たまたま街でばったり会って、偶然だななんてどちらともなく話し掛けたのがきっかけ。時間はもうそろそろ飯時といったところで、お互い帰る途中だったわけだがどういう流れか一緒に飯を食おうということになった。それなら近くのマジバにでも入ろうかと話したけれど、向こうは夕飯の買い物を終えたところらしくそれなら食べに来れば良いということになり。
そこから近くにある火神の部屋までやってきたのは一時間ほど前のことだった。二人分だろうと四人分だろうと作るのは変わらないとはいえ、流石に材料は足りなくなるからとスーパーに一度戻ったものの一通りの食材は揃っている。
「高尾君、味どうですか?」
「んー? どれ?」
黒子が小皿によそったそれを受け取って高尾が味見をする。大丈夫じゃないかと答えながら小皿を返せば、黒子はほっとしたような表情を見せながら「それなら後は煮るだけですね」とカレーを軽くかき混ぜる。
さて、どうしてこうなっているのかの状況を整理しよう。まず黒子と火神、それから緑間と高尾はそれぞれ二人で街に出掛けていた。そこで四人がばったり出くわし、なんだかんだで夕飯を火神の家で一緒に食べることになった。
料理を作るのは最初、火神の予定だった。単純に火神が一人暮らしをしていることもあって料理が上手いからだ。残りのメンバーはといえば高尾は人並み、黒子はゆでたまごなら誰にも負けない、緑間に至っては包丁を持たせるのも危ないレベルであることを高尾と黒子は知っていた。
それなら料理は火神がすることになるのが自然だ。しかしどうしてか。売り言葉に買い言葉とでもいえば良いのだろうか。
『緑間君は中学の頃から料理は苦手でしたね』
『見てる方も危なっかしいし、それで大事な指を怪我されても困るしな』
『誰にだって苦手なものくらいあるだろう! それに黒子、お前だってゆでたまごしか作れないのだから変わらんのだよ!』
『ゆでたまごでも作れるだけ緑間君よりは出来ます』
『ゆでたまごぐらいならオレでも作れる』
確かこんな感じの話になっていたんだと思う。その言葉に黒子が「それなら今日はボクが作ります」と自ら料理を買って出た。勿論火神は止めようとしたのだが大丈夫だと断られ、手伝うことさえ拒否されてしまい残るのは二人。
とはいえ、緑間がここで黒子と一緒に料理をするのはまず有り得ない。となれば最終的に残っているのは一人で。
「あんなこと言ってたからゆでたまごだけかと思ったけど、普通に料理出来んじゃん」
料理を手伝うのは別に良かったのだが、それまでの話から黒子の料理の腕は未知数だった。だが作り始めてみれば案外普通に進んでいった。当たり前といえば当たり前かもしれない。あまり料理をしない男子高校生でも調理実習だったり家の手伝いだったり、何かしら料理をする機会はあるものだ。それでも苦手な人はすぐ近くにいるわけだが。
「だから言ったじゃないですか。緑間君よりは出来ると」
「まぁな。でもゆでたまごを強調するからさ、あれって煮るだけだし」
「ボクは料理が得意というわけでもないので最低限のことしか出来ません。正直、高尾君も手伝ってくれて助かりました」
別にオレは何もしてないぜと答えたように、高尾は大したことはしていない。野菜を洗って皮を剥き、それから切る。誰にでも出来るようなことを手伝っただけ。それでも黒子はそんなことないですよとお礼を述べた。まぁこれはこれで良いだろう。
カレーの味付けは甘口。辛口が好きな人に甘口は食べられても、甘口しか食べられない人に辛口は無理だからだ。それなら中辛はという案もあったけれど、甘口しか駄目なら中辛も駄目である。そんなわけで今回のカレーは甘口である。
ゆっくりとルーをかき混ぜながら一度蓋をし、暫くはこのまま煮込む。時々かき混ぜながらある程度煮込めば完成だ。だが、その前に。
「ところで高尾君は何をしているんですか」
さっきからずっと気になっていたんですけどと黒子が尋ねる。聞かれた本人はクエッションマークを浮かべたが、もうすぐカレーが完成しようという時に余ったニンジンを片手に持っていれば気にならない方がおかしい。
「そのニンジンです。カレーを作るのに余ったやつですよね?」
「ああ、余ってたから何か作ろうと思って」
水洗いを終えたそれの皮を剥き始める。手軽に出来るものでサラダか何かにでもするのかと思ったが、そのまますりおろし始めたのには「あの、本当に何をするんですか」ともう一度先程の質問を繰り返してしまった。一体そのニンジンはこれからどうなろうとしているのか。
「暇だし適当に何か作れねーかなーと思ってさ」
「それは分かりましたけど、何を作るつもりなんですか。サラダとかじゃないんですか?」
「それもいいけど、料理にデザートがあっても良いんじゃないかなって」
ほらこれ、と見せられたのはスマートフォンの画面。そこに表示されているのはニンジンを使ったレシピだった。目立つようにでかでかとしたフォントで書かれている文字は“簡単! 誰でも手軽に作れるキャロットケーキ!”なんてものだ。
要するにこれからキャロットケーキを作るつもりなのだろう。カレーを作るのにたまたまニンジンが余っていたからというだけでよくそんなものを作る気になるなと黒子は思うが、それをわざわざ止める理由もない。
「高尾君ってスイーツとかも作るんですね」
「まっさか! でもレシピがあればどうにでもなるだろ?」
それは料理が出来る人のセリフなのだが、あえて突っ込むことはせずにそうですかと流しておく。焦げないようにと鍋の蓋をあけてルーをかき混ぜながら高尾の様子を眺める。
簡単と書かれているだけあってそのキャロットケーキの作り方はシンプルなものだった。先に火神にはある物を使って良いか聞いていたようで、レシピの通りに順番に作業を進めていく。確かにあまり難しそうではないが、それも高尾がスムーズに作っているからだろうか。いざ自分で作るとなればまた違うだろうと思いながら黒子は自分の役割をこなす。
そうして煮込むこと数十分。漸くカレーの出来上がり。
「出来ました……!」
「おお、美味そうじゃん。飯も炊けてるしよそるか」
「そうですね。そっちはどうですか?」
「あとは焼くだけだからカレーを食べた後だな。ちゃんと膨らんでくれれば良いんだけど」
どうかなとオーブンを心配そうに眺める高尾を見て思わず笑ってしまう。何だよとこちらを向いた色素の薄い瞳にすみませんと謝り、それからあまりにも真剣だったのでと続けられた。まぁ料理なんてものに興味はないけれど、人にご馳走するものとなればその出来くらい気にする。これで失敗したら材料も勿体ない。
「きっと大丈夫ですよ。料理に必要なものは入っていると思います」
心配しなくてもそれがあれば大丈夫だと黒子は話す。料理に必要なものなんてベタすぎてその中身までは言えなかったが、すぐに噴出した高尾はちゃんと意味を理解したのだろう。
「そうだな! 冷めないうちにカレー食おうぜ」
四人分のカレーを持って二人は恋人達の待つリビングへと戻る。お世辞にも仲が良いとは言い難い二人は、結局料理が出来るまで黒子と高尾の様子を眺めていた。少しくらい何か話せば良いのにとは思ったが、それで喧嘩になるよりはマシかもしれない。
そういえば、特に二人のことなど考えずに喋っていたがこの距離では全部筒抜けだっただろう。幾らか恥ずかしいことも喋ってしまった気がするが今更といえば今更だ。
「はい、火神君」
「ほら、真ちゃん」
恋人が愛情を込めて作った料理なんだからちゃんと全部食べろよ? なんて。
fin