カーテンから差し込む木漏れ日。段々と気温は低くなり、布団から出たくない季節となってきた。だが、運動部の朝は早いのだ。夏だろうと冬だろうと早朝から練習がある。ついでに大会もあるとくれば、練習量はそれこそ普段以上だ。
 朝から自転車を漕いで、体育館で汗を流して。授業はちょっぴり寝ていたりもしたけれど、まぁいつも通りだ。昼休みは教室で後ろを向いて話をしながら昼食を食べて、午後は程好い気温にウトウトしながらも期末が近いからノートはしっかり取った。午前中の分は後で借りて写すから問題ない。絶対怒られるだろうけど、何だかんだで貸してくれるっていうのは知っている。それから放課後になってからまた部活で、そのまま居残り練とかして。帰る頃にはすっかり辺りは暗くなっている訳で。


「マジでバスケばっかだよな、オレ等って」


 自転車を漕ぎながらポツリと溢す。大会も近いのだから当然だという言葉が飛んできて、それには素直に納得した。
 まぁ、そうじゃなくても残って練習してるんだけどな。大体、バスケが好きじゃなければわざわざ強豪まで来てバスケを続けていない。オレもコイツもバスケ馬鹿なんだろうな。今だってテストが近いのに、考えているのはバスケのことばかり。


「この時期にテストとか嫌だよな」

「決まっているのだから仕方ないだろう」


 まぁそうなんだけどさ。いや、そうじゃなくて。


「真ちゃん、少しはなんかねーの?」

「何かとは何だ」

「だからこうさ、バスケ出来ないから嫌だなとか」


 結局バスケが出てしまうのは、バスケが好きなのだから仕方ないだろう。他に何かといっても、咄嗟に出てこなかったし。
 あー……勉強が嫌とか?つっても、あの緑間がそんなこと言う訳がない。勉強だってきっちりこなしてるもんな。オレ?オレだってやってるぜ、一応。あ、そういやノート借りないとだったな。思い出したついでに頼んでみれば、寝てたお前が悪いと言いながらも明日には返せって言って貸してくれる。真ちゃんってなんだかんだで優しいよな。


「真ちゃん、ついでになんかくれたりしねー? 何でもいいから」


 例えば、小腹が空いたからコンビニ寄って肉まんでも奢ってくれるとか。自販機で温かいモン買ってくれるとか。
 こう言うと絶対に「じゃあこれやるよ」ってゴミを渡すヤツいるよな。ああいうのは普通に要らない。ってか、いる訳ないよな。だったら貰わない方が嬉しい。そりゃ、欲しいって言ったのはコッチだけどさ。それはただのありがた迷惑だ。
 勿論、真ちゃんはそんなことしないけど。ついでに何かって言ったところで何もくれないことも知っている。どうしてそんなことをしなければいけないんだ、って思ってるから。言わなくても顔に出てるし。見なくたってそんくらいは分かる。かれこれ半年以上も付き合ってるんだもんな。入学当初は今の状況を全く予想してなかったな。


「なぜオレがお前に何かやらなければいけないのだよ」

「んー……オレが欲しいから?」


 そんな無茶苦茶な理由が通用する筈もなく。いや、理由なら一応あるにはある。ただし、オレにはあっても真ちゃんにはない。つまるところ、現時点では結局真ちゃんが何かをくれる理由もない訳で。
 なら理由を作れば良いじゃん。なんて単純思考を頭で弾き出す。当然、納得するような理由でなければ無意味だ。納得してくれるのかは分からないけど、言ってみる価値くらいあるか?そんな考えで話をするなんてのはよくあることだ。


「真ちゃん、今日って何日?」

「二十一日だろう」

「何曜?」

「水曜日だ」


 この質問に何の意味があるかって?聞いてるからには意味もある。まぁ、日にちや曜日なんてのは友人間ではよく交わすやり取りだろう。他にも次の授業何とか。毎週同じなんだから覚えるだろうって思うけど、一年中聞いてくるヤツも大抵一人は居る。
 こんな突拍子のない質問にも、真ちゃんは律儀に答えてくれる。答えないと面倒だって思われてるだけかもしれないけど。答えて貰えるなら理由なんて何でも良い。本題はここから先なのだから。


「真ちゃんはさ、オレの星座知ってるよね?」


 これは確認。だって、真ちゃんは占いの結果が悪いと近付くなって言うし。そんなに気にすることかよって思うけど、実際に相性最悪な日を体験してオレも理解した。たかが占いで死にかけるような人生送るって凄いよな。あの占い、マジでどうなってんだよ。当たるとかいうレベルじゃないよな、アレは。
 まぁ、そんなことはぶっちゃけどうでも良い。オレが蠍座だってことを真ちゃんが答えたのを聞いて、オレは次の質問を投げ掛けた。


「じゃあ、ここで問題。蠍座は何月何日生まれから何月何日生まれまででしょう?」

「十月の二十四から十一月の……」


 ここまでスムーズに答えていた真ちゃんが言葉に詰まった。流石に知らないってことはないだろう。始まりの方はあってるんだし。ということは、一連の質問の意図に気付いたってトコか。


「…………高尾」

「何?」


 あ、やっぱり気付いたっぽい。真ちゃんくらい頭が良ければオレの意図くらいすぐに掴めるか。普通はこんな変な質問しないもんな。どれか一つを聞いたりとかはあるだろうけど。


「なぜそんな遠回しな言い方をするのだよ」

「なんとなく? だって星座は聞かれたことあるけど、誕生日はなかっただろ」


 占いに絶対の信頼を持ってるからな。血液型も教えたことあった気がする。けど、誕生日だけは特に聞かれた覚えはないんだよな。必要最低限って感じ。
 逆にオレは結構聞いてるかな。答えて貰えるかは別として。そうそう、真ちゃんの誕生日も聞いたら何でとか最初言われたんだ。気になったからって言っても納得しないしさ。押しきって聞いたけど。それがまた誕生日間近で、何欲しいってそのまま聞いたんだよな。そしたら真ちゃんが酷いこと言ってさ。
 何て言ったか?何もしなくていいってさ。本当に何も。要するに、平穏な日常が欲しいって言ったんだよ。簡潔にいえば、喧しいから静かにしろって。酷くね?結局、ジャンケンなしで自転車漕いで、お汁粉奢ったんだけどな。ついでに先輩達と一緒に祝ってやった。嫌がらせじゃないかって?ちゃんと静かにしてたから問題ない。まぁ、逆に落ち着かないとか後で言われたんだけどさ。理不尽だろ。


「だが、そのわりにはお前の周りは静かだった気がするのだが」

「そりゃそうだろ。たかが水曜日。週の真ん中とか辛いよな程度の日なんだから」

「意味が分からないのだよ」

「だから、周りも真ちゃんと一緒だって言ってんの」


 これでも分かりやすく説明したつもりなんだけど、真ちゃんには通じなかったらしい。だからなんだって、視線がそう訴えてる。だからさ。


「今日は何の日って聞いたら、何かあんのって聞くだろ。それか、さっきみたいに日にちか曜日を答えるかじゃね?」

「………………」


 返事はない。つまり、通じたんだろう。何も知らなければ、今日も明日も特に変わりのない日常だってこと。
 そう。オレの周りが普段と変わらなかったのもそういう訳だ。知らないんだから、何もないのはむしろ当たり前だろ。真ちゃんだって、数分前までは同じだった筈だ。今知ったんだもんな。


「なんか意外そうにしてんな」

「お前のことだから、誕生日は祝って欲しいと言いふらしていると思ったのだよ」

「真ちゃんの中のオレってどんなだよ!?」


 思わず聞き返したけど無言だけが続いている。おい、何でそこで黙るんだよ。自転車に乗ってるせいで表情が見えないから、余計に分からないんだけど。


「まぁさ、祝われんのは嬉しいぜ? けど、秀徳に入ってから誰かに誕生日教えたことないんだよ」


 聞かれたことならある。十一月って答えたから、間違ってはいないんだぜ?何日、って聞かれる前に話を逸らすけどな。女子とかは男子以上にしつこいけど、適当にかわすくらいどうってことはない。
 そこまで頑なに誕生日を教えなかったのに理由なんてない。……っていうと嘘になるけど、なんとなくでも強ち間違ってない。今日までに理由なら幾つか出来たけど。


「それで真ちゃん、相談なんだけどさ」

「…………何だ」

「左手、触らせて?」


 何言ってんだ、って目で見んなよ。意外そうにしてるけどさ、真ちゃんだって自分のことなんだから分かるだろ。お前がどんだけその左手を大事にしてるかって。テーピングまでしてさ。その左手は、凄く大切なものなんだよ。お前にとって、それからオレにとっても。


「……お前は、」

「ん?」

「時々、いや。ただの馬鹿だな」

「ちょ、何で言い直したんだよ! せめて時々にしてよ。これでも成績は学年上位だっつーの!」

「お前を馬鹿といわずになんと言うのだよ」


 いや、普通に色々あるよな?相棒って言って貰えれば嬉しいけど、せいぜいチームメイトとかクラスメイトとか。少なくとも、馬鹿以外に表現があるのは確かだ。そりゃ、真ちゃんに比べれば成績も悪いけど。もうちょっと違う言い方はなかったのか。
 あーもう、馬鹿でも良いから。少しだけ触らせて、なんて言おうとして信号待ちついでに後ろを振り返る。途端、頬に温かなものが広がった。


「お前は人をなんだと思っているのだよ。オレとお前に何の違いがある。お前の右手もパスを出すのに大切なものだろう」


 伝わる体温。テーピング越しじゃない。直接触れた手はとても温かくて。


「……まさか真ちゃんにそんなこと言われるとは思わなかった」


 そりゃ、オレだってバスケをするんだから手には気を付けている。けど、真ちゃんの場合はその比ではないのだ。絶対に怪我をしないように気を付けて、シュートを落とさない為に念入りな爪のケアをして。
 何の違いがあるって、違いなんて幾らでもある。だけど、真ちゃんからしてみればオレの手も同じように大事なものなんだなって。それだけのことで、こんなにも胸が一杯になる。本当、オレは相当お前に…………。


「ってかさ、いつテーピング取ったの?」

「さっきだ。わざわざ言ったということは、そういうことなのだろう」

「流石真ちゃん。良く分かってるね」


 周りはよく緑間と一緒に居れるよなとか言うけど、オレは真ちゃんと居るのは楽しくて好きだ。何でも理解してるよなって、これだけ一緒に居ればなんとなく分かるようにもなる。
 けど、実はそれはオレだけじゃない。真ちゃんも意外とオレのことを分かってくれている。まぁ、実際は意外でもなんでもないんだけどな。だって、オレが適当な話をしている時でさえ聞いていないようでちゃんと聞いているんだ。逆にオレの方がそんなこと言ったっけ、と思うほど真ちゃんは色んなことを覚えている。


「祝って欲しいなら先に言えば良かっただろう」

「まぁそうなんだけどさ」


 真ちゃんがどんなリアクションしてくれるか気になったんだよね。
 って言ったら、悪趣味だとでも言いたげな目で見られた。別に誕生日だと聞いて取るリアクションもそう多くはないだろう。それでも、どんな反応するんだろうって思ったのは本当。だから誕生日を教えなかった。聞かれなかったからでもあるんだけどな。


「でも、ぶっちゃけ何か欲しいってワケでもなかったしさ。一応」

「一応とは何だ」

「深い意味はないぜ?」


 本当なのかと疑われてるんだけど。少しは信じてくれたって良いのに。ま、真ちゃんが疑うのも間違ってはいないんだけどな。欲しい物がある訳ではないけど、欲しいモノがないとは言わないから。
 とりあえず、信号が変わる前にジャンケンをしておく。結果は、まぁ、いつも通りだ。


「容赦ねーな」

「漕いで欲しかった訳でもないだろう」

「そりゃあな。この三年間で絶対に一度は漕がせてやるけど」

「随分と消極的だな」

「漕がせてやりたいけど、お前にジャンケンで勝てる気がしねーんだよ」


 ジャンケンなんて運みたいなモンだろ?だけど、真ちゃんとのジャンケンには運なんて関係ない気がする。真ちゃんに言わせれば、人事を尽くしているのだから当然らしい。お陰でオレは絶賛連敗記録更新中。念の為にいっておくと、別にオレがジャンケンに弱いのではない。他のヤツとのジャンケンなら、勝率は比較的良い方だ。真ちゃんに勝たないと意味がないんだけどな。
 そんな話をしていると信号が赤から青に変わる。同時にペダルに力を入れた。見慣れた景色が流れていく中、後ろに向かって話を振る。


「さっきはああ言ったけどさ」


 唐突な話題に返答がないのはいつものこと。それでも、真ちゃんが聞いてるってことは知ってるから気にせずに話を続ける。初めはオレが話したくて話していただけだったんだけどな。そう考えると、オレ達の関係も少しは変わってるのかな。
 いや、真ちゃんはかなり前に話したことも覚えてるしな。実際はそうでもないのか。それにしたって、全く変わってない訳ではない。最初は殆ど反応がなかったんだから。今は大分話をするようになったんじゃないか?いつの間にか、こちらからの一方通行ではなくなっていたんだ。


「欲しいモノ、ないワケじゃないんだぜ」

「何だ」


 ほら、返答がなくてもちゃんと聞いてくれてるんだよ。無理難題なら無視されるだろうけど、オレがそんなこと言わないのも分かってるんだろうな。なんだかんだで、真ちゃんってオレのこと良く分かってるから。


「真ちゃん、好きだよ」


 唐突な話題転換もいつものことだ。いや、今回は話題転換をしたつもりもない。だって。


「オレも好きだ、高尾」


 真ちゃんにはしっかり通じているんだ。オレが何を欲しいといいたいのか。たまには、真ちゃんからの“言葉”が欲しいんだと。
 たった一言で理解してくれる。たった一言で理解してくれることを理解している。それくらいには、オレ達は互いのことを理解している。それでも、まだまだ知らないことなんて沢山あるんだろう。それも、これから知っていけば良いだけのこと。


「ありがと、真ちゃん。今年の一番は真ちゃんだったな」


 続けた方の言葉に「は?」と短な声が聞こえた。あれ、何か変なこと言ったっけ?その疑問は真ちゃんによってすぐに解決した。


「家族や友達が居るだろう」

「家族は夜。オレ朝早いからね。友達は、秀徳じゃ知ってんの真ちゃんだけだし」

「お前なら中学時代の友達からも連絡が来そうなのだが」


 あーそういう。確かに来てるかもしれないな。
 曖昧な返答をすれば、怪訝そうな表情をされた。知っての通り、オレは人付き合いは広い方だ。秀徳で誕生日を知っている人が居ないにしても、同中のヤツなら知っている。中には深夜零時に『おめでとう』なんて送ってくるヤツも居る。大抵は学校だけどな。今年は学校が違うから、祝われるとすればメールだろう。
 どうなんだろうなと思いながら、ポケットから素早く携帯を取り出して後ろに放る。取れない位置には投げなかった為、真ちゃんはそれを普通にキャッチした。どういう意味だと言いたそうにしているから口で補足をする。


「それ見れば分かるっしょ」


 見ればと言われても、真面目な真ちゃんが人の携帯を勝手に開けるのを戸惑うのは仕方がない。一応、個人情報だからな。見られて困るようなものなんてないけど。そんなんで納得はしてくれないだろうから、素直に心配しなくても開ければ分かるからと付け加える。
 それでも躊躇しているようだったが、オレが促すと遠慮がちに携帯を開いた。その後の沈黙は予想通り。ほら、真ちゃんって真面目だから。


「……高尾、お前一日中このままだったのか」

「そうなるんじゃね? 昨日の夜からだし」

「何かあったらどうするのだよ!」

「部活のことなら真ちゃんにも連絡くるし平気だろ」


 そういう問題ではないと怒られた。どちらにしろ、今日は何もなかったから良かったんだけどな。
 一体何に対して怒られたかといえば、先程から話題になっている携帯だ。さっきも言ったように、この携帯は昨日の夜ぐらいから電源が入っていない。何かあった時の連絡手段なのに、何かあった時に連絡がつかないのでは意味がない。真ちゃんはそう言いたいようだ。
 けど、部活に何かあれば真ちゃんにも連絡がいく訳で。その真ちゃんと四六時中一緒に居るオレがわざわざ携帯を見なくてもなんとなかる。ついでにいえば、携帯を家に忘れたり充電し忘れたなんてよくあることだろ?それと同じようなモンだから、案外なんとかなるものだ。


「でもさ、これで今年は真ちゃんが一番だって分かったっしょ?」


 携帯の電源は入っていない。メールはあるかもしれないが、少なくともオレが今日初めに祝って貰ったのは真ちゃんだ。電源を切っていた理由なんてのは、今更説明する必要もないだろう。
 そうこう話しているうちに、真ちゃんの家まで辿り着いた。自転車から降りると、先程渡した携帯を手渡される。電源が入っていなければ個人情報も何もないよな。まぁ、これ以上切っておく必要はないか。パカッと携帯を開いて電源ボタンを押すと、人工的な光が手元を照らす。


「誕生日、真ちゃんに祝って貰いたいなって思って。どうせなら一番が良いなとか思うじゃん? だから電源切ってたけど、来年はもうこの手は使えねーな」


 こんな単純な手は、初めてだから成功しただけだ。大体、来年はもう誕生日バレてるしな。このまま秀徳で誰にも教えなければいけるか?いや、でも誤魔化すの面倒だし。そもそも、真ちゃんが祝ってくれなくちゃ意味がない。真ちゃんは律儀だから祝ってくれそうだけどな。オレが真ちゃんの誕生日を祝うから。祝って貰ったからっていうのはありそうだ。
 携帯が起動して、待受画面が開く。そのまま問い合わせボタンを押してネットに繋げる。すぐに次の画面に移らないってことは、メールがあるってことだな。学校が変わっても祝ってくれるヤツ等って優しいよな。オレもそれなりに送ってるから、一般的にもこんなもんかもしれないけど。


「高尾」

「何、真ちゃ――――」


 呼ばれて顔を上げる。同時に、唇に柔らかな感覚が降ってくる。


「誕生日、おめでとう」


 勝手に貰うだけ貰っておきながら、まだ言われていなかった言葉。携帯のランプがメールの着信を知らせている。この着信の多くは、電源を切っていた為に届かなかったであろうメール達。


「まだ携帯は見ていないな」

「え、あ、うん。え? 真ちゃん?」

「これを言わなければ、一番とは言えないだろう?」


 えっと……つまり。誕生日を一番初めに祝ってくれたどうこうの話だよな?
 色々貰ったし既に十分一番ではあるんだけど、確かに誕生日にこの言葉は付きもので。ちらりと携帯の受信ボックスに目を向ければ『おめでとう!』といった件名がズラリと並んでいた。


「あの、真ちゃん。そのいきなりのデレはなんなの……」

「デレとはなんだ」

「あ、いや、もういいよ。嬉しかったし」


 ヤバい。顔が熱い。これが夜で良かった。日中だったら絶対バレてた。自分で分かるくらいとか相当だろ。
 あー目が合わせらんねぇ。ってか、キスするくらいの距離とか普通にバレてる気がする。今は離れてるけど、とっくに気付かれてるんじゃね?そうだとしたら、なんかもう色々とアレだ。真ちゃんなら気付かないか?鈍いし。いやでも、真ちゃんってこう見えて……。


「高尾?」


 気付かれてても気付かれてなくても。ここまで来たらもうどうでも良くなった。だってさ、オレは真ちゃんが好きで、真ちゃんもオレが好きで。意外と真ちゃんは大胆だったり、オレが振り回すだけオレも振り回されたりして。
 って、そんなこと今はどうでも良い。なんっつーかさ、やっぱ真ちゃんが好きだなとか思っちゃったりしたワケで。


「…………オレ、真ちゃんが欲しいかも」


 冗談か本気か。どうとってくれても構わない。ただなんとなく、どんなモノよりオレにとっては真ちゃんが一番だなって。たった一言でも心が満たされてく。自分でもどんだけ好きなんだって思うけど、好きだからしょうがない。
 真ちゃんさえ居れば良いや。とか、真ちゃんに言ったら呆れられるんだろうな。そう思ったんだけど。


「欲しいのならやる」


 ぎゅっと抱きつきながら発した声は聞こえるか聞こえないか程度。返事すら期待していないような呟きだったのに、これが意外に、しかも真面目に返されるなんて思わなかった。思わずこっちが「え」と聞き返す。
 だって、あの真ちゃんが。いや、真ちゃんだからか?それにしたってこれは。


「お前が欲しいと言ったのだろう」

「そりゃ言ったけど、まさかそう返されるとは思わなかったんだよ」

「勘違いするな。ただでとは言っていないのだよ」


 え、金とんの?いや、そもそも金で買えるような値段な訳ないよな。あの緑間真太郎が金で買えるなら世界中が大金を出しそうなモンだよ。まず、真ちゃんには金で解決出来るような器じゃない。億でも兆でも、京や垓までいっても買えない。金では買えないような価値があるんだ。
 あ、何より人身売買とか法律上出来ないけどな。忘れてた訳じゃない、決して。でも、それならどういう条件でならくれるつもりなんだ?真ちゃんが欲しいようなものなんて……。


「お前が欲しいと言うならオレをやる。代わりに、オレにお前を寄越せ」


 続いて出てきた言葉もまた意外過ぎて。あれ、何の話してたんだっけ?とか思ったオレは間違ってないよな。
 もうここまでくると夢と現実の境すら疑いたくなる。これが夢じゃないってことくらいは分かっていても、現実なんだとすんなりと受け入れられない。信じられなくて、あの真ちゃんがオレにそんなことを言うってことが。それも悪い意味じゃなくて。ただでさえ、真ちゃんに誕生日を祝って貰えて幸せだなとか思ってたのに。今日一日で、オレにとっての幸せのメーターがかなり振り切っている。


「……真ちゃん、なんかもうプロポーズみたいになってるんだけど」

「お前が言わせたんだろう」

「オレのせい? それでも良いけど、本気にするよ?」

「オレがこんな嘘を吐くとでも思ったのか」


 それは知ってるけど。オレは単純だから、本気と言われたら本気で取るぜ?それでも良いの、なんて聞いたら怒られそうな気がして。答えなんて分かり切っているのにしつこく聞くのもアレだろ?それは確信ではないけど、殆ど確信に近い。そうでもなければ、今こんな状況になってはいないだろうから。


「こんなに幸せで良いのかな……」

「誕生日だろう。幸せでなければ意味がないのだよ」


 そういうもの、なのか。でも、逆の立場だったら同じことを思うだろう。誕生日という一年にたった一度の日に喜んで貰えるように準備をするに違いない。真ちゃんが誕生日の時は、少ない時間でどうすれば良いかって色々考えたんだよな。
 こっちも祝って貰いたいとか思ってたけど、予想以上というかなんというか。今日以上に幸せな誕生日なんてもう来ないんじゃないかとか思ってしまった。まだ十六歳だけど。真ちゃんがオレを喜ばせるのが上手いのか、オレがただ真ちゃんを好きすぎるのか。
 勢いで抱き着いたのは間違いだったかもしれない。逆に離れたくなくなる。でも、いつまでもこうしている訳にもいかない。部活の後も残って練習をしていたお蔭で、現在の時刻は九時を回っている。そろそろ帰らなければ不味いだろう。


「ホント、ありがとね真ちゃん。これで同い年に追いついたな。ついでに身長も追いつかねーかな」

「成長期なのだから伸びるだろうが、それは無理なのだよ」

「んな否定しなくたって良いだろ!もしかしたらいつか真ちゃんを抜けるかもしれないんだから」


 それはない、とバッサリ否定される。まぁ、言いながらオレも自分でないとは思ったけど。だって、あと二十センチ近くだろ?いくら高一で成長期だからって、それは少々厳しそうだ。オレも低い訳じゃないのに、周りが高いせいで低く見られるんだよな。真ちゃんほどじゃないにしても、やっぱり身長はまだ欲しい。
 でも、この身長差も嫌いではない。そりゃ、不便なことも多いけど悪いことばかりではない。十九センチの差は大きいから到底こっちからは届かない高さがあるんだけど、その分こっちからは表情がよく見える。他にも良いことは幾つかあるものだ。


「じゃあ、また明日な」


 そっと離れると夜の肌寒さを感じる。冬も近いというだけあって、くっついていただけで結構温かかったんだな。こっからどんどん寒くなるとか嫌だな。春夏秋冬、季節があるからこればかりは仕方がないけれど。
 自転車で家に着くのに十分ちょいくらいか。いつもこのくらいの時間だし、ちょっと遅くなったところで問題はないよな。高校生にもなってこの時間で遅いってこともないし。さて行くか、と自転車に乗ったところで名前を呼ばれる。


「また後で連絡する」


 それがどういう意味なのかはすぐに分かった。ああ、真ちゃんも同じだったんだって。それにまた嬉しさが込み上げてきて。


「うん、待ってる」


 小さく笑うと、真ちゃんも微笑みを浮かべた。そして、今度こそ家に帰る。
 家に着くと妹ちゃんや両親が誕生日を祝ってくれた。部活帰りで遅くなったというのに、年に一度だけだからと祝ってくれる家族は温かい。「おめでとう」と言われてプレゼントを貰って。他人の誕生日はともかく自分の誕生日にそこまで執着はしてないけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい。オレの周りの人達は温かくて、そんな中で日常を送れるってことは幸せなんだなと改めて感じた。
 風呂に入ってから真ちゃんに借りたノートを写す。これで明日の宿題をやらなかったら、絶対に貸して貰えないのは目に見えるからそのまま宿題も片付ける。
 時計の長針と短針が近付く。あと少しで重なるというところで、手元の携帯が光った。


『高尾』

「何、真ちゃん」

『まだ二十一日だな』

「うん? もう日付変わるけど、ギリギリ二十一日』


 壁に掛けてある時計に視線を向ける。あと数十秒もすれば日付は変わるだろう。
 オレがこの時間に起きているのはいつものことだけど、生活リズムもきっちりしている真ちゃんからこの時間に電話が来るとは思わなかった。連絡するって言ってたけど、もっと早い時間だとばかり思っていたんだ。こんな時間に電話をしてくるなんて珍しいななんて思ってたんだけど、それも次の言葉で全部ぶっ飛んでしまった。


『生まれてきてくれてありがとう』


 柔らかく優しい声が電話越しに伝わる。もう一つの誕生日定番の台詞。といっても、あまり使うことはないかもしれない。オレ自身、数えるくらいしか言った覚えはない。誰に言ったかは、まぁ、秘密だ。


『高尾?』

「……もう真ちゃん、今日一日でオレのこと喜ばせすぎ」

『今日、いやもう昨日か。お前の誕生日だからな。先に教えなかったお前が悪いのだよ』

「言っとくけど、真ちゃんだって聞かなかったんだからな?」

『だがこれで最後も祝うことが出来たな』


 この時間に電話なんて珍しいなって思ったけど、そういうことか。その為にわざわざこの時間を選ぶって、もしかしなくても真ちゃんも結構俺のこと好きだよなーなんて。言ったらこっちが何も言えなくなりそうだからやめておく。今日は口で勝てる気がしないんだよな。現に「それでこの時間だったのかよ」って言ったら『オレに祝って貰いたかったのだろう?』なんて返ってきたくらいだ。
 あーもう。今日が誕生日だから?もう昨日だけど。んな細かいことはどうでも良いか。祝って貰えて嬉しい。そう思っているんだから余計なことを考える必要なんてない。


「本当、真ちゃんにこんなに祝って貰えてオレは幸せ者だよ」

『最初と最後を譲る気はないが、次は覚悟しておくのだよ』

「期待してるぜ、エース様」


 それじゃあおやすみ、と言って通話を切る。ディスプレイの日付は二十二日になり、時刻も零時を回った。
 真ちゃんと家族と、同中のヤツと。色んな人に祝って貰えた。明日になればいつも通り、朝は真ちゃんの家に寄ってから学校に行って朝練。それから授業を受けて昼飯を食べてまた午後の授業。放課後には部活をして。そんな当たり前の日常が続いて行くんだ。

 それが良い意味で裏切られることになるなんて、この時はまだ思っていなかった。
 次の日。いつも通りに真ちゃんと登校していた後に待ち受けていた出来事。オレは本当に素敵な人達に出会えたんだなと心の底から思った。







“おう”

大好きな人にこんなにも祝って貰えて、今日と云う日はとても幸せな一日だった。
来年も期待してるぜ?勿論、オレもお前の誕生日を目一杯祝ってやるからな!