五、四、三、二、一。
 デジタル時計にゼロが並ぶ。全部で五つのゼロ。長針と短針、それから秒針が重なった瞬間。日付が変わる時だ。
 それと同時に携帯電話が次々と鳴る。一度メールの受信音がしたかと思えば、またそのすぐ後にも。携帯はずっと光りっぱなしだ。それらのメールに書かれているだろうことは見なくても分かる。今日は十一月二十一日、高尾の誕生日だ。

 メールの受信音が鳴り止んだのは日付を超えてから数分が経った頃だった。おそらくさっき一斉に届いたこれらのメールには『誕生日おめでとう』といった内容のお祝いが書かれているに違いない。ざっと送信者名に目を通すと、中学の友人から高校の友人。先輩に後輩。同じ学校の奴から他校の奴まで多くの人の名前が連なっていた。そのメールの量は普段からの高尾の交友関係が見える。
 そうして受信ボックスを開いている時、今度は電話の着信音が鳴り響く。相手が誰かなんて表示されている名前を見ればすぐに分かる。いや、見なくても分かっていた。


「もしもし、真ちゃん?」

『二十一日になったな』

「そうだな。さっきまでずっと携帯鳴りっぱでさー。オレってモテモテだな」


 はぁ、と受話器の向こうから溜め息が聞こえる。どうせ呆れているのだろう。だが、高尾がそういう状況になっているだろうことは緑間にも想像が出来ていた。高尾の交友関係なら同じ教室にいれば自然と目に入る。
 元からコミュニケーション能力が高いこともあり、同じクラスから他クラス。部活の先輩後輩、色んな所に交友関係を広げている。そんな高尾の誕生日ともなれば連絡先を知っている人達がお祝いの一言くらい入れるだろうことはとっくに予想出来ていた。毎年そうなのだから尚更だ。


『それでもメールが欲しかったのか?』


 何の変哲もないメール。タイトルには『無題』と表示され、本文には『誕生日おめでとう』の一文だけしか書かれていないようなものだ。これが絵文字や顔文字、デコレーションでもされていれば少しは見栄えも良くなっただろう。ビックリマークの一つさえない質素なものだ。
 しかし、高尾は緑間の問いに対して「うん」と肯定を返す。色々と凝った装飾がされているメールも凄いなとは思うし嬉しいとも思うけれど、重要なのは飾りではなく中身。お祝いしてくれるその気持ちさえあれば十分だと高尾は思っている。


「欲しかったよ。真ちゃんからのメール」

『だが、どうせまだ見ていないのだろう』


 それは当たりだ。誰からメールが届いているんだろうと眺めているところで緑間からの着信が入ったのだから。まだ誰のメールも開けてさえいない。それでも電話が掛かってきたら取るのが当たり前だろう。
 とはいえ、その電話も今日この時間に掛かってくると分かっていたものだ。何せ、高尾が緑間と事前に約束していたことなのだから。


「あとでちゃんと見るよ。ありがとね、真ちゃん」

『見ていないのに先に礼を言うのか』

「だってオレのお願い、聞いてくれたでしょ?」


 そう、実はこのメールも電話も全て高尾から緑間に頼んだことなのだ。
 それは数日前の昼休みのこと。誕生日の話題を持ち出したのも高尾の方だった。言われずとも緑間も誕生日のことは覚えていたが、その誕生日にお願いがあるんだけどと切り出した内容がこれだった。二十一日の深夜零時、日付が変わった時にメールをして欲しい。あと、それから五分後で良いから電話を掛けてくれないかと。
 別にそれは構わなかったのだが、本当にそれだけで良いのかと緑間も聞き返した。けれど、高尾はそれだけで良いからと頼んできた。特に断る理由もなく、緑間はその願いを聞き入れてこうして実行した訳だ。


『誕生日の願いがこれだけで良いのか』

「こういうのは物が全てじゃないじゃん。一番大事なのは気持ちだぜ」


 例えば近くのコンビニで買ったお菓子と、有名ブランドの服を貰ったとしよう。この場合、服の好みは置いておくとしてこれらの値段の差は結構なものだ。洋服の方がお菓子の何倍も高い。
 それなら服の方が気持ちも多いということになるのか。それとこれはイコールではない。確かに高いものを贈ってくれるというのは、それだけの気持ちがあるのかもしれない。だけど、お菓子の一つでも誕生日だからと用意してくれたその気持ちは変わらないはずだ。こういうのは値段よりも気持ち。それを伝える為に高い物になるかは別として、気持ちさえこもっているならどんな物でも嬉しいに決まっている。


「だからさ、真ちゃんにお祝いして貰えてすっげー嬉しいんだぜ」


 祝ってくれと頼んだけれど、と付け加えられたそれに溜め息を吐く。それはお前が言ってきただけだろうと。
 こちらも最初から祝う気だったのだ。これではまるで、祝う気がないのを無理矢理祝ってもらったみたいな言い方である。本人にそんなつもりはないだろうけれど、多少はそういう考えもこの男の中にはあるのだろう。


『お前に言われなくても誕生日ぐらい祝うつもりだったのだよ』

「マジで? ありがとな、真ちゃん」

『……どこまで本気なのか分からないな』


 思わずそんなことを呟けば、全部本気に決まってんだろと返ってくる。小声で言ったつもりだったがしっかりと聞こえていたらしい。かといって聞こえないように言った訳でもなかったけれども。
 きっと、今もまた高尾の携帯には日付が変わった瞬間を逃したメールが幾つか届いているのだろう。沢山の人に祝福をされながら彼が生まれた日。一年に一度の特別な日なのだから。


『高尾』


 沢山の友人。クラスメイトにチームメイト。先輩、後輩。他校の同級生や上級生、下級生。家族の妹や母親、それに父親も。直接祝うことはないにしても彼の親戚だってこの日を祝福してくれているはずだ。
 十八年前の今日。時間については緑間は勿論、高尾でさえ把握していないけれど。彼は確かにこの世界に生を受け、多くの人の愛情を受けながら今をこうして生きている。高尾の両親が彼を産んでくれて、その両親が出会ってくれて、そんなことを言い出したらキリがない。けれど。


『誕生日おめでとう』


 生まれてきてくれてありがとう。彼を産んでくれてありがとう。
 この広い世界の中で生まれ、こうして自分達が出会えたことは確率でいえばとてつもなく低く、それこそ奇跡のようなことなのだろう。そして、友人になり相棒になり。隣に並んで歩いていけるというのは、当たり前のようでとても凄いことだ。
 自分達が当たり前だと思っている日常は、そういった奇跡の上に存在している。人は普段、それに気付くことなく過ごしているけれど、本当は当たり前なんてものはこの世にないのだ。


『お前に出会えて良かった。いつもありがとう。お前には感謝しているのだよ』


 二人が出会ってから三年。これまで世話になった先輩達はもうみんな卒業してしまった。今は自分達が最上級生。後輩達を引っ張って高校バスケの頂点を目指している日々。これまで何度と挑戦してきた大会も次でラストだ。
 高校バスケ最大の大会、ウィンターカップ。この大会が終われば二人は引退。これまで積み上げてきたものは全てここでぶつける。キセキの世代と呼ばれるライバル達と火花を散らす最後の戦い。


「え、真ちゃん。いきなりどうしたんだよ」

『今日はお前の誕生日だろう。普段は言えないことを言っておこうと思ってな』


 だからっていきなりこれは心臓に悪いんだけど、と話す高尾は一体どんな表情をしているのか。今朝会ってから伝えてやれば良かったかと緑間はこっそり思う。そんなことをされたら、それこそ恥ずかしくて途中でストップをかけることになりそうだ。電話だと顔が見えないからかろうじて大丈夫だけど、というような心境であるのは高尾だけの秘密だ。


「ツンデレのツンはどこにいったんだよ」

『知らん。そもそもツンデレではないのだよ』

「いや、絶対ツンデレだって」


 段々と話が逸れているのは高尾がそうさせているからだろう。気付いてはいたけれど緑間は高尾の好きにさせてやっている。今日の主役は彼だから。


「ホント、そういうのいきなりはやめろよな」

『だからどういうのだ。……いや、もう良い』


 このまま続けても埒が明かない。まだ今日は始まったばかりだ。学校でも会うし、日付が変わるその瞬間まではあと二十三時間以上もある。いつも二人で行動をしているのだから話をする機会だって幾らでもある。この話の続きはまたその時にしよう。
 緑間がそんなことを考えている間、高尾は近くにあった時計を確認したらしい。「あ、やべ」と漏れたのは高尾が緑間の就寝時間を知っているからだ。彼はいつどんな時でも人事を尽くしている。


「大分過ぎちゃったな。時間気にしてなくて悪い」

『構わないのだよ。もう良いのか?』

「うん、ありがと。それじゃあおやすみ」


 明日もまた学校で朝練だってある。緑間も寝る時間だが、高尾だって遅くまで起きていて寝坊をするわ訳にもいかない。おやすみ、と返されたのを聞き終えてから通話ボタンを押して電話を切る。再び戻った待ち受け画面には新着メールの文字。
 そこから受信ボックスに進むと、新しいメールではなく未読の一番古いメールまで遡る。そして見つけたメールを開いて小さく笑う。画面に表示されたそのメールはとても質素だが、このメールを打った彼はあんなにも今日を祝ってくれた。
 これが嬉しくない訳がないだろう。画面を見ながら呟いて高尾はそっと瞼を閉じた。



2013/11/21 0:00
From:真ちゃん
Sub :無題
本文:誕生日おめでとう