もし、オレ達がバスケをやっていなかったら。
オレは中学で緑間真太郎という男と戦うこともなく、そもそもバスケをやっていないならバスケの強豪である秀徳に来たかどうか。それをいうならお互い様かもしれないが、そこは考えないこととして。
「オレ達って、どっちかがバスケやってなくても友達になったかな?」
両方でも片方でも。バスケという繋がりがあったからこそ今の関係があるオレ達にそれがなかったらどうだっただろうか。それでも今のように友達になっただろうか。
オレの疑問に対する答えは数秒も待たずに返ってきた。
「ならないだろうな」
悩むこともなく即答された。バスケがなければ友達になることなど有り得なかっただろうと、少なくともコイツは思っている。
いや、正直なところオレもそうだろうなとは思う。バスケがあったからオレ達は出会い、友達や相棒といった関係にもなった。バスケがなければオレ達が出会うきっかけもなくなってしまう。仮に出会ったとしても友達になったかどうか。その辺はきっかけがあるかどうかによるだろう。
「冷てぇな。少しくらい悩んでくれても良いじゃん」
「悩む要素がどこにある」
確かにその通りではあるのだが、何も即答しなくても良いのではないか。どっちみち答えが変わらないのなら同じだろうと思うかもしれないがそういうことではない。
これでも今は友達であり相棒であり、更には恋人という関係でもある。ちょっとくらい悩む素振りを見せてくれても良いのではと尋ねてみると、それとこれとでは話が別だと言われてしまう。そんなことはないと思うんだけどな。
「大体、お前はオレがキセキの世代でなければ声を掛けなかっただろう」
漸くこちらを見た翡翠は、そうでなければオレが話し掛ける訳がないと言いたそうだった。キセキの世代、天才シューターと呼ばれる緑間真太郎だからこそ声を掛けたのだろうと。
それも理由の一つであることは事実だ。でも、オレが声を掛けた理由はそれだけではない。
「あれはお前がキセキだったからっつーか、お前に負けたからの方が正しいんだけど」
「どのみち同じスポーツをやっていたからだろ」
まぁそこは否定しない。だけどオレが緑間に声を掛けたのはキセキの世代というよりも以前に戦って負けた相手だったからという意味合いが大きい。それについても緑間の言うように同じバスケというスポーツをやっていたからだけど。
「でも、毎日変なモン持ってる変わり者に興味が湧いて声掛けるくらいあるかもしれないだろ?」
もしバスケをやっていなかったとしても、同じクラスなら話し掛ける理由の一つや二つあるんじゃないのか。毎日持っているそれは何なんだとか、お前も一緒に遊びに行かないかとか。
後者は誘ったところで断られそうなものだが、前者ならクラスメイトへの会話としておかしくもないだろう。そこから会話が広がるかどうかはまた別とはいえ、それなりには話も続くのではないだろうか。
「……声を掛けようとも思わないんじゃないのか」
オレがそう考えていたところで、緑間から出てきたのはオレの考えとは正反対の言葉だった。
どうして、と聞きたくはなったがそれは何か違う気がする。何でそう思ったのかは聞かなくてもなんとなく想像がついたから。勿論、オレはそんな風に思わない訳だからそこはちゃんと伝えておく。
「そんなことねーよ? だって、おもしろそうじゃん」
「それだけで声を掛けるのか」
「そこが重要なんだろ!」
新しい環境で新しい友達に出会って。そこで友達を増やすにはまずは話し掛けることからだ。例えば席が隣だったり、同じ部活に入ったり。話のきっかけだって様々。コイツと話してみたいなと思いさえすれば声くらい掛ける。緑間に対してだってそれは同じだ。
だからおもしろそうというだけでも話し掛ける理由には十分成り得るし、体育のチーム分けで同じになったから声を掛けたりなんていうのも普通に考えられる。要するにきっかけなんてそんなものなのだ。
「ま、オレ達はバスケを通じて知り合って今に至るんだし、そんなことを考える必要もないんだけどな」
言えば、それなら最初からこんな話を持ち出すなと言われてしまった。なんとなく思い浮かんで気になっただけの話題だったんだけどと思いながら、ふと視線を向けて気が付く。ああ、そういうことかと。
「オレは好きで真ちゃんと一緒に居るんだし、もし同じバスケ部じゃなかったとしてもそれは変わらないぜ」
絶対にと言い切るくらいの自信はある。何を根拠にと聞かれたなら、オレは今こんなにも真ちゃんのことが好きだからと答える。
バカなことを言うなって、本当のことだよ。ほんのりと頬を染めた彼を見てつい笑みが零れる。それじゃあ真ちゃんは違うのかと尋ねてみると「さあな」と曖昧に返されるだけに終わってしまう。だけどその顔で言われてもなと思ってしまうのはしょうがないだろう。
「好きだよ、真ちゃん」
キスがしたくなったからキスをした。拒まれなかったということは緑間も同じ気持ちだということだろう。キスどうこうではなく、オレのことを好きという気持ち。それはこちらからの一方通行ではないと、恋人になったその時に確認した。それに、キスだってお互いが相手を好きでなければ出来ないことだ。
そのことからもオレが好きだからという理由でバスケという繋がりがなくとも友達になったという言い分を信じてもらえないものだろうか。やっぱりそれとこれとは別だと言われそうだけど、今この世界でバスケという繋がりがある上でこういう関係になれているのだからその辺のことはもう良いか。
「あ、そうだ。真ちゃん今度の休み空いてる? オフだしたまには遊びに行こうよ」
「別に構わないが、どこに行くつもりだ」
「それは当日までのお楽しみ!」
何だそれはと頭に疑問符を浮かべる様子を見ながら、とっておきのデートを考えておくからと冗談交じりに言えばまた頬が赤く染まった。恋人同士で遊びに行くんだからデートでも間違いはないと思うんだけど、とは心の中だけに留めておく。
そんな話をしていると遠くからチャイムの音が響いてくる。昼休みというのは長いようであっという間だ。それも好きな人と一緒に過ごしているからなんだろうけれど、これも声には出さないでおこう。
「五分前だし教室戻るか。次って何だっけ?」
「理科だろう。いい加減覚えろ」
この間の続きかななんて話しながら持ってきた昼飯を片付けて屋上を後にする。前を向いて歩けと注意されながら階段を下りるいつもの日常。授業が終われば部活でまたあのボールを追いかけるんだろう。
こんな普通のやり取りをする友達関係。そんな関係にバスケがなかったとしてもきっとなれると、少なくともオレはそう思いたい。
実際にどうかは分からないし知る術もないけれど、何かをきっかけにそういう世界でも友達になれたら。というよりは友達になりたいと思うんだ。
だって、オレがコイツを好きだという気持ちは本物だから。繋がりが一つなくなっても彼を好きになるのではないか。
いや、彼を好きになりたい。そう思う。
もしオレ達にバスケがなかったら
考えたところで答えは出ない。でも、一つだけ言えることがある。
キセキの世代だからとかバスケが上手いからとかそういうことは関係ない。
(オレはお前だから好きになったんだぜ、緑間)
お誕生日祝いとして差し上げたものです。
バスケがあったからこそ今の二人があるのは確かですがもしもバスケがなかったらという話。