何やら派手な物音が聞こえてきた。泥棒だろうかという疑問にはそれはないとばっさり否定をした。なぜならここは六階だ。そんな高い場所までわざわざ盗みに入らないだろう。もしもの可能性はあるかもしれないがほぼないに等しい。
 それならさっきの音は何だったのか。様子を見てくると言えばオレもついていくと返ってきて、結局二人で音のした部屋へと向かう。そこで見つけたのは。








「えっと……つまりここは十年後の未来ってこと?」


 一通り説明を終えたところで確認するように尋ねたまだ幼さの残る少年。それに対して「お前達からすればそういうことになるな」と答えたのは彼の良く知る音よりも幾分か低くなった声。

 一体どういう状況なのか。

 それを簡単に説明すると、今この場には四人が集まっている。その内の二人は十六歳、まだ高校生で青春を謳歌している少年達。残る二人はといえば社会人でありこの部屋に住んでいる大人達。
 一人は黒髪に色素の薄い瞳を持ち、もう一人は緑の髪に翡翠の瞳を持つ男。それは高校生の二人も社会人の二人にも共通していえることである。

 要するにだ。
 黒髪なんてのはこの国では珍しくもないが緑色の髪と瞳を持つ男なんてそうそういない。高校生の彼等が出会ったのは十年後の未来、二十六歳になる自分達であった。


「でも、高校生の自分達が現れるなんて泥棒が来るよりビックリだよな」

「普通に考えたら有り得ないことだが、目の前にいるオレ達は本物だろう」

「そうだな。まぁいつか元に戻るっしょ。それまで適当にウチで過ごしてなよ」


 勝手に話を進めていく未来の自分達に高校生の二人は頷くことしか出来ない。もっと他に何かないだろうかと言いたいところだが口を挟んでいいものか。こんな非現実的なことが起こっているというのに随分と冷静だが、それも大人になったからだろうか。それとも実際に起こっているのだからとそのまま受け止めているのだろうか。
 気にはなったものの結局聞けずにとりあえずは出されたコーヒーを飲む。甘すぎず苦すぎず。丁度良い味になっているのは、一緒に生活をしながら好みを把握しているからなのだろう。

 そういえばこの二人はどういう関係なのだろうか。高校生の自分達はクラスメイトであり相棒でもあり、一緒にいる理由は明確にある。だが、二十六にもなって一緒にいるのは高校の時とは違って理由がなければ一緒にいたりはしない。
 いや、それともたまたま一緒にいただけなのだろうか。そう考えてみたものの二人で暮らしていると言っていたのだからたまたまではない。では、どんな理由があるのか。


「あのさ、二人はどうして一緒に暮らしてんの?」


 尋ねると大人二人はきょとんとしてまだ幼さの残る自分達を見た。それからお互いの顔を見て小さく笑うと、あの頃より大人びた高尾は昔の自分達に見えるように左手を持ち上げた。


「オレ達夫婦だから」


 左手の薬指にはリングが嵌められている。それはつまり、そういうことである。流石に左手の薬指に付けられる指輪の意味くらいは知っているだろう。
 だが、この国では同性婚なんて認められていないはずである。少なくとも緑間や高尾が高校生である頃には認められていなかった。驚きながらも嘘だろうと思ったところに、更に追い打ちがかけられる。


「ちなみにこれが婚姻届だ」


 全部しっかりと記入された婚姻届。夫婦だというのならそれがここにあるのはおかしいのだが、こういうのは大切な物だから役所に届ける日もちゃんと考えたい。そんな風に言われたらそういうものかと納得も出来なくはない。
 それじゃあ本当に、と思い始めたところで耳に届くのは小さな笑い声。どこからか、なんて言うまでもないだろう。


「いや、まさか本気で信じられるとは思わなくて」

「え、じゃあやっぱり嘘だったのかよ!」

「十年経ってもこの国では同性婚は認められてねーよ。オレはともかく緑間まで信じるとはな」

「……騙そうとしていた奴の言う台詞ではないのだよ」


 悪かったってと謝罪はされるが本当に悪いと思っているのだろうか。まずオレはともかくとはどういう意味だと言えば、そのまんまの意味だと答えられた。そんなに騙されやすいとでも思っているのか。
 そう考えてはみたが、そういう意味ではないと自分で気が付いた。自分のことだから分かったのだろう。緑間のことは予想外だったらしいが、高校生の彼が言ったように騙そうとしていたのは事実である。騙されるかどうかまでは、当たり前だが分からなかったからこそこの台詞である。


「つーかさ、大きい真ちゃんまで騙そうとするなんて」

「思わなかったか?」

「思わねーよ! オレが言うなら冗談だって思えるけど真ちゃんが言ったら本当なのかって思うじゃん」


 お前も人のことは言えないくらい自分のことを酷く言ってるだろとは思うだけにしておく。声に出したところで大人の高尾も言っていたのだからという話になるのが落ちである。それが分かっていてわざわざ口に出したりはしない。
 それより、高校生の彼等が自分達の時代に戻るまではここで適当に過ごしてもらうことになったわけが、そもそもの原因は何なのか。その疑問が残っている。

 ――と思ったのだが、どうやらそれを疑問と思っていたのは高校生組だけだったらしい。というのも、大人組は思い当たる節があったのだ。高校生の自分達も良く知っているだろう原因はすぐ近くにあった。


「そりゃあ、やっぱおは朝じゃね?」

「おは朝……オレ等の方は特にこれといったことはなかったと思うけど、こっちの運勢は何だったの?」

「懐かしいことに出会えるかも、とのことだ」

「懐かしいこと、か…………」


 これを懐かしいといっていいのか。そもそも懐かしいことに出会えるとは何なのか。懐かしい人に出会えるならともかく。それにしたって過去の自分達に出会うなんて想像の範疇を超えている。
 だが、これは現実に起こっていることであり理由としては一番しっくりくる。たかが占い番組でこのような非現実的なことが起こるのかと世間の大多数は思うことだろう。しかし、この場にいる者達はたかが占い番組の結果一つで運勢が大きく左右されることも知っている。
 とはいえ半分は占いなど信じていなかったタイプだったのだが、この占いの特定の人物に関してだけは多大な効果を発揮していると知っている。それも彼等の親しい友人がこの占いを信じ切っているからなのか何なのか。そこまでは分からないが、この占いの蟹座に対しての結果は凄い効力を持っていると身を持って知っているからこそそれだけは信じている。


「とりあえず、そろそろ飯にしねぇ? 未来の自分ってだけなんだから気なんて使わないで好きにしてくれていいから」


 時刻はお昼を過ぎたところだ。お腹も空いてくる頃だろう。そう言った高尾は飲み終わったカップをトレーに乗せるとキッチンへ消えていった。お昼は何でも良いよなと大人二人がやり取りするのを聞きながら、その後をすぐに高校生の彼も追い掛ける。


「お前等も何でも良いか? つーか、あっちで待ってて良いぜ」

「世話になるばっかもあれだしこれくらい手伝わせろよ。オレも人並みには料理くらい出来るから」


 昼食のメニューについては何でも良いと答えながら、まずはさっきのカップを片付ける。これといった注文はなかったからカレーでも作るかと冷蔵庫の中身を確認しながら相談する。甘いものが好きな緑間と辛いものが好きな高尾とでは好みが正反対なのだが、味付けはどうするのかと尋ねるとその辺は任せておけと大人の自分は笑った。どうやらその辺も分かりきっていることらしい。
 それなら味付けは任せるとして、野菜を切ったりするところから始めよう。四人分作るといっても二人で作ればそれほど時間はかからないだろう。


「手伝わなくて良いのか?」

「邪魔になるだけだろう。本ならそこにあるから読みたいものがあれば読むと良い」


 そこ、と指された場所にはたくさんの本が並んでいる。自分より十歳年上の彼はその中の一冊を手に取って視線を落とす。そんな様子を見ながら高校生の緑間もそこから一つ本を取る。
 手伝わないのは料理が苦手だからというのもあるが、それ以上に狭いキッチンに平均身長を超えた男達が四人も入れるわけがないのだ。逆に作業効率が悪くなるだけである。それならここで待っている方が良い。キッチンで昼食の準備をしている二人も手伝って欲しいとは思っていないだろう。そういうものなのだ。

 過去の自分達と未来の自分達。

 交わることのない二つの世界の二人が今ここで出会った。彼等が帰るまでの時間、どんなことが待っているのだろうか。










fin