「宮地さんも物好きっすね」
だってこんなオレのことを好きとか、本当に物好きというか。むしろ物好きでなければなんだろう。何せこの人、オレが他に好きな人がいるのを知っていて傍にいてくれるような人だ。
ちなみに宮地さんが好きなのはオレ。これを物好きと言わずになんというのか。本当、物好きだよアンタ。
「オレが物好きならお前はどうなんだよ」
「オレは……普通でしょ」
「どこがどう普通なんだよ」
どこって言われても困るけど、男なのに整った顔をしていて美人に分類される人なのだから当然女子にも人気がある。そういう意味では普通だと思う。
誤解のないようにいっておくけど、オレは別に顔で選んでいる訳じゃない。そりゃ美人なのは認めるけど、もっと根本的なところに惹かれた。
「オレはお前ほど物好きなヤツの方がいないと思うけどな」
「だからオレは物好きじゃないですよ」
なんだか物好きの定義が分からなくなってきそうなやり取りだ。お互いに相手を物好きなんて言っているけれど、それは自分を好きになったからなのかそれとも別の誰かを好きになったことを言っているのか。そこまでのことは分からない。オレが言っているのは前者である。
「で、今日はどうしたんだよ」
何の用もなしに押しかけて来た訳じゃないだろ、と宮地さんは右手を止めてこちらを振り返る。
そう、ここは宮地さんの部屋。何の連絡もなしにやって来た後輩を文句を言いつつも先輩は家に上げてくれた。見ての通り勉強中だった訳だが、邪魔をしないからということで過ごしていたところだ。結局ふとした疑問を尋ねたら、勉強を中断させてしまったようだけど。
「宮地さんに会いたくなりました」
「…………お前さ、もう少しまともなこと言えねーの?」
オレは思ったままのことを言っただけですけど、と言っても宮地さんはあまり信じていないようだ。本当のことなんだけどな。そう言ってみても適当に流されるだけ。
まぁ自業自得というヤツだ。別に宮地さんを訪ねて来た理由なんて何でも良いんだろうけれど、この言葉を信じて貰えない原因はオレにある。当たり前といえば当たり前のこと。この人はオレが誰を好きなのかを知っているから。結局そこに戻ってくるのだ。
「ねぇ、先輩」
「オレはもうお前の先輩じゃねーけど?」
「卒業したって先輩は先輩じゃないっすか」
宮地さんだっていつまでも世話の焼ける後輩だとか言うクセに、なんて言葉は声には出さなかったけれど。卒業したところでこれまでの先輩後輩の関係がなくなる訳ではない。いつになっても先輩は先輩で、先輩から見るオレも後輩なんだろう。そういうものだ。
「どうやったらオレの言葉、信じてもらえるんすかね」
誰に、とは言わなかった。言う必要もない。こんな曖昧な相談も今に始まったことではない。はっきり言えと言われることもなく、どうしてそれをオレに聞くんだよとは言われながらもなんだかんだでこの人は相談に乗ってくれる。だからオレはいつまでもこの人に甘えてしまう。
それはいけないことだって分かってる。それがこの人を傷つけることになるっていうのも分かっている。だけど、この人は受け入れてくれるんだ。優しいとか、オレのことが好きだからとか、それにしたって簡単に出来ることではないと思う。
「そんなの直接言うしかねーだろ」
「直球勝負で見事に玉砕したらどうするんすか」
「そん時はそん時だろ。慰めるぐらいはしてやるよ」
「宮地さん優しいっすね」
直接言って通じていたら苦労もしていないのだが、宮地さんもそういう意味で言っていることは分かっているはずだ。そしてオレもここまでは冗談であることくらい分かっている。冗談というよりは適当な回答といった方が正しいか。
「そういうのは諦めずに伝えるしかねぇんじゃねーの?」
「……やっぱそうなりますよね」
それも分かってるんだけど、なかなか難しいものだ。相手が相手だからと言われてしまえばそれまでだけれども。
どうしてオレはアイツを好きになったんだろうとか、そんなことは考えるだけ無駄だろう。好きになるというのは意図するものではない。気付いたらいつの間にか、というのが恋に落ちるというもの。誰も好きでそうなった訳じゃない、というのは少しおかしいけれど。難しい恋をしたものだと、どこか客観的に自分の恋を見る。
「何もしなければ何も始まらないぞ」
こんなところで人に相談している暇があるなら行動にでも移したらどうだ。お前はそういうタイプだろ。
って言われても、オレはそういうタイプでもないからこうして先輩を頼っている訳で。正確には少し違うんだけど、それを上手く言葉に纏められないから頭の中でぐるぐる考えている。
案外面倒な性格してるよな、と言われて否定はしなかった。その面倒な奴を好きになってるんだからやっぱり先輩は物好きだと思うんですけどね。んでもって、アイツも鈍いけれどこの人も鈍いところがある気がする。モテるんだけどな、どっちも。でも鋭いところもあるんだよな、どっちも。
「分かってますけど、それが難しいんじゃないっすか」
「一度思いっきり当たって砕けてみたらどうだよ」
「砕けたら意味ないんですけど」
「だから慰めるぐらいしてやるって。なんだったらそのままオレに乗り換えろよ」
「……乗り換える、ってなったらどうするつもりですか?」
オレの返事が予想外だったのか宮地さんの目が大きく開かれた。それから「そうだな……」と呟いて考えるように少し俯いた。
待つことおそらく十秒程度。オレの姿をその瞳に映すと「お前が本気なら考える」とだけ答えて宮地さんはまたシャーペンを手にした。どうやら止まっていた勉強を再開するらしい。それならオレも邪魔をしないように大人しくしているべきなんだろう。
(オレが本気だったら、か)
人のことを好きだと言っているのにそういうところはちゃんとしてるというか。自分の気持ちを押し付けるつもりはないってことなんだろう。もしオレが先輩と同じ気持ちで先輩を好きになったというのなら、その時はそういう意味で受け入れてくれる。そうでないのならどういう理由であれ付き合ったりするつもりはない。宮地さんらしいなと思う。
『お前が好きなのはオレではないだろう』
そう言ってオレの気持ちを否定した相棒は、逆に今では色々と話を聞いてくれている。そのお蔭でオレは今の自分の本当の気持ちに気付いた。アイツには勿論呆れられた。
いつの間にか、いつも話を聞いてくれていたその人を好きになっていた。最初はただ怖いばかりの先輩だったけれど、本当は優しくて努力家でとても頼れるその人に。恋とはいつ落ちるか分からないものだ。
(本気だって言っても簡単には信じてもらえないんだろうな)
それこそ自業自得だ。しかし言わなければ何も変わらないと相棒にも言われた。とりあえず会う口実はあるけれど、それを伝えるのはそう簡単なことではないのだ。
その口実を使わなければ良いとも言われたけれど、その口実がなければ理由が何もなくなってしまうのだからそれは出来ない。理由もなく訪ねるなんて今の俺にはまだ出来そうもないから。
だけど、言ってみたら何か変わるのだろうか。
いや、変わらないだろう。本気だと信じてもらえるまでは変わる訳がない。正直に言ってしまえば良いと思うかもしれないが、正直に言っても伝わらなければ無意味だ。
それでも言わないことには始まらないというのも事実だろう。この人に言われたことは大体アイツにも言われている。ややこしいことになっている原因についてもお前が悪いとはっきり言われているが、それについてはオレも同感だ。
(ま、何も伝えないで終わらせるつもりはないけど)
たとえ玉砕覚悟だとしても伝えないままで終わらせるという選択肢はない。それは話を聞いてくれた人にも悪いから。
この関係が壊れたらどうだとか、そんなことを言い出したらキリがない。まず自分達は男同士で、相手は同じ部活の大切な人で。いや、今オレが好きな人は元同じ部活だけど細かいことは良い。その辺のことはとっくに何十回と考えているのだから。
恋愛相談
(ねぇ、宮地さん。オレはアンタのことが好きなんですけど)
(はいはい。でも本命は緑間だろ。ぐだぐだ考えてないでさっさと告るなりしてみろよ)
すみません、先輩。
もうアイツには告白もしたし、今では恋愛相談にまで乗ってもらってるんです。
でも本当のことが言えないのはオレが恋愛に関して臆病だから。
上手く気持ちが伝えられないんです。
宮地さん。
なんて言ったらアンタはオレの言葉を信じてくれますか?