インターネットや携帯電話が普及している昨今でもあるもんだな、なんて思いながら受け取った封筒。女の子らしい可愛い文字で書かれた宛名は自分のものではない。親しい友人の名前が書かれているそれは所謂ラブレターというものだ。
 どうしてそれをオレが持っているのかといえば答えは単純。渡して欲しいと頼まれたからだ。こういうものは自分で渡すべきだろうと断ろうとしたのだが、それが出来ないからお願いと必死に頼まれた上にタイミング悪くチャイムが鳴ってしまえば断るに断ることも出来ず。友人宛のラブレターを持ったまま今に至る。


(ラブレター、ね…………)


 好意を伝える手段の一つ。相手に直接それを伝えられない場合の愛情表現。
 何もラブレターが悪いとはいわない。これも手段の一つであるとは思っている。面と向かって言いたくてもなかなか出来ないことだってあるだろう。こうして紙に書いて伝える方が気持ちを伝えられることもある。言葉にするというのは簡単そうで難しいのだ。


(好きです付き合ってください、とかそんな感じのことだよな)


 中身を見てはいないがラブレターということはそういった内容のことが書かれているに違いない。こういうところが好きですとか、ずっと前から気になっていましたとか。これを書いた子の気持ちが詰まった手紙だ。きっと一文字一文字、緊張しながら自分の気持ちを伝えようと綴られた物だろう。
 羨ましいな、と思うのはおかしいのだろう。けれど、手紙ででもこうして行為を伝えられるということが少しばかり羨ましい。それなら自分も書けば良いだろうと思うかもしれないがそういう問題ではない。伝えたくても伝えられないことはあるものだ。この手紙をオレに預けた彼女のように恥ずかしいからとかではなく、もっと根本的な理由で。


(ま、オレはもとから伝える気はないけど)


 伝えられないそれを今の関係を失ってまで手に入れようとは思わない。今の関係はオレにとって大切だし、これは伝えるべきものではないと分かっている。
 だから気持ちが伝えられることを羨ましいと思う気持ちもあるけれど割り切ってもいる。自分か相手のどちらかが女だったらとも思わない。同性だったから同じスポーツで戦えて、一緒に上を目指していられる。どちらかが女だったのならそうはいかない。そこが変わってしまったら好きにもならなかったかもしれない。そういうものだ。


(でも、書くとしたら何て書くかな)


 本当に書いて渡したりはしないけれど、もしオレが相手に気持ちを伝える手段として手紙を書くのなら。年賀状だってお決まりの文章と一言添える程度しか書かないけれど、それでも書こうと思えばラブレターなんてものも書けるものだろうか。
 そもそもそんな考えでラブレターを書く人なんていないだろう。みんな自分の気持ちを伝えたくて書いているのだから。それ以外にラブレターを書く理由もない。けれど、ちょっと書いてみようかという好奇心でペンを取るくらいには聞くだけの授業に退屈していた。
 ルーズリーフを一枚捲り、真っ白な紙を一番上に持ってくる。本当に渡す訳ではないのだから宛名はいらない。仮に本物のラブレターを書くとしてもルーズリーフに書いて渡すなんてまず有り得ない。とはいえ、ちょっとした出来心で書く分にはこれで十分だ。


(こういうのって最初はどう書くんだろ。突然すみませんとかそういうのか?)


 別にラブレターに形式なんてないだろうが最初はやはり大事なのではないだろうか。根拠はないけれども。一番初めに読むところなのだから書き出しは重要なのではないかと思う。
 それならいきなり謝罪というのもおかしいのか。でも大して話したこともないような人相手なら不自然でもないのか。それともここは本題を持ってきて「前から好きでした」的なものが良いのか。
 ……そんなことを考え出したらキリがないような気がしてきた。大体本当に渡すわけでもないのだから深く考える必要もないだろう。思ったままに書いていけば良いだけの話だ。


『いきなりごめん。実はオレ、お前のことが好きなんだ』


 友達としてじゃなくて、そういう意味で。
 いつからかは覚えていない。気が付いたらお前のことを目で追うようになっていた。高いループを描くシュートが好き。人のことなんか気にしていないようで周りをよく見てる。さりげなく気遣ってくれる優しさ。なんだかんだで待っててくれたりするところが好き。
 お前といると楽しくて飽きない。これが友情ではないと気付いたのはいつだったか。勘違いだと言い聞かせるだけ逆に意識して、結局そういう意味で好きなのだと自覚してしまった。


『好きなんだ、真ちゃん』


 相棒に対してこんな感情を抱いてごめん。お前がこれを知ったら気持ち悪いって思うだろう。もう一緒になんていたくないと思うかもしれない。
 だからオレはこの気持ちをずっと抱えていくと決めた。友達として、相棒として隣にいたいから。オレにとってアイツは好きとかいう以前に大事な友達であり相棒でもある。だからこのままで良い。この気持ちのせいで苦しくなることもあるけれど、それは相棒を好きになってしまったオレがいけないんだ。


(付き合って欲しいとかじゃない。ただ気持ちを伝えたいだけ、っていうのもラブレターなのかな……)


 一応ラブレターというものとして書いているから文字はいつもより丁寧に書くように気を付けた。授業を聞きつつ書き綴った文章を見ながら、これはラブレターなのかという疑問にぶち当たってしまったがラブレターだと思えばラブレターだろうということにしておく。
 あとは名前を書いて封筒に入れて、というのが本物のラブレターだろうか。勿論、これは本物ではないからここでおしまいだ。相手に伝わることなくゴミ箱に投げ入れられる。同時にこの気持ちも捨てられれば良いのに、なんて。

 ――キンコンカンコーン。

 馬鹿なことを考えている間に授業が終わったらしい。教卓の前で教師が「今日はここまで」と口にすると「起立、礼」と続けて号令が掛かる。
 これで午前の授業は終了。次は昼休みだ。教科書一式を机の中に押し込んでオレは後ろの席を振り返る。


「真ちゃん、晴れてるし今日は屋上行かね?」


 たまには屋上で食べるのも良いだろう。緑間が肯定を返したところで鞄から取り出した弁当と預かっているラブレターを持って立ち上がる。
 宛名のない手紙は机の中に残されたまま誰にも気付かれることなく消えるのだ。早く行こうぜといつも通りに笑って屋上へと向かう。大丈夫、オレはコイツの相棒だから。余計な物なんていらない。相棒として隣にいられればそれで十分だ。










fin