹っ切れてしまったのだろうか。それとも、たまには言葉にして欲しいというオレの気持ちが通じたのか。どっちでも良いけれど、やっぱり言葉にして伝えられるのは嬉しい。
「いつもそれくらい言ってくれたら良いのに」
「五月蝿い。気が済んだのならいい加減手を動かせ」
何の為にお前の家に来ていると思っている、と言われて仕方なくテーブルの上に転がっていたシャーペンを手に取った。
元々緑間が今日、オレの家に来ているのは勉強を見てくれる為だ。普段はバスケ一色のオレ達に色っぽいことなんて殆どない。今日だって勉強という理由がなければ緑間は家に来てくれなかっただろう。たまには恋人らしくデートでも、なんてそんな暇はない。ま、それはそれで良いんだけど。
「今度のオフはどこかデートにでも行かない?」
言ってみるだけなら良いかなと思って、この際聞いてみた。案の定、緑間は何を言い出すんだと言いたげな目を向けながら「いいから勉強に集中しろ」と注意した。了承が得られるとは思っていなかったけど、全く想像通りの反応である。
「お前が宿題を全部終えたら、考えてやる」
だからその後でそんな言葉が続くなんて想定外で、思わず「え、マジで!?」と聞き返してしまったオレは悪くないだろう。だって、普段の緑間からは考えられないような言葉だ。
「お前が言い出したんだろう。それと、宿題が終わったらだ」
「宿題が終わったら良いんだな」
「分かったらさっさとやれ」
言葉にしないと伝わらないこともある。だからこそ冒頭のあの発言だった訳だが、言わないと伝わらないって言うのは本当にそうなのかもしれない。それを言ったオレが気付かされるのはどうなんだろうか。
多分、だけど緑間には自覚がなかったんだろう。だから指摘した時にあんな反応をして、それからオレの言っていた両方を実行してくれた。その上でこの発言だ。そう考えると辻褄が合う。
(何事も言ってみるモンだな)
これは予想以上の結果で返ってきたものである。もしかしたら、これからはこれが普通になるんだろうか。そうだとしたら、それはそれで。
(……オレの方が持つか心配になってきた)
好きだと言葉にされたり、キスをされるのも嬉しい。嬉しいけれど、普段からこうやって愛情表現をされたらどうなるんだろう。
「高尾」
呼ばれて意識を現実に引き戻すと、ここが間違っているとノートを指差された。そのまま間違った問題を説明されたけれど、思ったより距離が近いと思ってしまったのはオレが意識をしすぎているせいだろう。
恋人だから。恋人だけど、ある程度の距離は必要なのかもしれないと今更ながらに気付かされたけれど、まあこれはこれで良いのかもしれない。そう思ってしまうのは、オレがそれだけ緑間を好きだから。
言葉にして伝わるモノ
(これからはもっと恋人らしいこともするようになるのかなって)
(ちょっとは期待して良いのかな、なんて)
お誕生日祝いとして差し上げたものです。
今後はもっと言葉で伝えたりするようになるんでしょうかね。