ラッキーアイテムとセーラー服
「真ちゃん、明日のラッキーアイテムどうすんの?」
休み時間。今朝見たおは朝の内容を思い出して後ろの席を振り返る。緑間がおは朝のラッキーアイテムを毎日持ってきているというのは、クラスでも部活でも今やお馴染みの光景だ。いつからか緑間のラッキーアイテムの為に周りもおは朝をチェックするようになっていたりする。
そんな緑間の明日のラッキーアイテムだが、それがまた入手困難なアイテムだったのである。そんなものどこで入手すれば良いんだと思うようなアイテムでも平気で出してくるのがおは朝である。そして、緑間はそんなアイテムをどうにかして入手してくるのだ。だからきっと明日もどうにかするのだろうとは思いつつ、その入手困難なアイテムの入手方法が気になった。
「買いに行くに決まっているだろう」
「買いに行くって、真ちゃん一人で行くのかよ」
「それ以外に何があるのだよ」
当然だろうと言う緑間に、まあそうかもしれないけれどと高尾は思うのだ。いつもそうしているのだから明日も同じだろうとは思った。時々高尾もそのラッキーアイテム探しに付き合うことはあるけれど、基本的には緑間が自分で見付けてくる。部員が持っていれば部員から借りたり、ということもあるが流石に今回はそれも出来ないだろうとは思っていた。買えない物ではないから買うのかなとも思っていたけれど、本当に買うのかと思ってしまったのはやはりそのアイテムのせいだろう。
「でもさ、セーラー服でしょ?」
そう。明日の蟹座のラッキーアイテムはセーラー服なのだ。高校生である自分達の身近にあるものとはいえ、男子高校生である二人がそんな物を持っている訳がない。勿論部員も同じだ。女子なら持っているにしてもそれを借りる訳にもいかない。
となれば、やはり買う以外に選択肢などないのだが男子高校生がセーラー服を買いに行く。それは明らかに普通ではないだろう。売ってくれないということはないだろうが、驚かれることは間違いない。戸惑いながらも販売してくれるだろう店員と、何も気にせず買うであろう緑間を想像して思わず笑いが零れる。
そんな高尾に緑間は眉間に皺を寄せる。それに気付いて「ごめんごめん」なんて高尾は謝っているが、笑いながらでは説得力なんてないようなものだ。
「セーラー服を買う真ちゃんを想像したら、おかしくて……」
「…………高尾、反省していないだろう」
してるってと話す高尾は未だに笑い続けている。そんな高尾に緑間は溜め息を零す。笑いのツボが浅いこの友人は、こうなったら放っておくのが一番だということを知っているのだ。
数分後。漸く落ち着いたらしい高尾が、再びラッキーアイテムの話題を持ち出す。
「ラッキーアイテムって身に付ける方が効果があるんだろ? やっぱり明日は着る?」
「着る訳がないのだよ!」
どうしてセーラー服を着なければいけないのか。いくらラッキーアイテムは身に付けた方がより効果的であるとはいえ、セーラー服なんてものを着る訳がない。誰が百九十センチオーバーの男子高校生のセーラー服姿なんて見たいのか。まず着るにしてもそんなサイズなどオーダーメイドでもしなければ無理だろう。それ以前に、着ようとも着たいとも思わない。
そう言うお前は、仮にセーラー服があったとして着るのか。普通は女装なんてしたくないだろう。そう思って尋ねてみたのだが。
「え? オレ着たことあるけど」
まさかこんな答えが返って来るとは思わなかった。思わず「は?」と間抜けな声が漏れる。
セーラー服を着たことがあるのか、コイツは。どうして女物の服を、しかもセーラー服を着ようと思ったのか。そこまで考えて、学園祭でならそういうこともあるかもしれないのかと考え直す。帝光中でも学園祭ではコスプレをしていたクラスもあった。それならばあってもおかしくはないか、と思ったのだが続けられた高尾の言葉は斜め上を行くものだった。
「前に妹ちゃんが学ラン着てみたいって言ってさ。じゃあオレもセーラー着てみたいなとかいう話になって」
どうやらセーラー服を着たのは学園祭などのイベントごとではないらしい。それどころか、この話を聞く限りでは妹のセーラー服を借りたというようにしか聞こえない。一応、念の為に確認してみれば平然とそうだと答えてくれた。
「……どうしたらそういう話になるのだよ」
「いやほら、どうせ誰も見てないし。どんな感じなのかなとか気になるじゃん」
別に気にならないだろう。そう思った緑間は間違っていない。それが普通の感覚だ。世の中には高尾と同意見の者も居るかもしれないが、大多数は緑間と同意見だろう。
誰も見ていないにしても着たいとは思わないだろう。言えばそうかななんて言うものだからそうだと肯定しておく。普段は緑間の方がラッキーアイテムやワガママのこともあって常識外れのようなことを言われるが、今回は逆のようだ。
事の経緯を説明するとこういうことらしい。
それはいつかの休日。親は出掛けていて高尾と妹の二人しか家に居なかった時のことである。
『お兄ちゃん、学ランってどんな感じなの?』
唐突に妹はそんな質問を投げてきた。どんな感じなのかと問われてもどう説明すれば良いのか分からない。だから見たまんまの感じだけどとしか答えられなかった。妹もなんとなく聞いてみたかっただけなのか、その答えにふーんと頷くだけで会話は一旦終了した。
学ランの着心地なんていわれても普通の制服なのだから他の服と特に変わりがある訳でもない。説明をするくらいなら着た方が分かり易いんじゃないかというレベルである。そう思ったところで、ならそうすれば良いんじゃんと納得して高尾は先程の話題を再開させた。
『気になるなら着てみる?』
ちょっと貸すくらいなら何の問題もない。それに相手は妹なのだ。今ここでちょっと着てみるくらい全然構わない。高尾よりも小柄な妹なら学ランを着るのも容易だろう。多少大きいのは仕方がないけれど、どんな感じなのかくらいは分かる。
そんな兄の提案に妹は「良いの?」と反応を見せた。だから良いぜと答えて学ランを部屋に取りに行く。それからリビングに戻り妹に制服を手渡すと、ちょっと着替えてみると学ランを片手に近くの部屋に移動した。
数分後に戻ってきた妹は、少し大きめの学ランを身に付けてどうかなと高尾の前に現れた。結構似合ってるなと感想を述べるとそうかなと妹も楽しそうに笑う。
『あ、そうだ。逆にセーラー服ってどんな感じなの?』
『セーラーも普通だよ。お兄ちゃん学ラン貸してくれたし、私のセーラー試しに着てみる?』
え、マジで?聞き返すなりうんと頷かれ、それじゃあ取って来ると妹は部屋に戻った。さっきとは立場が入れ替わり、今度は妹の制服を高尾が手にした。でも着れないんじゃないのかなという疑問は、お兄ちゃんならなんとか大丈夫じゃないという妹の言葉でとりあえず試してみるという流れになった。その結果。
『ギリギリだけど着れたわ。スカートのファスナー上まで閉まらないけど』
『お兄ちゃん結構似合ってるね! どうせならピン止めとかつけてみる?』
『ここまできたら色々やってみるか!』
そんなことから可愛らしいピン止めやカチューシャ、女の子らしいアイテムがズラッと並んだ。こっちはどうだろう、あっちのも良いんじゃない、みたいなやり取りをしながら遊びつつ。どうせなら写メでも撮るかなんていう話になって、兄妹二人で盛り上がった。
「結構可愛いっしょ?」
セーラー服を着た経緯を説明し終わった高尾は、その時の写メを緑間に見せながらそう言った。
この兄妹は何をしているんだと思ったが、この兄とその妹だ。緑間は妹に会ったことはあれど殆ど話したことはないが、似たもの兄妹だとすれば有り得ないこともないのかもしれないと思った。なんせ、高尾は人生は楽しんだもの勝ちだと言っておもしろそうなことには何でも手を出す。その時もきっとそうだったのだろう。笑いが絶えずに行われただろう制服交換を想像して、本日二度目の溜め息が零れた。
「それで、その後はどうしたのだよ」
「どうって普通に着替えて返したぜ。あ、妹ちゃんも制服は使うから借りてはこれないぜ」
「借りようとも思わん。明日の分は買うから問題ない」
この為だけにセーラー服を買うのかと思うかもしれないが、緑間がラッキーアイテムの為にどれだけの出費をしているかを隣で見ている高尾としてはいつものことだ。どんなに高価な物であってもそれがラッキーアイテムであれば、緑間は値段など気にせずにそれを購入するのだ。金銭感覚がおかしいと言ったこともあったけれど、ラッキーアイテムの為なのだから良いとのこと。お金の使い道は人それぞれである。
それにしても、と緑間は高尾の携帯に視線を落とす。コイツのことだからノリノリでセーラー服を着て、より可愛くなるようにと色々試したに違いない。相手が妹ということもあって自由にやっていたのだろう。そんなことは今はどうでも良い訳だが。
「高尾、そんなにセーラー服を着たいなら明日も着れば良いのだよ」
その言葉がどういう意味を含んでいるのかくらい、高尾もすぐに理解した。明日という単語にセーラー服という単語。それらが指し示すことといえば、明日の蟹座のラッキーアイテムだ。その話をずっとしているのだから理解することは容易い。
けれどそれとこれとでは別だ。いくらセーラー服を着たことがあるといっても、高尾はセーラー服を着て登校をしたいなど思わない。むしろそれは願い下げだ。家で悪ノリして遊ぶのとそれでは訳が違う。
「それは流石に無理だろ。人前で着たいとか思わないし、見る方も辛くね?」
「前者はともかく後者なら問題ないだろう」
いや、どっちも問題あるだろう。思わず突っ込んだ高尾に対し、似合っていれば問題ないのではないかと緑間は答えた。予想外の答えに高尾は目を丸くする。緑間がそんなことを言うとは思わなかった。そりゃ、先に可愛いだろと言って写真を見せたのは高尾の方だけれど。
「何だ」
驚いたままこちらを見つめる高尾に尋ねる。その声で我になったらしい高尾は、思ったままに「真ちゃんがそんなこと言うとは思わなかった」と話す。それに対して思ったままのことを言っただけだなんて返してくれるのだから心臓に悪い。
どうしてこう唐突にこういうことを言うのだろうか。心の中でそんなことを思ったものの声には出さなかった。
「真ちゃんって、そういうの好みだったりする?」
「そういうのが何を指しているのか知らないが、オレはお前が好きなだけだ」
はっきりと言い切られた言葉。今度こそ高尾は固まった。予想外、なんていうものではない。本当、いきなりデレるのはやめてくれ。心臓に悪いから。言っても無意味だから口にはしないけれど、唐突な恋人のデレに顔に熱が集まるのを感じる。
あーもうどうしてこうなったんだ。原因を辿ればどう考えてもそれは高尾自身にあるだろう。そうやって思考を巡らせているうちにここがどこなのかも思い出して慌てて声を上げる。
「っつーか、ここ教室なんだけど!」
「これだけ騒がしければ誰も聞いていないのだよ」
「そういう問題じゃねーよ!」
休み時間というだけあって周りも騒がしく、教室の一角で行われている二人のやり取りに気付いている者など殆ど居ないだろう。どちらかといえば、今の高尾の声の方が教室に響いているだろうと緑間は思う。本人の為に一応指摘してやれば、すぐに口を噤んだ。それから普段通りの声量に戻して話を続ける。
「えっと……それで、結局明日はセーラー着るの?」
「着ないと言っただろう。お前が着たいのなら着ても良いが」
「遠慮シマス」
分かり易い反応に緑間は小さく笑う。そんな緑間が楽しんでいるということは高尾も分かっている。普段は高尾の方が何かと恥ずかしいことを口にしたりスキンシップを取るのだが、今日は立場が逆のようだ。先程の発言も、いつもなら高尾に対して緑間が場所を弁えろと言うことの方が多いのだ。こうして立場が入れ替わるのは時々。真ちゃんが突然デレるからだ、とは高尾の勝手な意見である。
このまま言われっぱなしで終わるのもと思い、家で二人きりなら着てやっても良いけどなんて言ってみる。どうせ乗らないだろうと思ったのだが、これが意外にそれなら放課後に家に来るかと返されたりして。今は何を言っても口で勝てそうにないと判断する。
「あーもう、明日の放課後は覚悟しとけよ?」
「楽しみにしているのだよ」
どうしてこんな話になったのやら。それは当人達ですら理解しているのか危うい。
明日の放課後といえば体育館の整備が行われる為に部活もオフ。一体どんな日を送ることになるのだろうか。それはまた明日のお楽しみ。
fin