「和成? どうかしたのか」


 どうかしたのかといざ聞かれるとなんと言うべきか悩んでしまう。もちろん用事があって兄を待っていたわけだが、兄のその真っ直ぐな目に見つめられてしまうと言い出しづらくなったといいますか。
 そんなオレを兄は頭に疑問符を浮かべながら見ている。世の中、言わなければ伝わらないことだらけだ。こういうのは言葉にしなければいけない。それは分かっている。ここははっきり言うべきなんだろう。


「兄さん、オレももう十八なんだけど」


 そうは思っても結局口にしたのはそんな曖昧な言葉だ。兄はやはりクエッションマークを浮かべたまま「そうだな」と返す。それくらいは言わなくても分かっていると言いたげな表情をされるが、それでも兄は分かっていないからオレはこうして兄の部屋で兄が帰ってくるのを待っていたわけで。


「十八っていったら結婚できる歳じゃん? 子供だけど大人みたいなものだろ」

「まぁ、そうかもしれないな」


 多分、いや絶対。意味は分かっていないだろう兄が頷く。まぁこれだけで分かってくれという方が無理な話か。兄はこの手の話には鈍いしな。
 頭はいいんだけど、どうもこっちのことには疎いらしい。だからといって鋭くある必要はないけれど、普通くらいであればもっと話は通じやすかったのではないかくらいのことは思う。
 なんて考えてみたけど、それもそれでもう兄ではないような気もした。こういうところも含めて兄という人物なのだ。それがなくなったら兄であって兄でない。自分でも何言ってるか分からなくなってきた。


「だからさ、オレ兄さんのこと好きなんだけど」

「? オレも和成のことは好きなのだよ」


 どうしてここまで平行線なのか。ある意味凄くないか。全然嬉しくないけれど。一体なんと言えばこの鈍い兄貴に伝わるのだろうか。あれか、直球しかないのか。
 もうそれならそれでもいいか。どっちみち言いたいことは同じなんだ。遠まわしに言って通じないと分かっているのになんとか理解してもらおうとする方が大変である。それなら直球でさっさと理解してもらった方が良い。


「兄さん、オレはいつまでも子供のままじゃないんだぜ」


 オレは自分が座っていた兄のベッドに兄を引きずり込んだ。いくら体格差があるとはいえオレだって男だ。不意を突けばこれくらいのことは出来る。まぁ、不意打ちだからそれで終わりなんだけどな。その後の力勝負ではどうやったって勝てない。それでもオレが兄の上に居るのは、まだ兄がオレの言いたいことを理解してくれていないからだ。


「それは当たり前だろう」

「そうじゃなくて、オレももうそういう年になったって言いたいの」


 相変わらずずれたことを言ってくれる兄の口を自分の口で塞ぐ。ここまですれば少しは言いたいことが伝わるんじゃないだろうか。これで伝わらなかったら逆にどうすれば良いんだ。

 ……そんな風についさっきまでのオレは思っていた。
 だけど考えてみればこの兄がこの程度で驚くわけがなかった。オレ達兄弟は元からスキンシップが激しかった。主にオレが兄に強請ったからなのだが、昔からオレは兄が好きだったのだからしょうがない。
 ブラコン?なんとでも言ってくれて構わない。オレはただ兄のことが好きなだけだ。


「はぁ…………」


 思わず大きな溜め息が零れる。これは鈍いとかそういうレベルの問題なのだろうか。おそらくはオレ達が兄弟であることも理由の一つだろう。流石の兄でも兄弟や家族を除いた人達相手にこれはない。友達だからでやるようなことではないといくらなんでも兄も分かっているだろう。
 ここまで来るとオレは兄をなんだと思っているんだという話になりそうだが、兄さんは兄さんだ。今も昔も変わらずにオレの大好きな人である。


「和成、具合でも悪いのか?」

「うーん……そうじゃないけど、頭はちょっと痛いかもしれない」


 もちろん病気とかそういうものではない。ただ単に兄が鈍すぎてどうしようかと頭を抱えているだけだ。だけどそれを知らない兄は普通に心配してくれる。
 本当、どうすれば良いのか誰か教えて欲しい。ちゃんと言葉にして伝えているんだけどな。どうにもウチの兄貴には伝わらないらしい。伝わってくれない。


「あのさ、兄さん」

「なんだ。何か欲しいものでもあるか?」

「いや、違うってば。そもそも頭痛いのも病気とかじゃないから」


 とりあえずは誤解を解くことにした。このまま誤解されていてもそれはそれで面倒だし。
 行動を起こすというのはかなり直球のつもりだったんだけど、兄にとってはそれは直球どころか日常のこととカウントされてしまった。それはオレも悪かったかもしれないけれど、なんか色々と兄が心配である。弟ととして。
 まぁ、兄はちゃんと一般常識を持っているから心配する必要などどこにもないことは知っているけれど。むしろ今この状況が心配するべき状況なんだと理解して欲しい。いや、心配する必要はないか。けれどいつもとは違うことくらいは察してはくれないだろうか。


「オレは兄さんのこと、そういう意味で好きだって前に言ったの覚えてる?」


 ここまできたらゆっくり紐解いていこう。きっと縺れすぎて大変なことになっているに違いない。片っ端から解いてやればちゃんと伝わるはずだ。この兄相手なら最初からそうするべきだったのかもしれない。
 そして問題のその兄はオレの質問に対してイエスと答えた。オレは昔から兄さんが好きだったから、殆ど毎日兄に好きだと伝えていた。兄弟としてじゃなくてそういう意味でも好きなんだけど、と告白したのは中学生だった頃。兄は真剣にオレの告白を聞いてくれた。だけど、お前はまだ子供だからと断られた。それならオレが大人になっても兄さんのことが好きだったら、と尋ねたらその時はもう一度考えるといった返事をもらった。
 大人の基準は二十歳かもしれないし、そもそもオレを納得させる為だけに言ったのかもしれない。でも、オレは兄さんのことが好きでその気持ちは今も変わらなくて、そういう意味で今も兄さんを好きなんだ。それが伝えたくてオレは兄に人生で二度目の告白をする。


「大人っていうのが何歳かは分からないけど、オレも結婚出来る歳になった。今でもオレはそういう意味で兄さんが好きなんだけど、今度は考えてくれる?」


 それともまだ駄目だろうか。二十歳になってからだと言われたら、二十歳まで我慢してそこでもう一度告白する。

 だって好きなんだ。
 何度だって好きだと伝える。それが兄にとって迷惑ならば諦めるしかないけれど、迷惑だとは思われていない。それくらい十八年も兄弟をやっていれば分かる。

 何より、兄のことだから。そりゃあ兄弟でも知らないことはあるだろうけど、大抵のことは知っているんじゃないかと思う。そう思いたいのかもしれない。自分が兄の中の一番だって。
 オレもまだまだ子供だな。でも、好きな人の一番になりたいっていうのはきっとオレだけじゃない。


「好きなんだ、兄さん。オレはこれからもずっと兄さんと居たい」


 これがただの兄弟愛に当て嵌まるものではないと自覚している。そう錯覚しているわけでもない。兄弟という血の繋がりがオレ達の前にあるとしても、オレは兄さんと兄弟じゃなければ良かったとは思わない。同じ血を分けた兄弟だからこそ、こうして近くに居ることを許されている。親には叶わないけれど多くの時間を共有して、色んな兄の姿を見てきた。兄弟だったから出来たこと、とかもある。ちょっと激しいスキンシップなんかもそうだ。
 オレは兄さんと兄弟で良かった。でも、その兄さんを好きになってしまった。兄弟で結婚とか出来ないし、そもそも男同士だって出来ない。そんなことは分かっているけれど、そういったものも全部ひっくるめて考えて出した結論がこれだ。


「オレもお前とはこの先も一緒に居たいと思っている、和成」

「兄さんのそれは兄弟として、だろ。オレが言いたいのは――――」

「分かっているのだよ。お前の目を見れば分かる」


 目?それで何が分かるんだろうか。
 今度はオレがクエッションマークを浮かべると、兄はお前が真剣なことくらい目を見れば分かるのだと補足してくれた。本気で言っているということも含め、全部その目が伝えていると。


「自分で言うのもなんだがオレはこの手のことに疎い。お前を傷つけるつもりはないが知らずのうちに傷つけてしまうかもしれない」

「大丈夫。それは分かってるから。兄さんは昔っから優しいし」

「分かっていても不満に思うことはあるだろう」

「それはあるかもしんないけど、オレが兄さんを嫌いになるとか有り得ねーもん」

「嫌になったり何かあったらちゃんと言って欲しい。オレはお前が一番大切なのだよ、和成」


 それは兄弟として?それともまた別の意味で?
 分からずに尋ねると兄さんは柔らかな笑みを浮かべたかと思えば優しいキスをした。触れるだけの口付け。昔からよくしているそれだけれど、兄さんの頬はほんのりと朱色に染まっていた。


「お前がそう言う意味で聞いたのだろう?」


 そういう意味、とはそういう意味だろう。要するにライクではなくラブ。兄弟愛ではなく恋愛という意味での好きであり、そういった意味でも大切に思ってくれているということ。
 その事実が嬉しくて思わず笑みが零れる。ありがとう兄さん、ともう一度こちらからキスを落とした。その後は兄に下ろされてしまったのだが、しょうがないか。兄さんはレポートを仕上げなければならないらしい。それなのにオレに何を言うでもなく真っ先に話を聞こうとしてくれるあたりが兄さんの優しいところだよな。いつもオレのことを一番に考えてくれる人なんだ。


「兄さん、レポートの邪魔しちゃってごめんなさい」

「別に構わん。これが終わったら久し振りにバスケでもするか?」

「する!」


 あまりの即答に兄さんが笑う。だって兄さんとバスケするのは数ヶ月振りくらいになるんじゃないだろうか。オレは兄さんに教わったバスケが好きでバスケ部に入った。色んな相手と戦ってきたけれど、オレは兄さん以上にシューターを見たことがない。オレは兄さんのあのシュートが大好きだ。兄もそれを知っていてよく見せてくれた。
 それじゃあまた後でなと言われてオレは部屋に戻る。兄がレポートを終わらせるまでどれくらい掛かるだろうか。とりあえずオレも課題を終わらせておくか、と勉強に向かうことにした。







らぬ

(だけどこれから少しずつ変わっていけたらいいな)