マス




「やっぱり人多いな」


 どこを見ても人で溢れている。寒いのにみんなよく外に出掛ける気になるななんて思ったが、同じくここに居る時点で人のことはいえないだろう。
 イルミネーションといえば、冬の楽しみの一つだろう。この季節が近づくとあちこちで見受けられるようになり、ちょっと調べればイルミネーション情報というものも見られるくらいだ。それを見ようと人が集まってくるのはある意味当然の節理である。


「考えることはみんな一緒か」

「今日は余計にそうだろうな」


 だよな、と相槌を打ちながらツリーの形をした電飾を眺める。
 そう、今日は十二月二十四日。世間でいうクリスマスイブというやつだ。イルミネーションはそれなりの期間で楽しめるものだが、イブというイベントの日に見に来る人も多いらしい。
 ――と、やはり他人事のように思っても自分達も当事者な訳だが。


「これで雪が降ったらホワイトクリスマスだな」

「雪なんて降ったら寒いだけなのだよ」

「そうだけど、それとこれとは別だろ」


 たかが雪一つでそう変わるものでもないだろうと言われればそれまでだけれど、ホワイトクリスマスという言葉がこれだけ浸透しているということはそれだけ心待ちにしている人も多いということだ。せっかくのクリスマスに雪が降ったらロマンチックだろう。


「お前は雪が降って欲しいのか」

「いや? 降れば綺麗だなとは思うけど、それだけ寒いってことだし」


 人のことは言えないだろう、と思わず零せば「まあな」と普通に返ってくる。この男はもとからこういう奴なのだ。分かっていたから聞いたとはいえ、つい溜め息が出る。

 雪が降る中のイルミネーションもきっと綺麗だろう。同じものでも違って見えて、それはそれで楽しめるに違いない。
 けれど、雪の中を歩いてまでそれを見ようとは思わないし、もしも積もったら後が大変だと思うくらいには二人も大人である。幼い頃は雪が降ればそれだけではしゃいだものだが、今はもうその大変さも知ってしまっているだけに喜んでもいられない。


「それでも、出掛けたいとは言うんだな」

「それとこれも別だろ?」


 寒いのが嫌なら家でゆっくり過ごすという選択肢もあったのだ。それでも出掛けることを選んだのは、勿論出掛けたかったから。二人で一緒に出掛けたかったから以外に理由なんてない。
 同意を求めれば、暫しの間を開けつつも「そうだな」と肯定されて高尾は小さく笑みを浮かべる。そう思っているのは一人ではないということだ。この季節だから寒いのは当たり前、それでも付き合ってくれている時点で答えは分かっていたようなものだが。


「……なあ、真ちゃん」


 色素の薄いその瞳は、目の前のカラフルな色をその瞳に映す。何万個もの光で作られたその景色は人々の目を引く。
 人によって作られた景色を大勢の人が楽しむ、その中で。高尾が開きかけた口を一度閉じたことを緑間は見逃さなかった。


「付き合ってくれて、ありがとな」


 出掛けたいと言い出したのは高尾だった。別にイルミネーションじゃなくても良かった。ただ一緒に出掛けたくて、この季節ならイルミネーションをやっているからとこれを選んだだけ。それ以外の深い理由なんてない。
 そう言って誘った高尾に緑間は了承で返してくれた。それで今、こうして付き合ってくれている。だからありがとう。それは間違いなく高尾の本心でもあるのだろうが。


「…………」


 本当に言おうとしたのはそれではないのだろう。それなら彼は何を言おうとしていたのか。考えて分かれば苦労しない、けれど。


「ちょっ、真ちゃ――」

「五月蝿い」


 予想外の緑間の行動に声を挙げれば、たった一言で一蹴されてしまった。
 だけどこんなところで、と言いたそうな瞳が翡翠を見上げる。その視線に気付いた緑間は、繋いだその手に僅かに力を込めた。そして、先程よりも声を落として告げる。


「後悔はさせない」


 翡翠を見る目が大きく開かれる。


「オレは好きでお前を選んだんだ」


 この騒がしい中で告げられた言葉は、すぐ隣の高尾にしか届かなかっただろう。これだけ人が居る暗い場所なら少しくらい大丈夫だと、この手がそういう意味だと理解するまでにそう時間は掛からなかった。
 人の考えなんて分からない。どんなに付き合いが長くとも、全部が全部分かる訳がない。
 それでも、付き合いが長いだけになんとなく分かるのだ。高尾が何を考えていたのか。何を言おうとしてやめたのか。高校で出会ってからもう何年の付き合いだと思っているのかという話だ。


「……本当、敵わねぇな」


 ぎゅっと手を握り返して言えば、お前がオレに敵うなんて百年早いと返された。それはまた長生きしないと勝てないなと高尾は笑う。百年経っても敵うかは分からないけれど、百年もずっと一緒に居られるならそれだけで十分だ。


「真ちゃんって意外とオレのこと見てるよな」

「今更気付いたのか」


 緑間のその言葉を高尾は否定する。それは高校時代から時折感じていた。聞いていないと思って話していたことを聞いていたり、ふとした拍子にこちらを見る視線があったり。体調が悪い時はすぐに気が付くくらいよく見ているのだ。


「だが、お前は人のことを言えないだろう」


 言われたら「そうだな」としか返す言葉が見つからなかった。多分、見ていたのは高尾の方がずっと前からだ。それがそういう意味だったかは別にしても、そういう意味でも長いと思うけれど。
 体育館の天井にぶつかりそうなくらい高いループを描くシュート。あのシュートを追い掛けて秀徳に来て、緑間に出会って。仲間として、相棒としてそれを一番近くで見てきた。それがいつから変わったのかなんて、正直高尾自身も覚えていない。


「これからも隣に居させてくれる?」

「当たり前のことを聞くな」


 言い切ってしまう辺りが緑間らしい。それを分かって聞いた高尾も高尾だが、それ自体が緑間にも分かっているのだから問題ないだろう。
 そう言って笑い合って、それから再び二つの色が交わる。


「この後はどうする? ケーキでも買って帰るか」

「今から行っても残っているか怪しいだろ」

「その時はホットケーキで我慢してよ」


 生クリームくらいは用意すれば少しはケーキっぽくなるだろうか。流石にちょっと無理があるかもしれないが、予約をしないでクリスマスにケーキを買うのはなかなか難しいだろう。二人だからあまり大きくても食べきれない。
 そんな高尾の考えを知ってか知らずか、緑間は「それなら行くぞ」と歩き始めた。繋いだ手に引かれて高尾も歩きながら「ケーキ買いに?」と先程の話から尋ねたのだけれど。


「お前が作ってくれるんだろう」


 そんな風に返ってくるとは予想外だった。確かにケーキが残っていなかったらホットケーキでとは言ったけれど、ホットケーキとクリスマスケーキでは全くの別物だろう。


「え? オレ、ホットケーキしか作れねーよ?」


 念の為に言えば「知っている」とあっさり返ってきた。そしてもう一度、作ってくれるんだろうと言われた。それはつまり。


「クリスマスケーキがホットケーキか」

「お前が言い出したのだよ」

「分かってるよ。じゃあスーパーでも寄って帰るか」


 ホットケーキミックスくらいは家にあるけれど、生クリームなんてものは家にないはずだ。ついでに他にもそれらしいものがあったら買って帰れば良い。世間ではクリスマス用のケーキが沢山売られているのだろうが、こんなクリスマスのケーキがあっても良いだろう。
 そこまで手を繋いだままではいられないけれど、今はもう少しだけ。この手を繋いで歩こう。







Merry Christmas