親同士が仲が良く、家が近いこともあって小さい頃から一緒に遊んでいた。幼稚園、小学校、中学校、更には高校まで同じだった二人。登下校も一緒にすることが多かった。中学や高校では部活動もあったけれど、同じ部活に所属していたこともあって時間はあまり違わなかったのだ。同じ部といっても緑間は選手、高尾はマネージャーだ。それが高校生だった頃までの話。
 流石に大学は別々の学校になった。高尾は自宅から電車通学で一時間ほどの場所にある大学へ、緑間は自宅から通うには少しばかり遠いという理由で一人暮らしをしている部屋から。
 それでも二人の関係がなくなるわけではない。時々連絡を取り合ったり、同じ都内ということもあって緑間の部屋を訪れることも度々。初めの内は女が一人暮らしの男を訪ねて来て良いのかと言ったのだが「だって真ちゃんだし」ときょとんとされたものだ。それからは彼女の好きにさせている。


「真ちゃん、ちゃんとご飯食べてる?」

「食べているといつも言っているだろう」


 そうは言われてもレポートの締め切りが近いと平気で食事を抜くのだ。医大生がそれで良いのかとは思えど、一人暮らしではなかなかそこまで手が回らないのだろう。
 加えて緑間は昔から料理が苦手だ。普段の食事も自炊をすることは殆どない。だから彼の家に来る時はいつも何か手料理を作って食べさせている。といっても大したものは作れないが、コンビニ弁当や外食で毎回済ませるよりは遥かに良いだろう。


「少しくらい料理も覚えた方が体に良いと思うんだけどな」

「体調管理くらいしっかりしているのだよ」


 本当に?と聞き返してしまうような食生活だが、それでも緑間なら体調管理だけはこちらが心配する必要もないのだろう。体調管理に気を付けるのなら健康にも気を遣って欲しいものだが、料理を覚える時間があるなら別のことに使われそうだ。それに人には誰だって得手不得手がある。こればかりはどうしようもないのだ。
 せめて自分が来た時は栄養バランスの良いものをと献立を考えてくれる幼馴染にはこれでも感謝している。初めは男の部屋に来るなんてどうかと思ったものだが彼女からすれば自分はただの幼馴染でしかないらしい。感謝はしているがいつまでも幼馴染にしか見られないことに思うところがないとはいえない。本人には言わないけれど。


「でも、いつかはこういうこと彼女とかにやってもらうのかな」


 一応補足しておくと、今緑間に彼女はいない。ついでに高尾も付き合っている相手はいない。だからこそ幼馴染だからという理由で出入りしているのだろう。そうでなければ恋人が黙っているわけがない。
 そうなったら寂しくなるなと話す様子を見ながら、コイツは本当に人の気も知らないでと思うのだ。勿論、高尾に悪気はない。ただ思ったことをそのまま口にしただけである。


「それなら、お前は彼氏に料理を作るようになるのだろうな」


 恋人に料理を作ってもらい、恋人に料理を作ってあげる。そんな生活は夢ではないだろう。今は恋人がいないかもしれないがお互いにいつかはそういう相手と出会う。その時、今のお互いの立場は恋人のものへと変わっていく。
 いつになるかは分からないけれど必ず来るであろうその日。だが、幼馴染が選ぶ相手ならきっと素敵な人なのだろう。そんな風に考えるのは幼馴染という関係がそれ以上にもそれ以下にもならないから。


「今から料理の練習とかしておいた方が良いかな?」

「今でも十分だろう」

「真ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」


 レパートリーも少ないけれど緑間の一言でちょっと自信がついた気がする。
 実際、高尾の料理は美味しいのだから緑間にしてみれば事実を言っているだけにすぎない。そして美味しいと言ってもらえるのは作った人間としてはとても喜ばしいことだ。新しいレシピを見付けては挑戦して、大学生になったばかりの頃よりも腕は確実に上がっているだろう。この先もそうやって料理を続けていけばわざわざ練習などしなくても自然と上達しそうなものである。


「お前なら何も心配することはないのだよ」


 料理に関してもそれ以外のことに関しても。明るく元気なクラスのムードメーカー的な存在であった彼女はこれまでも異性に人気があった。高尾自身は女の子らしいところなんてないしと言っているが、見た目だけをとっても彼女は可愛い。告白された回数だって両手では到底足りないほどだ。
 しかし恋愛経験はゼロである。といっても、これまでは部活が忙しくてそういった時間が取れなかったから断っていただけのこと。大学生になってからはサークルにも入っていないらしく、今後はそういった話も聞くようになるのかもしれない。緑間にとっては複雑だけれども。


「良いお嫁さんになれると思う?」

「……どうしてそれをオレに聞くのだよ」

「だってここにはオレと真ちゃんしかいないじゃん」

「それはそうだが……はあ。貰い手には困らないのではないか」


 困る要素がどこにもないのだ。彼女のような人を放っておく男もいないだろう。そしていつかは結婚という話になっていく。当たり前のことだ。
 それは緑間にしても同じ。現在お付き合いしている人がいないにしてもこれだけの優良物件を放っておく女はいないだろうと高尾は思うのだ。ちょっと変わったところもあるけれどそれ以上に良いところが沢山ある。今までにもそれに気付いてかどうかは分からないが何度も告白されている。バスケを理由に彼がそれらを断っていることは知っていたけれど毎回気になっていたということを彼は知らないだろう。


「けど、もし嫁に行き遅れたら真ちゃんがもらってくれる?」


 冗談交じりに笑いながら問うが答えが返ってこない。それを不思議に思って「真ちゃん?」と呼べば、少し遅れて「その時はな」とだけ答えてくれた。
 本気なのか適当に話を合わせただけなのか。幼馴染といえど相手の考えが全部分かるわけではない。これほどまで幼馴染の一言が本音か建前か気になることなんてそうそうない。


「……ねぇ真ちゃん、前から聞きたかったことがあるんだけどさ」


 前から。そう、前から。聞いてみたかったことがあるのだ。
 幼馴染という特別な関係でいられることが嬉しかったのはいつまでだったのだろう。いつからか幼馴染という肩書が邪魔になっていた。いつだって彼、彼女は自分を幼馴染としか見てくれないから。


「真ちゃんは、オレに好きって言ってくれないの?」


 人の気も知らないで、と緑間が思ったのと同じ数だけ高尾も同じことを思っていた。
 近すぎる距離。けれどその先には踏み込めない。何をやるにも幼馴染だから。幼馴染を好きになってはいけないなんてことはないけれど、どうやってそういう意味で好きなのだと伝えれば良いのか。分からなくて、話の流れに乗せて聞いてみた。今なら冗談でも流せる気がしたから。
 だが、言った途端に幼馴染は咳き込み出す。その様子に慌てて大丈夫かと背中をさする。そんなに変なことは……言ったのかもしれない。


「お前は、突然何なのだよ……!」


 なんとか咳が止まったらしい緑間は突拍子の無さ過ぎる発言に突っ込んだ。咳き込むことになった原因は言わずもがな高尾である。
 どうしていきなりそんな話になったのか。緑間にとっては疑問でしかなくとも高尾はずっと聞きたかったのだ。偶然にも恋人の話題になり、聞くなら今しかないと思った。いや、聞きたかったのは高尾だけでもないのだけれど。


「だって、こんなに近くに可愛い幼馴染がいるんだぜ? モテるのに彼女もいない幼馴染がいたら聞きたくもなるじゃん」


 ならないだろうとまともな答えを返しながらやはり人をからかっているのかと幼馴染に視線を向ける。減るものでもないと笑われるのかと思ったが、意外なことに彼女から返ってくるのは真っ直ぐな瞳だけ。
 珍しいと思いながら視界に映ったそれに気が付いた。ぎゅっと膝の上で握られた拳が僅かに揺れていること。そういえば冗談っぽく言っていたけれどいつもと少しばかり声色が違ったこと。そうだよなと作った笑顔を貼り付けた彼女はそれが緑間に通用しないと知っているはずなのに。


「たか――――」

「まぁ真ちゃんなら心配ないか。変なこと言って、ごめんね?」


 幼馴染のことは誰よりも知っている。それくらいの自信はある。幼馴染であり好きな相手となれば尚更だ。謝るべきなのはそれでいて気付いてやれなかったこちらの方。


「高尾!」


 勝手なことを言い始めた幼馴染の名を呼べばびくっと肩が跳ねた。怒られる。こういう冗談が嫌いだって知ってたのにこんなこと言ったから。
 ――とでも思っているのだろう。思わず声が大きくなってしまったが怒るつもりなんてない。怒られるとすればお互いに、素直になっていればややこしいことにはならなかった。それを幼馴染だからで片付けてはいけない。


「高尾、お前は謝ることなどしていないだろう」

「でもオレ」

「いいか、一度しか言わないからな。オレはこれからもお前に飯を作ってもらいたい。他の男のために練習などするな。オレだけに作ってくれ。そしてずっとここにいろ、高尾」


 料理を作ってくれる彼女は高尾だけで十分だ。そんな相手を作るつもりもないし、高尾にもそんな相手は作って欲しくない。これは自分の我儘でしかないが、見ず知らずの男に料理を作るくらいならそこの台所に立っていて欲しい。
 高尾の気持ちに気付いてやれず傷つけてしまった。きっと彼女は何でもないように次も笑うのだろうが次では遅い。今笑っていて欲しいのだ。作り物ではない笑顔で。彼女は笑顔が一番似合うから。


「ずっと、って…………」

「今は無理だが卒業したら一緒に暮らそう。お前にはずっと、傍にいて欲しいのだよ」


 勿論幼馴染としてではない。わざわざ言わなくてもここまで言われれば高尾だって流石に分かっている。分かっているけれど。


「本当に、オレでいいの?」

「お前でなければ駄目だ」


 幼馴染としか見られていない自分がどうやって伝えたら良いのか、何度も考えてきた。伝えようとしたこともあった。結局、幼馴染として隣で笑ってくれる彼女に伝えることは出来なかったけれど、いつか伝えようと思っていた。
 そのいつかが彼女を悩ませてしまったから今、はっきりと伝える。自立して一人前になってから伝えようとしていたその言葉を。大切な幼馴染を、大好きなその人を失わないために。


「……それなら、言って欲しい言葉があるんだけど」


 顔を上げた彼女の目を見て理解した。確かに、最初はそういう話だった。それを除いたとしても言うべき言葉であることに変わりない。まだ伝えていなかった愛の言葉。


「好きだ、高尾」

「オレも、好きだよ。真ちゃん」


 ずっとずっと好きだった。幼い頃は幼馴染として。気が付いた時にはそういった特別な意味で。ずっと、好きだった。彼女が好きになる前から、彼が好きになる前から。それは分からないけれど。
 ただの幼馴染を異性として見るようになった瞬間。自覚したのはそれぞれ違ったのかもしれない。けれど、あの時同時に恋に落ちていたなんて。それは本人達も知らない秘密。






もう幼馴染じゃないんだって、笑い合える日を待っていた。