いつからか隣に居るのが当たり前で、登下校からクラスに部活まで同じとなれば一緒に居る時間は自然と増えて。一日のタイムテーブルの中で一番多くの時間を共有しているのはまず間違いない。
それだけ一緒に居れば、自然とお互いのことが分かってくる。初めは一方的に追い掛けて、次は同じチームで張り合って、いつの間にか認められていて、相棒と呼べる関係になって。
隣に居られることが幸せで、こんな日々が続けば良いのに。
そう思うようになったのはいつだったか。今となってはもう過去のことだが、その気持ちがなくなった訳ではない。例えそれが叶ったとしても、変わらずにこの日常が続くことを願い続ける。
そう、だってオレは…………。
何より一番、キミがスキ!
軽薄そうな男。それが高尾和成という男に対する第一印象だった。
実際はどうだったのかといえば、強ち間違ってはいなかったと思う。クラスメイトの誰とも笑顔で接し、輪の中心に居る彼はクラスでもムードメーカーのような立ち位置に居た。場の空気を読むのが得意で、笑いのツボが浅いのか良く笑う男だ。喜怒哀楽の感情が表に出て分かり易い、ように見える。
それが違っていたと気付いたのは、彼の隣に居たからだろう。
「目は口ほどにものを言う、か」
呟かれた声はすぐ傍に居た彼にも当然届いた。いきなりそんなことを呟いた緑間に疑問符を浮かべながら男は顔を上げる。当の緑間はといえば、手元の本に視線を落としたまま。
「いきなりどったの」
隣に座っていた彼――高尾が反応を示すと、緑間は本からそちらへ視線を移動した。きょとんとしたままこちらを見つめる高尾に小さく笑うと、そっと左手を伸ばして彼の頬に添えた。
「お前は正にその通りだと思ってな」
ことわざの意味は言葉の通り。その目は口で話すのと同じくらい気持ちを表現する。むしろ、高尾の場合は口よりもその目の方が気持ちを表している。よく喋る口は上っ面の言葉ばかりを並べる。
鷹の目という特殊な目を持っているからか、元々そういうのが得意だったのか。高尾は周りの空気を読むのが得意だった。自分の気持ちよりも周りに合わせることを優先して場を調和するようになったのがいつなのかなんて本人ですら覚えていない。ただ、そうしているうちに自分の本当の気持ちを隠すようになったのは事実だ。よく笑うけれど、そんな高尾の笑い方がなんとなく気に入らなかった理由も今なら分かる。それが作り物の笑顔だったから。
「そんなにオレ何か言いたそうにしてた?」
「心当たりはないのか?」
疑問に疑問で返す。そのまま黙った高尾に心当たりはあった。というより心当たりしかない。
本日は休日。どこに出掛けるでもなく一通りの家事が終わりリビングに戻ると、緑間は最近出たという小説を読んでいた。高尾にそれを邪魔する気はなく、飲み物を入れて隣に座っていた。その時間を暇と感じることはなかったが、せっかくの休みなんだよなとはちょっと考えた。けれど一緒に居れればいいやと思い過ごしていたのがつい先程まで。
それから冒頭の発言で、何のことかと思ったのだがつまりそういうことだったらしい。不満ではなかったとはいえ、そう思っているのが緑間には伝わっていたようだ。
「もし、今から出掛けようって言ったら、真ちゃんはなんて答える?」
相手に気持ちがバレているのなら隠す必要はないだろう。それでもこんな質問にしたのは、続きを読みたいのならそれで構わないと思っているから。
たまには出掛けるのも良いなとは思ったけれど、その根本にあるのは緑間と一緒に居ることだ。一緒に居られるのなら良いと思っているのは本心。少しはこっちにも気付いてくれないかな、ともこっそり思っていたけれども。
「そうだな。どこに行きたいかと尋ねるのだよ」
答えながら緑間は手元の本をパタンと閉じた。真っ直ぐにぶつかる二つの色。どうやら、余計なことは考える必要はなかったらしい。昔はすぐに却下されていたというのに、あの頃と今とでは随分と変わったものだ。
それはそうだろう。高校バスケの頂上を目指していたあの頃から既に三年が経過しているのだ。そんな二人は現在大学三年生。お互いのことを殆ど知らなかった頃とは違い、今ではお互いに相手のことを随分と分かるようになったものだ。同じ学校、同じ部活という繋がりがなくなった今。二人の関係が変わるのも当然である。
「今から行くなら買い物とか? 遊びに行くなら朝からじゃないと無理だもんな」
「行けないことはないと思うが、どこかあるのか?」
時刻は後一時間もすればお昼になる。しっかり遊ぶのならやはり日を改めて朝から出掛けるべきだろう。買い物にしても今すぐに欲しい物なんてないのだが、ぶらぶら出掛けるのもたまには有りだろう。
あの頃。バッシュを買いに行こうと誘ったり、マジバに寄って帰ろうよと誘ってみたり。色々と誘ってみたもののなかなか了承を得ることは出来なかった。それが次第と頷いてくれるようになって、割と付き合ってくれるようになった頃には相棒と呼べるような関係になっていた。
我儘三回なんていうとんでもないことを認めさせるほどの天才。常にラッキーアイテムを持ち歩く変わり者で、だけどいつだって真っ直ぐで思ったことは口にする。緑間真太郎という男は、簡潔にいうと高尾とは正反対の性格だった。
「んー……真ちゃんと一緒ならどこでも良い」
思っていたままに口にすると、緑間は一瞬驚いたように目を開いたがすぐに優しく微笑んだ。それにつられるように高尾も笑う。緑間のそんな笑顔を高尾は好きで、こういう作り物でない高尾の心からの笑顔が緑間は好きだ。作っているのかそうでないのかは、やはり目を見ればすぐに分かる。
性格が正反対の二人が共に居ることを選んだのは、むしろ性格が正反対だったからだろう。自分に持っていないものを相手が持っているから。そして、意外と似た者同士でもあるのだ。隣に居るだけで良い、一緒に居て過ごしやすい。二人にとってお互いはそんな存在。
「海にでも行きたいのか?」
「何で?」
「この間、テレビを熱心に見ていただろう」
中学生の頃はライバル……といえるほどではなかったが、他校生で一方的に知っているだけのようなものだった。高校に入った時はただのクラスメイトで、チームメイトで。早いうちから東の王者と呼ばれる強豪秀徳でレギュラーを勝ち取った仲間で、いつしか相棒になって。友達の中でも親友と呼べるくらいには親しくなって。
だけど、卒業したら自分達を繋ぐ関係は殆どなくなってしまうんだろうなと思っていた時期もあった。高校の友達、高校時代の相棒だなんて呼ぶようになるのだろうと。それなりの関係は築いていると信じていたけれど、バスケという繋がりがなくなることが大きかった。
まあ、結局それは全て杞憂に終わったのだけれど。
「よく見てるね。そんなにオレのこと気にしてくれてたの?」
「その言葉、お前にも返してやりたいのだが」
何のことーなんてとぼけてみたけれど、すぐにお前の視線は分かり易いと答えられた。また目かと思いながらも、自覚があるだけに言い返すことは出来ない。昔からずっと見ているのだから、そう言われても仕方がないのだ。
それで結局どうするんだと尋ねられ、返答に迷いながらも「今度海に連れてって」と約束をすることにした。あの番組を熱心に見ていたのは修学旅行の時を思い出したからなんだけどな、とは言葉にしなかった。その修学旅行も二人で色々見て回った思い出ばかりが浮かんでくる。
また真ちゃんと海見たいな、と思っていた。数年経って見る景色は、この目にどう映るのか。それはまた別のお話。
「なら今日はこのまま家で過ごすのか?」
「たまにはそれも良いだろ?」
「……そうだな」
結局高校を卒業してからも一番一緒に居る相手は変わっていない。それはどちらも実家から大学までが遠く、ルームシェアをすれば家賃も半額で済むという利害の一致からルームシェアをしているから。実際のところは、それ以上に一緒に居る理由が欲しかったからだったりするのだが。今も尚、変わらずに一緒に居ることが出来ているのだから今更言う必要はないだろう。
自身の頬に添えられていた手を高尾はそっと両手で包む。使いすぎで時折痛みを伴っていたこの目を緑間が大切にしてくれていたように、高尾はこの左手を何より大切にしていた。本人達もバスケをする上で必要となるそれらに気を遣っていたけれど、いつからだったか相手もそれを大事にしていることに気が付いた。それがいつなのかを告白したことはないが、どちらもなんとなくは理解している。
「オレ、真ちゃんがバスケやめてもやっぱりこの左手が好きだな」
今はテーピングのされていない綺麗な肌がそのままここにある。バスケをやめた以上、テーピングをする必要がなくなったのだ。だからあの頃ほど緑間自身は大切に扱っていないのだが、高尾の方は何かと思い入れがあるらしい。かくいう緑間も人のことはいえないのだけれど。
じっと手元を見つめる色素の薄いその瞳を緑間は真っ直ぐに見つめる。大学では同じくバスケをやめた高尾は、高校時代よりその目を酷使することこそなくなったものの視力はあの頃より確実に落ちていた。それも一般的な視力が落ちる減少と変わりはないのだけれど、それを緑間は心配する。落ちてしまうものは仕方がないのだが、なんというか。当の本人が全く気にせず楽観的な為、余計に緑間が気にしてしまうのだ。
「お前はもう少し自分のことを大切にするのだよ」
「心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと見え辛くなってきたから今度また作り直すし」
それのどこが大丈夫なんだ、とは思ったものの本人も分かっているようだから突っ込まなかった。今度というのがいつなのか分からない辺り、暫くしたら一応聞くことにしようとは思ったが。
あの頃は二人で大事に扱っていたモノは、今やお互いが気にするだけになっている。だが、それだけ自分にとっては大切なモノなのだから当然といえば当然だ。それはお互いに分かっている。
「ねぇ、真ちゃん。キスして?」
上目遣いになってしまうのはそれだけの身長差があるから。今は座っているけれど、立っていた場合には両方にその気がなければ絶対に届かない差がある。けれど、そんなことを気にしたことは今までにない。どうしてかといえば、そんなことを気にする必要がなかったからだ。
少しばかり顔を上に向ける。残りの差は向こうが縮めてくれる。立っている時も、座っている時でも。その距離は自然と詰められる。そのまま、柔らかな唇はそっと触れ合う。
「これで満足か?」
「ううん、まだ足りない」
もっと、と強請るともう一度口付けが落とされた。互いの体温が交じり合う瞬間。
「好きだ」
同時に告げられる言葉。普段はなかなか言葉にしないのだけれど、たまにはちゃんと言葉にするのも良いだろう。どうやら今日はそういう気分らしい。
卒業しても一緒に居たいと思った理由?好きだからに決まっている。
「うん、オレも大好きだよ」
意外と本心を表に見せない彼が、珍しく甘えたいというのなら好きなだけ甘やかしてやる。そうやって家の中で過ごすのも悪くはない。それも一つの休日の過ごし方だ。
おそらく初めからそんなつもりだった訳ではないのだろうが、そういう気分になったのならそれで良い。好きという気持ちは共通しているのだから。
「…………なぁ」
「何だ」
「ずっと一緒にいよ?」
「……当然なのだよ」
そう言って深いキスを交わした。たまにはこうして気持ちを伝えて確認するのも良いだろう。大切だから、時にはそれを形にして。ちゃんと気持ちを伝え合おう。
だって、オレは。
この世界の何より一番、キミがスキ!
fin