「オレと結婚してください」


 そう言って差し出したそれを緑間は暫し無言で見つめ、それから溜め息を一つ零した。


「まだ結婚できる歳ではないだろう」

「そこかよ!」


 突っ込むべきところは他にもあるだろう。けれど緑間はオレ達が同性だとかそういうことより年齢に突っ込んだ。確かにオレ達はまだ十八ではないから、この国の法律では結婚できない。だがそもそも、この国の法律では男同士で結婚など出来ないのだ。


「他に何があるのだよ」

「いや、色々あるだろ」


 言えばクエッションマークを浮かべられる。どちらかといえばそんな反応をされたことにこっちが疑問を浮かべたい。
 しかし、緑間はその後で平然と言ってのけたのだ。


「くだらないことを考えているのならやめろ。きちんと籍を入れたいのならこの国を出ても良い」


 だからそこは気にすることではない、と緑間は言う。その言葉にはこっちが驚かされた。というか、そこはちゃんと分かっていたんだな。その上でそこまで考えていたなんて。
 なんというか。時々オレが思っている以上にコイツはオレのことを好きでいてくれてるんだなと実感する。同じ男同士で友達で相棒だけれど、オレ達は付き合っている。所謂恋人同士というヤツで、告白をしたのはオレからだった。


「大体、言い出したのはお前の方だろう」

「まあな。真ちゃんがどんな反応するかなと思って」


 はあ、と緑間から出たのは本日二度目の溜め息。くだらないことをって言うけれど、別にオレだって冗談ではあったけれどその気持ちに偽りがあったわけじゃない。好きだという気持ちは本物だし、無理だと分かっているけれどできるのならそういう恋人としての普通の未来をコイツと歩きたいと、思わないこともない。
 勿論、それができないからどうこう思ったりもしない。今こうして一緒に居られること。それだけでオレには十分だから。世間の目とか挙げ出したらキリがないけれど、オレにとっての幸せがコイツと居ることなのははっきりしている。


「なあ真ちゃん、知ってる? 結婚式のブーケって、男の人がプロポーズの時に野の花を摘んで花束にして渡したんだって」


 つい昨日、なんとなく見ていたテレビでブーケの由来が流れてきた。確か、昔のヨーロッパの話だっただろうか。そうして作った花束を愛する女性に贈り、プロポーズをしたんだそうだ。他にもブーケの由来には諸説があるらしいが、テレビでやっていたのはそれだった。


「それでこの花束か」


 言いながら漸く緑間は先程作ったばかりの花束を受け取ってくれた。
 これはラッキーアイテムの四つ葉のクローバーを探すついでに作ったもの。シロツメクサにタンポポに、他にも近くにあった花を幾つかまとめただけの簡単な花束。


「そういうこと。昔の人はこうやってプロポーズしたっていうから」

「お前もそれにのっとった、というわけか」


 まあオレ達の場合に結婚なんて無縁だけれど、言うくらいなら自由だろう。たとえ結婚が出来なくてもずっと一緒に居たい。そう思う気持ちがあるのは紛れもない事実だ。


「まさかお前からプロポーズをされるとはな」

「真ちゃんがしてくるつもりだった?」

「そうだな。いずれ婚約指輪を渡すから待っていろ」


 そんな風に返されるのは予想外で、だけど緑間が本気で言っているんだろうなということだけは分かった。逆にしてやられた気がするけれど、それを嬉しく思ってしまうくらいにはオレはコイツに惚れている。


「その時はオレもお前に渡すから」


 もらってばっかりなんて絶対に嫌だ。同じ男だからというよりは、緑間と対等でありたいから。ただもらうばかりではなく、自分からも贈りたい。そう思うのだ。
 そう言ったオレに緑間は小さく笑うと、楽しみにしていると言いながら花束の花を一輪抜き取った。そして、左手に持ったその花をオレの胸ポケットにそっと入れた。


「ところで高尾、ブーケの話には続きがあることを知っているか?」


 楽しそうに笑う緑間に、負けたなと思った。考えてみれば、博識な緑間がブーケの由来を知っていても何らおかしくはない。


「……真ちゃん、この話最初から知ってただろ」

「知らないとは言っていないのだよ」


 むしろお前が知っていたことが意外だと言われてしまう。まあ実際、テレビでやっていなければオレはブーケの由来を知る機会なんてなかっただろう。
 ブーケの話の続き。男の人がプロポーズと共に花束を贈り、女性はそれに「はい」と答える代りに花束の花を一輪抜き取って男性の胸ポケットに差し込むのだ。それが男性のタキシードに指すブートニアの由来だといわれている。


「結婚、するんだろう?」


 翡翠が真っ直ぐにこちらを見る。
 ああ本当、敵わない。顔に熱が集まるのが分かったけれど、ここで視線を外す気にもなれずにオレも真っ直ぐにその瞳を見て言う。


「それじゃあ、これで婚約だな」

「そういうことになるな」


 そのままオレ達はどちらともなく唇を寄せた。
 これから先、ずっと一緒に居ることを誓って――というほどのものではないけれど。どんな困難があっても、楽しいことも辛いことも全部コイツト一緒に。
 触れるだけのキスをして離れると、お互いの顔を見て思わず笑みを零した。

 いつの日か、指輪を贈って本当に愛を誓い合う日が来ることを願って。










fin