迷子の弟を探して
今日は近所の夏祭り。せっかくの夏祭りとなればやっぱり遊びに行きたいと思うのである。
父は会社で仕事、母もちょっと用事があって一緒についていくことが出来ない。それでも、あまり大規模ではないお祭りだから大丈夫だろうと親に許可を貰った。その代り、ちゃんと弟の面倒はしっかり見るのだと念を押された。
(ヤバい、どうしよう)
現在、お祭り会場。和成は会場内を走り回っていた。というのも、弟と逸れてしまったから必死で探している最中なのだ。
会場に着くまでも着いてからも、ずっと手は繋いでいた。けれど、いくら町内規模のお祭りとはいえどそれなりの人は集まっているのだ。どんなにしっかり手を繋いでいても、あまりの人の多さに気が付いたら逸れてしまった。
(どこに居るんだろ。早く見付けないと)
大人たちの間を潜り抜けて、小さな弟の姿を探し回る。この人混みの中で小学生が更に小さな弟を探すのは相当難しい。けれど、和成には視界に映るものを視点を切り替えて見ることの出来る目があった。その目を使えば体の大きさなんて関係ない。視界の範囲に入ればすぐに見付けることが出来る。だから、先程からずっと走り続けている。
逸れてしまった場所から入口付近まで戻って、それで見付からないからとまた引き返し。そんなことを繰り返すことどれくらいの時間が経っただろうか。出店の並んでいる場所よりも奥までやって来たところで、漸く足を止めた。
「何で見付かんないんだよ……」
この目で見付けられない筈はない。けれど、もう会場全部を回った筈だ。向こうも動いていればそんなのは意味がないのだが、一向に見付かる気配がないのにはどうしたら良いのか分からなくなってしまう。散々走り回ったお蔭で、足は大分疲れてきている。それでも、大事な弟を探す為なら幾らでも走るつもりだ。
もう一度、出店のある方を探しに行こう。そう思って歩き始めようとした時、ピタリとその場に立ち止まった。
「真ちゃん…………?」
くるりと向きを変えて、本堂に視線を向ける。大きな建物の影に、見慣れた姿を見付けた。ここら辺は明かりが少なく視界が悪いけれど、よく目にしている綺麗な緑色を和成が見間違える筈もない。急いでそちらに向かって走れば、本堂の横でしゃがんでいる弟の姿があった。
「兄さん?」
「真ちゃん!! 怪我とかしてない?大丈夫?」
一気に尋ねられて困惑しつつ、真太郎はとりあえず兄の言葉に頷いた。それを確認して、良かったと声を漏らしながらぎゅっと力一杯に抱き締める。
もしこのまま見付からなかったら、何か変な事件に巻き込まれたんじゃないか。探している間は、思考がどんどん悪い方へと傾いていた。どんどん不安になって早く見付けなければと思うのに、探しても探しても見付からない。不安を抱きつつ無事でいて欲しいという一心で走り回っていたのだ。それが無事だと分かって、不安の糸が漸く解けた。
「オレは大丈夫なのだよ。兄さんの方こそ、大丈夫なのか?」
見慣れない兄の様子に戸惑いながらも聞いてみれば、すぐに大丈夫だと返事がくる。その言葉が涙声であることに気付いて、泣いているのかと思わず問うた。抱き締められているせいで顔を見ることが出来ないのだ。
それにも大丈夫とだけ返ってきて、真太郎はそのまま兄のされるがままに大人しくしていた。これも全部自分を心配してくれていたからだというのは、十分過ぎる程に伝わってきたのだ。
「ごめんね。オレがもっとちゃんとしていれば、真ちゃんと逸れたりしなかったのに」
「兄さんのせいではないのだよ」
「ありがと。真ちゃんは優しいね」
兄よりも落ち着いている弟。一見、どちらが兄なのか分からなくなるかもしれない。流石に小学一年生と六年生では体格差がかなりあるのだから、誰も間違えたりはしないだろうけれども。
ポンポンと頭に手を乗せると、漸く和成は弟から離れた。その間際に額にキスをしたのは、いつものやり取りの一つ。この兄は、結構スキンシップが激しいのだ。弟もそれに対して特に何も言わない為、彼等の間では普通のやり取りなのである。今より幼い頃から長らくこうなのだ。家族も仲の良い兄弟だと思うだけで他には何も言わない。
「今度は絶対に離さないからな」
そっと差し伸べられた手を真太郎はしっかりと握り返す。久し振りに触れた手は温かく、その体温を感じるだけでも安心する。もう逸れたりはしないと、二人は心の中で誓い合う。
行こうか、と言った兄の言葉で出店のある方へと歩き出す。お祭りはまだまだ続いている。
「真ちゃんは何か食べたい物とかある?」
「兄さんは?」
「オレ? うーんと、そうだなぁ……。あそこのカキ氷でも食べる?」
目の入った出店を指差せば、弟もコクンと頷いてくれた。それを確認して、二人で一緒に歩いて行く。その後も金魚すくいをしてみたり、綿あめを買ったりとお祭りを楽しんだ。最後には花火が空に上がり、綺麗だねと笑い合いながら夏祭りを堪能した。
家へと向かう帰り道。やっぱり手は繋いだまま、仲良く人通りの少ない道を歩いている。
「真ちゃん、お祭り楽しかった?」
「それなりに楽しめたのだよ」
素直じゃない物言いは相変わらずだ。勿論、それが楽しかったという意味であることくらい和成は知っている。それなら良かったと言って、夜空に浮かぶ星を眺める。
あれだけ注意されていたというのに弟とは逸れてしまった。これでは来年は親も許可して貰えないだろうなと和成はぼんやり考える。言わなければバレないだろうが、それ以前に弟が一緒に来てくれるとも思えない。自業自得といえばそれまでなのだから仕方がないかと結論付けると、隣から「兄さん」と呼ぶ声が耳に届く。
「どうかしたか?」
「また、お祭りに連れて行ってくれるか?」
つい先程まで考えていたこととは正反対のことを言われて、和成は目を丸くした。今日は逸れてしまって大変だったから、もう絶対に行かないと言われてもおかしくないだろうと思っていた。だが、それは勝手な思い過ごしだったらしい。
「また来年、一緒に来ような!」
ニコッと笑って答えれば、真太郎もつられるように小さく笑みを浮かべた。 そんな夏の一時。
fin