三年生になった僕らの思い
今日も一日の授業を終え、そのまますぐに体育館へと向かう。後輩達に指示を出しながら練習に取り組む。次の大会を目指して部員達も練習に励んでいる。体育館内に響くのはボールの跳ねる音にネットを潜る音、バッシュのスキール音。それから選手達の声。
最後に集まってミーティングを終えれば練習も終了だ。辺りはすっかり闇に包まれ、お疲れ様でしたという掛け声で解散となる。次々と部員達が部室に戻って行く最中、まだ残って自主練習を続けようとする背中に声を掛ける。
「真ちゃん、悪いけどちょっと付き合ってくれない?」
聞きなれた声に振り向けば、見慣れた黒髪が視界に映る。そもそも、こんな呼び方をするのはたった一人しかいない。一年の時からずっとレギュラー入りをしている男。秀徳のエース、緑間真太郎の相棒。
「何だ」
「相談したいことがあってさ。自主練の時間減っちゃって悪いけど」
「構わん。次の試合のことか」
その予想は当たっていたようで、隣に並んだ高尾の手には次の対戦校のデータが握られていた。相手の情報を知り作戦を立てる、というのはバスケに限らず基本的なことだ。特に相手が強ければ強いほど、それ相応の準備をしなければならないのだから重要になってくる。勿論、どんな相手にも全力で向かっていく姿勢を忘れてはいない。
休み時間、練習の合間の休憩、それから今のような時間。こういった時間を使って次の試合の作戦やそれに合わせた練習メニューを考えている。二人がそれを相談するのはもうお決まりみたいなものだ。
「今度の相手、ディフェンスが固いみたいなんだよな」
「…………留学生か」
高尾からデータを渡されて一通り目を通す。東京の三大王者に数えられている秀徳は、全国でも有名な強豪校である。ディフェンスが固いといっても、ある程度ならばこの予選も順当に勝ち進んでいくだろう。しかし、緑間の言ったようにこの学校は今年から留学生をメンバーに加えたらしい。これは一筋縄ではいかなそうだ。
「ウチには真ちゃんがいるとはいえ、これはそう簡単にはいかないっしょ」
「そうだな。だが、オレは一人で戦うのではないのだよ」
エース一人で戦うのではない、チーム全員で戦うのだ。相手はこの留学生一人が飛びぬけているようだが、秀徳はそうではない。緑間というエースを中心としてみんなで力を合わせて戦う。それが今の秀徳の形だ。秀徳の光と影といわれる二人のコンビネーションはなかなか崩せるものではない。
そんな緑間の言葉に、高尾は小さく笑みを零す。最初こそ個人プレーだった緑間だが、ある時からチームプレーをするようになった。それも仲間を信頼してくれているからであり、相棒を信じているから。認められるというのはやっぱり嬉しい。
「だな。留学生一人にオレ達が負けたりしねーな。でも油断は禁物だろ? とりあえず、明日からのメニューにこれ用の練習を組み込もうと思うんだけど」
そう言って二人で明日のメニューを考え始める。こうした方が良いだろうか、それならこれも加えた方が良いのではないだろか。二人のこのやり取りももう慣れたものだ。大坪達が引退し次期主将に選ばれた高尾は、何かある時には必ず緑間に相談を持ちかける。二年生の頃からずっとこうやってきた。エースとその相棒という関係だけではなく、今は主将と副主将という関係でもあるのだ。
一年レギュラーが三年の引退で主将に選ばれる。部員達には賛否両道の声が上がった。その中でも高尾は精一杯に主将を務めてきた。それを支えたのは緑間だ。チームの為にと動いても上手くいかずに立ち止まってしまうこともあった。けれど、前を見て進めば良いのだと、お前なりにやっていけば良いのだと緑間が教えてくれた。コートの中では高尾がエースの緑間のサポートをし、コートの外では緑間が主将の高尾をサポートする。それが今の二人。
「真ちゃんはホント適格だよな。いつも助かるぜ」
緑間が主将の方が良いのではないか。その言葉は既に本人に否定されている。こういうのは得意ではないし、主将は高尾の方が合っているとのことだ。実際、持ち前のコミュニケーション能力を駆使して高尾は先輩とも上手くやっていた。
監督が高尾を主将に選んだのは正しかった。初めの内は主将という立場に戸惑い大変そうだったが、慣れてくると無駄のないメニューを次々と用意し各々に合わせた練習も組み込んでいった。元々練習熱心なところもあったからだろう。厳しい秀徳バスケ部の練習量は更に増え、今となっては立派に主将を務めている。練習外では明るく人当りがいいが、いざ練習が始まれば厳しく指導をする。それもこれも、全ては秀徳が勝つ為だ。
「高尾、もういいのか」
「お蔭様で。あとはオレの仕事」
持っていたデータと筆記用具を片付けると、バスケットボールを手に取り緑間に向かってパスを出す。それを受け取った緑間は、そのままゴールへと向かってシュートを放った。綺麗なループを描いたボールは真っ直ぐにゴールへと落ちた。
「さっすが真ちゃん! 全然精度が落ちないね」
「当然なのだよ。何の為に残ってまで練習をしていると思っている」
「チームの為っしょ?」
問えば小さな笑みで返ってきた。続けて「高尾」と名前を呼ばれ、高尾は「はいよ」と返事をするなりボールを投げる。そしてまたボールが一つ、ゴールへと吸い込まれていく。
一つ、また一つ。この秀徳バスケ部が誇るエースのシュートが。決して落ちることのないシュートがゴールに届く。このエースを中心に今年こそはIHを勝ち進んでいく。三大王者の名に恥じぬように、天才と謳われている努力家のエースと勝利を掴む為。このパスは真っ直ぐに緑間へと向かっていく。
(オレ達のバスケは今年で最後だ。今年こそ、真ちゃんを勝たせてやりたい)
チームの主将として、いや、エースの相棒として。一つでも多く、より良いパスを相棒に出すのだ。緑間のスリーは脅威なだけあってマークも厳しいけれど、それを突破してパスを出すことこそが高尾の役目。
この三年間でPGとしても成長してきた。的確なパスを繋いで勝利へと導く。緑間というエースを中心としたゲームメイクと、自身の持つ鷹の目を駆使してライバル達と戦うのだ。その為にも、このボールは必ず緑間へと届かせる。
(オレ達は三年、今年が最後のバスケになる。今年こそ、高尾を勝たせてやる)
キセキの世代のぶつかり合いとなった高校三年間。今年は残された最後の一年だ。キセキの世代を獲得しながら未だに勝つことの出来ていない秀徳だが、決して弱い訳ではない。強豪と呼ばれるだけの実力はあり、優勝は出来ずとも実績は残している。
天才四人に黒子と火神のコンビ。特に火神と緑間は技の相性が悪かった。いくらループの高いシュートを打っても、かなりの飛躍力を持つ火神の前では厳しい戦いを繰り広げることとなり、加えて同じ地区ということもあり苦戦を強いられた。
だが、そんなものは言い訳に過ぎない。もっと良いシュートを打っていれば、チームのエースとして秀徳を勝利に導けたのではないかと何度も思った。今年は、そんな自分にずっとパスを出してくれる相棒と共に目指せる最後のチャンス。秀徳のエースとして、このボールは必ずゴールまで届かせる。チームメイトが、相棒が信じてくれるこのシュートは決して落ちない。
「真ちゃん」
五十個目のボールが二人を繋ぐ。ストンとボールが落ちる音が体育館に響いた。くるりと振り返った翠色の瞳と色素の薄い瞳がぶつかる。
「今年こそ絶対、オレ達が勝とう」
「あぁ」
部員達の前とは違った声色で紡ぐ。一年の時からずっとレギュラーを守り続けてきた二人だからこそ、二人にしか分からないモノがあるのだ。勝ちたいのも勝つのもチームの為。目指す志は他の部員と何ら変わりはないけれど、何よりもこの相棒と共に勝ちたいのだ。高校で出会えた、唯一無二の相棒と。
今年こそ必ず、秀徳は頂上に返り咲く。
二人はチームメイト達の前とは違った決意を新たに心の中に秘めた。
fin