可愛くて美人で、すらっとしたモデルのような体形。綺麗な緑の髪を頭の上の方で括り、スカートは膝より少し下。清楚系といえば良いだろうか。真面目で成績も優秀、運動神経も良い。
まあ性格に少し難ありともいわれるけれど、いざ話してみれば自分の信念を持っているだけで良い子だ。変わり者といわれる理由も分かるけれど、これだけ好条件が揃っている彼女を男達が放っておくわけもなく。誰かと付き合ったという話は聞いたことがないけれど、告白なら何回もされているんじゃないだろうか。勿論、その回数なんてオレは知らないけれど。
「相変わらずモテるね、真ちゃん」
そう声を掛ければ、翡翠の瞳はこちらを見て明らかに嫌そうな顔をした。それから「見ていたのか」と聞かれたから、素直にたまたま通りがかっただけだと答えておいた。本当にオレがここを通ったのは偶然。誤解をされないようにそう言ったのだが。
「悪趣味なのだよ」
「だから、たまたまだって言ってるだろ」
それでも見ていたのだろう、と言われたら否定は出来ない。見ていたというより通りかかった際に聞いてしまっただけだが、緑間からすれば同じことなのだろう。誰でも告白現場を他人に見られて良い気はしない。
とはいえ、オレは職員室に用があっただけなんだけどな。告白ならもっと別の場所でやれば良いのにと思ったが、人目に付かない場所であるのは確かか。
「今回も断ったの?」
「それは私の勝手だろう」
「まあそうなんだけどさ、真ちゃんってモテるのに誰とも付き合わないよな」
それこそ私の勝手だと鋭い目を向けられる。全くその通りではあるが、これはやっぱりあれなんだろうか。
「もしかして、好きな人が居るとか?」
言えば「お前には関係ない」とばっさり言われてしまった。それもごもっともではあるが、真ちゃんに関係なくてもオレには関係あるというのはこっちの話だ。
けど、この反応からしてその線は薄いだろうか。となると、単純に好みの問題か。好きでもない相手と付き合う人なんていないし、ちょっとでも惹かれる要素がなければ付き合おうとさえ思わない。
そんなことを考えていると、緑間は一つ溜め息を吐いた。
「大体、勉強や部活をしていたら恋愛なんてしている暇はないのだよ」
「いや、それは違くねぇ?」
それと恋愛はまた別ではないだろうか。そう思うけれど、それならお前はどうなんだと問われるとまた困る。
オレは真ちゃんのようにモテるわけではないけれど、告白されたことがないわけでもない。その時に今は部活に集中したいから、と断っていたことを真ちゃんは知っている。あの時は今とは逆で、真ちゃんがたまたまオレの告白現場に遭遇したんだっけ。
「お前は人のことを言えないだろう」
「でもさ、時間は作ろうと思えば作れないこともないだろ? 運動部で付き合ってる奴だって居るんだし」
つーか、うちの部でも付き合っている奴なら居る。オレもそれを理由に断っているから真ちゃんのことは言えないけれど、全部を両立させる人は両立させてるんだよな。
でもやっぱり、好きだったら一緒に居たいとか。好きな子の為に頑張りたいとか。そういうことを思うのかな。恋人が居ないオレに分からないけど、とは言い難いか。
「もう良いだろ。私は教室に戻る」
そう言ってこの場を去ろうとする緑間の手をオレは掴んだ。そのせいで立ち止まることになった真ちゃんは、翡翠の目をこちらに向けて「まだ何かあるのか」と問う。
「あのさ、オレと付き合ってみない?」
さっきの男子生徒への返事はノーだろう。聞いていなくたって真ちゃんがここに一人で残っているんだから分かる。それに付き合っている相手がいないことも知っている。
「……急に、何を言ってるのだよ」
「急じゃないよ。嘘でも冗談でもない」
恋人がいなくて好きな人もいないのなら、少しくらいは可能性もあるだろう。言わなければ答えを聞くチャンスすらない。
好きになったのはいつだろう。好きだって自覚をしたのは数ヶ月ほど前のことだった。だけど緑間が今まで告白にOKしたことがないのは知ってたし、オレも部活で手一杯だったから気持ちを伝えたことはなかった。
……なんて、ただ告白する勇気がなかっただけともいえる。でも、こういう場面に遭遇してしまうと複雑な心境になる。そりゃあ好きなんだからある意味当たり前だけど。
「人をからかうのはよせ」
「からかってない。告白でからかうとか最低でしょ」
「けど、お前は部活で忙しいと断っているんだろう? それなら……」
「別にそれは嘘じゃないけど、好きな相手がいるのに他の奴とは付き合えない」
付き合いたいとも思わない。誰だってそうだろう。実際に毎日朝早くから夜遅くまで部活では、恋人と過ごせる時間だって高が知れている。部活に集中したいからというのもオレの本音だったから、断る理由としては丁度良かっただけだ。
だけど、自分が好きな相手となら別だ。それでも部活を厳かにするつもりはないから根本的なところに変わりはないけれど、きっと真ちゃんはこれからも告白されることは多いだろう。そう思った時には緑間を引き留めていた。
「真ちゃん、オレはお前が……」
「待て!」
最後まで言い終える前に真ちゃんに止められる。ほんのりと頬が朱に染まった顔を見て可愛いなとか思ってしまったけれど、そんなことを考えている場合ではないだろう。
「何?」
「何故急にこんな話になったのかと聞いているだろう」
だからそれは、と先程の言葉の続きを言おうとするがまたしても緑間にストップを掛けられる。
「私は他の女の子のように可愛くもないし、背だって高い」
「真ちゃんは可愛いよ。身長もオレは気にしない。真ちゃんは真ちゃんでしょ?」
「それに、お前はポジティブな子が好きなのだろう」
それは好みを聞かれたからそう答えただけで、実際に好きになる子と好みの子はまた別だろう。
そう言おうと思ったところでちょっと待てと思い至る。
「オレ真ちゃんにそんな話したっけ?」
女の子と付き合わない理由は前に話したことがあった。でも、どんな子が好みかなんて話はしたことがなかったはずだ。それをどうして真ちゃんが知っているのだろうか。
「それは……教室で話していたのがたまたま聞こえただけなのだよ」
若干視線を逸らしてそう言った後、盗み聞きをしていたわけではないと否定された。続けて、あんな場所で堂々と話していれば聞こえてもしょうがないだろうと。
確かにそれなら知っていてもおかしくないか。真ちゃんとは同じクラスなだけでなく席も近い。クラスの男友達とそんな話になった覚えはあるから、真ちゃんにもそれが聞こえていたってわけか。
「そんなことを言った気はするけど、だからってオレがそういう子を好きになるとは限らないだろ」
「だが、私なんかより……」
「オレは真ちゃんが好きなんだよ」
他の女の子で良いわけがない。オレが好きになったのは、今目の前に居る女の子。
漸く好きだと伝えられたけれど、それを聞いた真ちゃんは黙ってしまった。これだけ言われるってことは脈なしだけど同じ部活に所属しているから角が立たないようにしたいのか、あるいは。
「真ちゃんはオレのこと、どう思ってる?」
断ったところで今までと何も変わらないから、と一応補足しておく。でも多分、嫌われてはいないと思う。それにこの反応は嫌われているというより。
「…………お前のことは……」
嫌いではない、と小さな声で言われた。俯いたままだったけれど、顔が赤くなっていることは見て分かった。
好きとは言われなかったものの嫌いでないということはつまり、その逆だと受け取って良いんだろうか。こんな顔をされたら、良いように受け取りたくなるんだけど。
「あのさ、オレの良いように受け取っちゃうよ?」
「……好きにすれば良いだろう」
これが真ちゃんなりの答えなんだろう。はっきり言葉にはされなかったけれど十分だ。むしろ十分すぎるくらいで。
「じゃあ、改めてよろしくな。真ちゃん」
言えば、ちらりとこちらを見た翡翠は「ああ」と答えてくれた。
オレの私の好きな人