「宮地先輩!」


 部室へ戻る部員達の間を駆け抜けてきたバスケ部では小柄な後輩が呼ぶ。
 本日の部活はつい先程終了したばかりだ。宮地は勿論、この後輩もこれから残って練習をしていくのだろう。いつもなら真っ先に緑間のところへ行くのだが、どうやら今日は違うらしい。珍しいなと思いながらもとりあえず「何だよ」と聞き返せば、後輩は何やら楽しげに笑う。


「今日の居残り練、ちょっと早めに終わりにしません?」


 これまたいきなりの提案に、どうしてそんなことをしなければいけないんだと返す。特に用事がなければ体育館の使える時間まで練習をしたい。そう思うのは宮地だけではないだろう。いつもギリギリまで残って練習をしていくぐらいなのだから、高尾にも分かる筈だ。何か納得の出来る理由があるのなら別だが、何もないのに練習を早く切り上げる理由なんてない。
 高尾もそれくらいのことは分かっている。早く終わりにしようと言ったからには当然理由もある。わざわざ今日を選んだのも今日でなくてはいけない、とまでは言わないがこの時期でなければいけないから。


「せっかくの夏休みなんですから、思い出の一つくらい作りましょうよ」

「合宿とかあっただろ。それとも何だ、もっと扱いて欲しかったか?」


 現在、秀徳高校は夏休み。部活は時々オフがあるものの土日を含めて練習ばかりだ。その夏休みももうすぐで終わりになってしまうが、部活が多く遊びに行く時間など碌になかった。
 とはいえ、その点は別に構わない。オフの日だろうとバスケをするような連中の集まりなのだから。けれど、せっかくの夏休みなのだ。合宿やこれまで以上に厳しい練習の数々、思い出になるようなことはあるけれどそれ以外の思い出だって欲しい。
 宮地の言葉をそうじゃないっすよと否定し、それなら何だと若干の怒気を含ませれば漸く本題が出て来た。


「夏の思い出に花火やりましょ!」


 今日でなければいけない訳ではないけれど、花火をするならやはり夏だろう。練習も良いけれどそれだけで夏休みが終わってしまうというというのもなんだか物足りない。少しくらい、部活とは違う思い出作りというのも良いのではないかと思うのだ。
 それも二人が一緒に過ごす高校の夏休みはこれが最初で最後だ。一年生の高尾と三年生の宮地。来年にはもうこの体育館で揃って練習をすることもなくなる。三年最後の夏休みがバスケだけってのも味気ないというのは余計なお世話だが、悪くはない提案だ。


「別にやるのは良いけど、その花火はどうすんだよ」

「それなら用意したんで大丈夫でっす」

「……お前、もしオレがそんなことしてる暇ねぇとか言ったらどうするつもりだったんだ?」

「宮地さんなら乗ってくれるって信じてました」


 都合が良いというかなんというか。元からこういう性格の奴だったなと思いながら溜め息を一つ。
 そういえばどうして高尾は真っ先に宮地の元へ来たのだろうか。というか、他の連中にはその話をしてあるのだろうか。聞けばやはり宮地が一番らしい。


「何でオレに一番に聞きに来たんだよ。緑間はどうした」

「真ちゃんには昨日の帰りに話しました」


 ああそういうことかと納得する。高尾ならまず緑間に言いそうなものだと思っていたが、今日この話をしたのは宮地が一番なだけで緑間には昨日の時点で話を済ませていたのだ。登下校も一緒にしている一年レギュラー二人はそれなりに仲が良い。それでも緑間が了承したのは少し意外だったが、そこは高尾が上手く緑間を乗せたのだろう。
 昨日の帰り道、夏だから先輩達も一緒に花火とかしたら楽しそうじゃないかと話した時は緑間もどうして花火なのかと尋ねた。夏だからと簡潔に答えた高尾に、先輩達が良いと言ったなら付き合ってやると返事を貰ったから高尾は先輩に話を聞いている。その中で一番初めに宮地に聞いた理由は、正直に言えば断られそうな気がしないでもなかったから。勿論、本人には言わないし言えない。


「二人して何の話だ?」

「あ、大坪サン! 今日練習終わった後で花火しましょうよ」

「花火?」

「買って来たんだと。練習早めに終わらせてやらないかってさ」


 高尾の提案に宮地が補足する。すると大坪は「良いんじゃないか」と頷いてくれた。そのまま近くに居た木村にも聞いてみれば、無事にOKの返事が貰えた。
 これで先輩達からの了承は無事に全て得ることが出来た。となると、残るのはあと一人。


「真ちゃん!」


 一人でひたすらシュートを撃っている緑間に声を掛ける。ボールがリングを潜り抜けるのを見送ると、緑はすぐ傍の黒髪へと視線を流した。


「先輩達は良いってさ。だから今日の練習は少し早めに切り上げで花火しようぜ」

「そういうことならさっさと練習をしろ」


 緑間らしい切り返しに適当に返事をしながら、高尾は緑間の隣にある籠の中からボールを取り出す。ダムダムと数回ついてから、それをそのまま緑間へ。
 パスを出されてとりあえず受け取った緑間は、そのボールを空高くに放った。高いループを描きながら、やはりリングに触れぬままボールは落ちる。


「パス練にでも付き合えと言うのか」

「たまには良いっしょ? ノルマが終わってからで良いからさ」


 また新しいボールを手に持ち、今度は自分でシュートを撃つ。けれど、ボールはリングに弾かれた。それもそうだろう。緑間が立っているのはスリーポイントラインよりも遠い。今はハーフラインだが、スリーポイントラインからでさえ百発百中など決められない高尾にはここからシュートを決めるのは難しい。
 やっぱり無理かなんて呟くのを聞きながら、付き合って欲しいのなら口で言えとだけ言って緑間もシュートを放つ。こちらは相変わらず外れることなくネットを潜る。


「やっぱ外れねーな」

「当然だ」


 体育館の床を転がるボールが止まったのを見届け、それじゃあ後でパス練よろしくなとだけ伝えて高尾はボールを持って自分の練習に戻る。その途中、また先輩達のところまで行っては何やら話をしている。アイツはちゃんと練習する気があるのだろうか。いや、あるのだろう。それよりも早く暗くならないかなと、今日は考えていそうなものだが。
 夏は日が長い。七時を過ぎてもまだ空は明るく、練習を少し早く切り上げるくらいの時間が丁度良いのだ。早すぎても外が明るいのでは満足に楽しめない。どうせやるなら十分な環境を整えて、とそこまでのことは考えていないだろう。

 ドリブル、パス、シュート。
 それぞれが各々の練習に時間を使っていく。長針が何週目かの十二を指した頃、短針は八を示した。外は大分暗くなり、体育館が閉まる時間も考えればそろそろ練習は終わりにするべきだろう。キャプテンの声で練習を終わりにした面々は、近くの河川敷まで移動する。流石に学校で花火は出来ないからである。
 河川敷までは歩いて十数分。この辺りまでくれば、住宅とも離れているので近隣の住民に迷惑を掛けることはないだろう。水もすぐ近くで確保出来るから安全だ。


「色々ありますけど何からします?」


 色々といっても打ち上げ花火はないですけれどと付け足せば、そんな物はあってもやらないと言われてしまった。そうだろうと思ったからこそ、この場に打ち上げ花火がない訳だが。
 けれど、それ以外の花火なら色々と揃っている。普通の手持ち花火や線香花火、他にもネズミ花火といった回転花火もある。


「何っつわれてもな。線香花火を最後にすりゃ他は何でも良いんじゃねーの?」

「やっぱ線香花火は最後なんすね」


 線香花火は最後。その考えは全員同じらしい。線香花火とはそういうものなのだろう。最後に線香花火をし、小さな火の玉が落ちるのを見届けて花火の終わりを実感する。それはみんな同じようだ。
 それなら適当に手持ち花火をやり始まるかということになり、近くにロウソクを立ててマッチで火を点ける。人に向けるなよと最初に忠告したのは念の為だ。高校生なのだからそれくらい全員が分かっているだろうが、それでもやりかねない人物が居ると思ったから。ちゃんと分かっていると返って来たからにはおそらくは大丈夫だろう。それでも若干、不安だけれど。


「小さい頃って毎年花火やってたんすけど、ここ数年は全然やってなかったんすよね」

「あーオレも似たようなモンだな。見掛けても買ってやろうとは思わねーし」

「一人でやる物でもないからな」

「家族とか友達とかっすかね。オレは家族とばっかでしたけど」

「友達とやるのはある程度の年齢になってからだろ。それこそ高校生とか大学生じゃね?」


 中学生ぐらいもまぁ有りだろう。小学生は親や保護者が一緒ならやったこともあるかもしれない。けれど、そのくらいの年齢だと友達より家族みんなでやるのではないだろうか。年齢が上がるにつれて花火からも離れ、自然と家族ではやらなくなる。その年になると逆に友達とやる機会が多くなるのだろう。


「真ちゃんは前に花火やったのいつ?」

「中学の時だ」

「中学ってキセキの連中とか?」

「夏祭りの帰りにそういう流れになったので」


 キセキの世代なんて呼ばれていても彼等も普通の中学生だ。バスケでの才能は並外れたものだが、それ以外においては他の中学生と何ら変わりない。学校帰りにコンビニで寄り道をしたり、どこにでも居るような中学生だった。
 そう言われても、バスケでのキセキの世代しか知らない身からすればあまり想像しがたい。あれだけ個性的なメンバーが集まってどんな中学生活を送っていたのだろうと思うが、別に普通だとしか緑間には答えようがない。事実普通だったのだから。前に中学の時はどんなことをしていたのかと聞かれて教えた時は、お前等もそういうことしてたんだと言われたのだが普段はくだらないことばかりしていたのである。


「お前は中学ン時とかやんなかったのか、高尾」

「オレはないっすね。夏祭りなら行きましたけど」

「かなりはしゃぎそうだな」

「お祭りは楽しむものでしょ!」


 逆に楽しまないのであれば何をしに行っているのか分からない。と、思ったところで「真ちゃんはキセキの奴等と約束して行ったの?」と話を戻した。偶々会っただけだと答えられ、それならお前もお祭りを楽しみたかったから行ったのかと聞けばラッキーアイテムの為だと言われた。何とも緑間らしい答えに全員が納得する。そういう目的でお祭りに行くというのもあるんだななんて思いながら。


「先輩達は行かなかったんですか?」

「オフにお祭りがあった時は行ったりもしたな」

「去年は行ったよな。今年はどうするかっつって結局行かなかったけど」


 この近くのお祭りがある日、今年は部活があったのだ。それでも終わってから残って練習をしなければ十分間に合う時間である。だからどうしようかと話はしたものの、なんだかんだで行かずに終わった。
 そんな話は聞いていないと高尾が言えば、言ってないんだから当たり前だろうと答えられた。先輩達だけで行くつもりだったのかといわれても、わざわざ後輩達を誘ってまでお祭りに行ったりはしないだろう。言えばそれはそうですけどといまいち納得はして貰えていないようだったのだが、それならお前は今年の祭りに誰か誘わなかったのかと尋ねると緑間を誘ってみたというのだからお互い様である。高尾も声を掛けたのは緑間だけなのだ。


「祭りに誘ったり花火したり、お前等やっぱ仲良いよな」

「別によくはありません」

「オレが色々誘ってんのに真ちゃんすぐ断るもんな」

「お前だって興味のないことには付き合わないだろう」

「真ちゃん、オレがどんだけラッキーアイテム探しに付き合ってると思ってんだよ」


 必要なのだから探すのは当たり前だ、とは言うけれどそれにも限度があるだろうと高尾は思うのだ。結局いつも最後まで付き合っているけれど。
 そんな二人の会話を聞きながら、やっぱり仲が良いんじゃないかと思うのは三年の先輩達だ。ついでに、そんなに付き合って貰っているのなら少しくらい付き合ってやれば良いのではないかとも。緑間に言わせれば、それとこれとでは違うのだろうけれど。

 話をしながら袋一杯に入っていた花火に次々と火を点けていく。時にはギャーギャー騒いだりしながら、夜なんだからあまり騒ぐなと怒られたりして。先に忠告していたにも関わらず花火を人に向けては、その光景を呆れながら眺めたり。
 気が付けば残るのは線香花火で、小さな火の玉がパチパチをと音を立てながら弾ける。そんな花火を見ながら、ポツリと呟いたのは高尾だった。


「先輩、また来年も一緒に花火やりましょうよ」


 また来年。それがもうないことは誰もが分かっている。
 大坪も宮地も木村も、今年で高校生活は終わりになる。次の春が来る頃には秀徳を卒業するのだ。来年のこの時期はバスケ部にも居ない。またなんて言ってもそれは無理な話だ。


「来年はオレ達卒業してるだろ。留年しろとでも言うのか?」

「そうすればもう一年一緒にバスケ出来ますね」

「おい、轢くぞ」


 冗談っすよと笑っているけれど、先輩達と来年も今と変わらずにバスケをしていたいと思っているのは本当だ。それこそ無理な話であることは百も承知である。この二年の差が埋まることもなければ、時間は確かに動いているのだから。


「でもほら、先輩達が来てくれれば花火くらい出来るじゃないですか」


 携帯で連絡でも取って都合を付ければ出来ないことではない。何も卒業したら一生会えなくなる訳ではないのだ。約束をしてまた集まれば良い。
 例えば、来年も花火をすると約束したら来年の夏にもまた今日みたいに集まるのだろう。その約束をしようという話である。まだそんな約束をするには早い気がしないでもないが、それでももう夏は終わりに近づいている。時の流れとは案外早いものだ。


「来てくれればって、どうしてオレ達が行くこと前提なんだよ。お前等が来い」

「だってオレ等は部活あるし、ね? 真ちゃん」

「オレに振るな」

「部活があろうが学校ではやらねーだろ」


 とはいえ、この時期なら大学も夏休みなのだろうが普通は約束して落ち合うべきではないかと話す。どっちみち夏休みなら後輩の様子を見に行きそうなものでもあるがそれはそれ、これはこれだ。


「じゃあ、来年もここに集合ってことで良いっすか?」

「それはまた来年決めれば良いんじゃないか? 一年後の話だろう」

「まぁそれもそうっすね」


 とりあえず来年も一緒に花火をしようということで話を纏める。実際、今ここで来年のことを細かく決めたとして覚えていられるかは定かではない。今は来年も花火をするという約束だけで十分である。異論もないようだからこれで問題ないだろう。

 パチパチと燃えていた光が落ち、とうとう線香花火も終わる。あれだけ花火があったというのにあっという間である。
 全ての花火を片付けて火の始末をして、そういえば何も食べてないしコンビニでも寄って行こうかなんて話しながら星空の下を歩く。そんな夏の一日。







来年も再来年も、このメンバーで集まれたら。